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精神科医として
医療法人社団 弘冨会 神田東クリニック
院長 高野 知樹さん
精神科医はどんな医師?
”精神科医”というと、「人の気持ちを見透かせる」といった何か心の闇を覗ける魔術的な技能に長けた医師というイメージをお持ちの方もいらっしゃるかと思いますが、決してそんなことはありません。当人の心の奥底の気持ちはやはり当人でないと分からないというのも残念ながら本当のことだと思います。しかしながら「分かろうとする努力」をしつつ、医学的観点からヒトを診て治療に関る、精神科医はそんな立場なのだと思います。
精神科診療の特徴
メンタル疾患は何かつかみどころがなく、分かりにくいという印象があると思います。しかしヒトの身体の中で起きている疾患であり、実は身体疾患と相違ないのです。ただ診断の仕方に違いがあります。身体疾患であれば、受診時に採血や心電図をとったり、MRIを受けたり、様々な精密検査を受けて診断されていきます。ところがメンタル疾患の診断には、こうした生物学的な検査方法は今のところほとんどありません。メンタル疾患は言わば、「頭を酷使し、心身が疲弊しきってしまっている状態」で過度な「脳の疲労」から引き起こされる病態ということになります。これを客観的に測定する方法がまだ確立出来ていないのです。この点は身体疾患との大きな相違点です。もちろん内科的疾患や脳血管障害などによっても精神症状が生じることがありますので、身体疾患の有無を確認、お薬の副作用や血中濃度のチェックで採血など検査を受けることはありますが、基本的には受診された方のお話、ご様子や行動などの状態を通して診断していくことになります。
職場のメンタルヘルス対策との関わり
精神科医が職場のメンタルヘルス対策に関わる場面は、大きくふたつほどパターンがあります。ひとつは病院やクリニックで治療医として関わるパターンです。企業に勤める患者さんに来診していただき、患者さんとの関わりを大事にして治療を進めていきます。時には上司の方や人事の方が付き添って来られ、具体的な対応などの相談を受けることもあります。この様な機会を通して職場のメンタルヘルス対策に関わることになります。
もうひとつのパターンは、精神医学の知見をもつ産業医として関わったり、産業医をサポートする専門医として関わったりなど、事業場内の産業保健スタッフの一員として従事する場合があります。こちらの場合は、ご本人のみならず管理者や人事、産業保健スタッフとの関わりも多く生じます。つまり、現場での視点からの情報も加わることで、病状によってどれくらいご本人の業務に支障が出ているのかということも把握しやすくなります。同時にまわりの方々の業務にどんな影響が生じているかも確認できることがあります。またご本人の対応をしている上司に対してアドバイスを行うことも出来るため、個人に対するサポートだけでなく組織に対するサポートもケアの範疇となります。より多くの情報を扱いつつ、個人と組織のサポートというバランス感覚が重要な仕事なのだと思っています。
いくつかの問題
「精神科医は、職場の現状をあまり知らずに復職など判断をしているのではないか?」。そんなご指摘が時に耳に入ってきます。確かに精神科医が職場の現状をよく知らないということはあるかも知れません。ただこれは精神科医に限ったことではないかも知れません。内科医も外科医も、それほど患者さんの職場環境のことは存じ上げてはいないかも知れません。これは、休職者の大半がメンタル疾患に罹患しているという職場の現状から、職場のメンタルヘルス対策の重要性が注目されることにより、精神科医の問題として浮き彫りになってきたという背景もあるのかもしれません。
働く方々のうつ病での受診者がますます増えている現状から、今後ますます精神科医の間でも、職場のメンタルヘルス対策への関心が高まることは必至といえます。先に述べましたとおり、患者さんと向き合っての関わりを大事にして治療を進めていきます。その中で時に患者さんの職場環境をもう少し知りたい時があります。しかし精神科医は患者さんの職場では働いていません。どんな職場なのかを覗いてみることも出来ません。ですので、必要な時には職場環境が精神科医に伝えられることも大切に思うのです。具体的には、産業医等の産業保健スタッフから、あるいは人事や管理者から、タイミングを見て主治医に必要とされる職場環境や勤務制度等に関する情報提供をすることが有用に思います。もちろんご本人に対しては、サポートを目的としていることを説明し、了解を得た上で進めることが大切です。
常々感じる”連携”の重要性
連携という言葉は随所で容易に使われます。従業員ご本人、管理者、人事、産業保健スタッフ、産業医など、事業場内にもメンタルヘルス対策に関わる多くの立場の方がいらっしゃいます。その内部の立場間の連携も大切です。それから精神科医など治療者が外にいる場合には内外間の連携も重要になります。しかしこの”連携”はなかなかうまく運用することが難しいものです。個人情報管理上の問題などもあります。私の考えですが、真の連携は「双方向性」「連続性」「随時性」の3点が備わっていることと考えています。連携をしている中で、意見の相違が生じることがありますが、立場が違えば意見も異なるのは当たり前でもあります。大切なのは向かおうとしている方向性に対し、立場が違えど共通認識が持てるかどうかということだと思うのです。こうした種々の関係者の共通認識のもとで、それぞれの立場で役割を自覚して専門性を活かしていくことができれば、有機的な連携が構築されるのではないかと考えております。
精神科専門医とは、医師免許証を有し、精神医学・精神医療について一定以上の態度・知識・技能を有することを日本精神神経学会が認定した者で、医学的側面から専門医として治療を行います。