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第四回 斎藤友紀雄さん(日本いのちの電話連盟常務理事・日本自殺予防学会理事長)

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第四回 斎藤友紀雄さん(日本いのちの電話連盟常務理事・日本自殺予防学会理事長)

自殺相談から見えてくるもの

斎藤さんは「いのちの電話」の設立時から、38年にわたって自殺予防に取り組まれてきたわけですが、発足当時の様子はどんなものだったのでしょう。

 自殺予防を目的とした電話相談は、イギリスがその原型です。私たちもそれに倣って1971年にスタートさせたんですが、そういったサービスの前例がなかったですし、当時は自殺率がとても低かったんですね。ですから最初は自殺に関する相談は、全体の1%ぐらいでした。実態は「よろず相談」でしたね。

  ところがその後、70年代後半から若い世代の自殺が増加し、特に80年代前半には連鎖的に起こっていきます。86年の中野富士見中の生徒の首つり自殺、歌手の岡田有希子さんの飛び降り自殺など、この年の十代の自殺は802件を数えて過去最高になります。その後、若者の自殺は一時沈静化して数自体は少なくなるんですが、近年また増えていますね。少子化で子供が減っていますから、むしろ自殺率自体は高くなっていると思います。

 そして98年には日本全体で自殺者が3万人を超えるわけですが、「いのちの電話」を始めた頃には、想像も出来ませんでした。今では「いのちの電話」に寄せられる相談の1割が「自殺問題」です。

現在「いのちの電話」の相談員は7,100人いらっしゃるそうですが、どんな訓練を受けている方たちなんでしょうか。

 相談員になるにあたっては、資格や経験は問いません。個人面接やグループによるフリートークなどで、適性を見て選びます。複数の人間と話しあうことで、その人の人間関係の有り様というか、役割が見えてくるんですね。そこから判断します。

 合格者は東京の場合、週に1度、2年間にわたって研修を受けてもらいます。一般の知的学習だけでなく、感受性の訓練というか人間関係の訓練を多くやります。具体的には10人前後のグループで様々な話をし、人間関係の力学が働く中で何が起こるかですね。感性、判断力、理解力が問われていきます。

 研修中にはインストラクターやオブザーバーから相当厳しいことも言われます。というのは、相互理解というのは、自己理解と表裏一体なんですね。それまで気づかなかった自分や、 性格の傾向などを思い知らされます。

自分の内面を問われてしまうというのは、厳しいですね。

 研修の中で「そんなのダメ!」と、つい価値判断的に口走ったりする自分の課題を指摘されるわけです。中には耐えられない人も出てきます。

 必要なのは「聴く能力」です。ただフンフンと聞くのではなく、感性豊かに何を言いたいのかを受け止めながら聴けるかどうか。研修後は月に2回、相談員として電話に出ていただきます。もちろん無報酬のボランティアです。

相談員に応募する方はどんな人が多いんでしょう。

 圧倒的に女性です。そのほとんどが主婦の方ですね。年齢は平均すると50代です。年齢が比較的高いのは、どうしても子育てが終わってからになるからでしょう。男性は1割程度ですが、企業などで培った価値観にこだわりがちな方も見受けられます。そういう人は、研修中に女性たちからコテンパンに言われますが(笑)。

最近は、「いのちの電話」ではインターネット相談も受け付けているそうですね。

 聴覚障がい者への配慮もあって、80年代後半からファックス相談を始め、3年前からはインターネット相談を開始していますが、やってみていろんな事に気づかされました。

 まずメディアの特性もありますが、相談者の7割が若者です。「ネットで人の悩みがわかるのか?」といった厳しい批判もありましたが、引きこもりの若者などに共通するのは、面と向かうのはもちろん、リアルタイムではコミュニケーションができないという情緒的な課題です。オドオドしている自分を知られることを極端に恐れている。そういう人にとっては、インターネット相談というのは、とても有効だと思いました。

そうですね。その7割を占める若者たちは、インターネットでなければ、相談できなかったかもしれません。何かインターネット相談に特有な傾向というのはあるでしょうか。

 先ほど、いのちの電話に寄せられる相談の1割が自殺問題だと言いましたが、ネットでは2割以上になります。もしかしたらネットというのは、ネガティブな感情を伝えやすいメディアなのかもしれません。

 ただ、送られてきた相談の文章を読み、それに対してきちんと文章で返すというのは、たいへんなエネルギーを要します。また、絶対プリントアウトできない工夫ですとか、こちらから送るネット上の専用書式でしか相談を受け付けないとか、プライバシーや情報漏えい対策にも気をつかいます。

確かに大変ですが、自分の悩みを文章化するというのは、それはそれで意味があることなんじゃないでしょうか。

 その通りです。文章化するということは、自分を客観的に内省することになりますから、悩みを書くだけでも意味のあることです。言語化自体が癒しにつながります。

斎藤さん自身も、以前は相談員をされていたとのことですが、実際、「死にたい」という相談者に対して、「いのちの電話」では、どう対応するんでしょうか。もし私がそんな相談を受けたら、正直、どう声をかけたらいいか、わからなくなると思います。

 最初はなぜ死にたいのか、ということを聞くことから始まりますが、「死にたい」という言葉だけに堂々巡りをしていてはいけません。その人の周辺の事柄、たとえば今の人間関係ですとか、家族はどんな感じなのかとか、そういうことを話しながら、相談者の人生や背後にあるものを聴いていくことが大事です。

 実は「死にたい」という訴えの背後には「何とかして生きたい」気持ちがあります。さらにまた「死にたい」という人は、心の内に激しい「怒り」か「恨み」の感情を抱えている場合が多いんです。おとなしい人ほどそうですね。ですから、この「怒り」を相談員に対して言えたら、一つの危機を超えたとも言われています。

「怒り」というのは不可能を可能に変えるような大きな力がありますが、それが自分に向けられた時、自分をなきものにする武器に変わってしまうんですね。

 他者への怒りもありますが、死にたいという人は「どうして自分はうつ病なんかになるんだ」「なぜうまくやれないのか」という自分への怒りもあります。ただ、そういったネガティブな言葉を聞くのは、相談員にとってはきついことです。でも腹をくくってやらなくてはいけないんです。

 自殺というのは、ある意味、答えの出ない問題です。答えの出ない問題ではあるけれど、一緒に考えていこう、ということしかないですね。

この「こころの耳」が出来たこともそうですが、自殺はかつての自己責任という認識から、社会全体で考えるべきものというように、捉え方も大きく変わってきました。「いのちの電話」を38年続けてきて、社会の認識の変化をどのように感じていますか。

 昔は「自殺」という言葉は口にしてはいけないもので、まさにタブーでした。「自殺予防は国のやることではない」ということを言われたこともありましたし、企業にアピールをお願いしても「縁起でもない」という感じで門前払いでしたからね。ポスターに「自殺」という文字を使えなかった時代もあります。ですから近年、企業が積極的にビラの配付に協力してくれたり、国が取組むようになったことは大きな進歩です。

 しかし、自殺の原因を闇雲に社会に拡大していくのも、問題があると思います。

 リストラや借金苦が自殺の原因の1つだといって、自殺問題の解決として就労支援や多重債務支援を行うのは、私自身はちょっと違う気がしています。自殺というのは様々な原因が絡み合って起こるものですし社会に問題解決の矛先を向けるときりがないです。

 原因を究明してそれに対処する、という考え方が必ずしも通用しないんですね。国が自殺対策として100億円用意しました。すると全国の都道府県に億単位のお金が回ってきます。東京都で7億円です。でも各自治体はどう使えば効果があるのかわからない。

 自殺にはこれをやればOKという決め手がないんです。結局、精神科医は地道にうつ病患者を治療していくしかないし、宗教家は寺や教会を訪れてきた人と対話し、支えていくしかない。そんな風に社会全体で日常的に地道にやっていくことで、みんなが住みよい地域を作っていくしかないんだと思います。

(2009年12月 撮影:岡戸雅樹)

斎藤友紀雄さん(日本いのちの電話連盟常務理事・日本自殺予防学会理事長)

斎藤友紀雄(日本いのちの電話連盟常務理事・日本自殺予防学会理事長)
1936年生まれ。
東京神学大学と米国ランカスター神学校と同市総合病院で神学と臨床心理学を学ぶ。
日本キリスト教団教師。
1974年~2002年社会福祉法人いのちの電話事務局長・常務理事を兼務。現在、日本いのちの電話連盟常務理事、日本自殺予防学会理事長、民間相談機関連絡協議会会長、青少年健康センター会長、北の丸クリニック常任理事、日本臨床死生学会理事。

残間里江子 Rieko ZAMMA プロデューサー

残間里江子(プロデューサー)
1950年仙台市生まれ。アナウンサー、雑誌編集長などを経て、80年に企画制作会社を設立。
プロデューサーとして出版、映像、文化イベントなどを多数手がける。