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第5回 臨床心理士として

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7

臨床心理士として

株式会社日立製作所 日立健康管理センタ
カウンセラー・臨床心理士 小川 邦治さん

私の職場と仕事

 私が所属している株式会社日立製作所日立健康管理センタは、株式会社日立製作所茨城病院センタの一機関として、日立地区在勤の日立グループ従業員の健康管理を担っています。具体的には職域における各種健康診断と産業保健活動を行っていて、この産業保健活動の中に職場のメンタルヘルス対策があり、私たち臨床心理士はその一翼を担っています。

 私の主な仕事は、従業員のカウンセリング、上司相談、メンタルヘルス教育の3つになります。その他に、産業保健活動の一環として時間が許せば産業医の職場巡視に同行したり、健康教育(止煙教室や糖尿病教室)に参画したりもしています。職場の特徴としては、産業保健スタッフの一員として活動しているため、産業医や保健師と連携をしながら多面的な援助活動が可能になっていることです。産業医や保健師とは同じフロアで仕事をしていますので、望めばいくらでも連携ができる体制です。

 当センタで行っているカウンセリングの場合、相談期間を限定していないため、一次予防的関わりから二次予防、三次予防まで幅広く対応しています。ご本人が自らの力によって自律的に様々な心の問題に向き合えるようになることが私たちの仕事です。相談内容は守秘義務によって保護されていますが、時には職場に開かれた援助活動が有益な場合もあります。したがって、相談者本人の同意を得た上で職場上司や勤労部門とも連携をしながら相談を進めていくことが多いです。最近では、障害者職業センターのリワーク担当の方と連携をすることも多くなってきました。

 上司相談はとてもデリケートな問題を扱うため神経を使いますが、個人にも組織にも不利益が発生しないよう最大限の配慮をしながら進めています。基本的に相談されているご本人に同意をいただいてから進めます。不調を訴える部下に対してどう接したらよいのか、上司も悩んでいらっしゃいます。たとえば、「期待していた部下を不調にしたのは自分のせいではないか」と、ご自身を責めたり、手を尽くしてケアをしたのだけれどなかなかうまくいかずに消耗されていたりする方がいらっしゃいます。ですので、ただ上司としての役割を強調するだけでなく、その背後にある辛さや不安を受け止めながら対応するように心がけています。

 メンタルヘルス教育については、事業所の状況や要望に応じて様々なプログラムを産業医、保健師と共に展開しています。私の役割としてはコーディネートが中心の時もあれば講師に徹する場合もあるなど、状況に応じて様々な役割を担いながら積極的に参加しようと心がけています。内容はストレスに対する気づきや対処を中心としたセルフケアに関するものや、心身の不調を示している部下に対するケアをどのように行うのかを討議するものまで多岐にわたります。したがって対象も新人から管理職まで幅広いです。産業医・保健師と連携できるという特色を生かして、総合的な心身の健康増進を取り上げたプログラムを実施している事業所もあります。

 私が働く人の心の問題に携わるようになって15年が過ぎました。臨床心理士の働く場は、医療機関か学校が最も多く、以前は働く人のメンタルヘルス問題に携わっているのはごく少数でした。しかし、最近では私のように企業に属して活動している臨床心理士もいたり、EAP(従業員支援プログラム)といって職場のメンタルヘルス問題を専門的に扱う機関で働く臨床心理士も増加したりしています。臨床心理士会等が開催する産業領域の研修にはたくさんの臨床心理士が参加するようになってきましたし、働く人の心の問題に関心があったり実際に携わっていたりする臨床心理士は今後増えていくと思います。

臨床心理士に求められていること

 私たち臨床心理士に求められていることを振り返ってみますと、何よりもまず「個別対応の充実」が挙げられます。以前、同僚の保健師から「臨床心理士には(従業員の一人一人と)長くじっくり向き合ってほしいんだよね」と言われたことがあります。また、ある産業医からは「多くの症例では症状が一旦軽快しても、継続的な療養が必要で、そこに関わってほしい」と言われたことがあります。すなわち、長期的な視点に立って一対一の人間関係を作っていって、相談者の職場適応をより良い状態に維持していくことが求められています。

 近年ではうつ病をはじめとするメンタルヘルス疾患だけでなく、成人期になってはじめて顕在化した発達障害の問題など、様々な疾病や障害に向き合うセンスが求められており、臨床心理士はこの分野はもともと得意としているところです。また、働くことで心に傷を受けた方の場合、その回復には心理療法/カウンセリング、グループワークなど、臨床心理学に基づいた様々な援助が必要で、臨床心理士にはそうした心の傷に対するケアも期待されるでしょう。このように考えていくと、職場のメンタルヘルス問題が複雑化する中で、個人としっかり向き合うことのできる臨床心理士はこれからますます必要な存在になってくるのではないでしょうか。

 一方で、個別対応を充実させるためには、個人の内面のみに焦点を当てていくのでは不十分です。なぜなら私の援助対象は組織の中で働いている人たちだからです。職場組織における人間関係や個人と組織の接点で生じる問題について開かれた柔軟な態度で臨むことがとても重要です。したがって、組織と個人の関係性をみながら援助する能力・センスが求められていると思います。

「個人と組織のあり方」をみつめる

 相談現場に持ち込まれる問題は、個人レベルと組織レベルの問題が固まりになって持ち込まれるものがほとんどです。個人レベルの問題というのは、その方の性格や生育歴、生まれ育った家族の影響などが相当します。職場のストレス因を取り除いたはずなのに不調が続いたり職場適応の状況がよくならないことがあります。よく話を聴いていくと、たとえば10代の時に向き合っておくべき「自分らしさ」の問題(発達課題といいます)が職場のストレスによって喚起されていたり、普段は気にならないようレベルの小さな心の傷が刺激されて活性化したりして、心の危機がもたらされていることがあります。これらはもともと臨床心理士が得意とする領域と思います。職場においては、仕事を進めるための個人の能力や職務適性も個人レベルの問題と思います。

 組織レベルの問題とは、組織の中の役割の変化だったりその過程で生じる葛藤や軋轢だったり、上司が交代することでメンバーの役割が大きく変化するだけでなく、人間関係にも大きな影響をあたえたりするものです。職種の違いによって加わるストレスにも違いがあるし、同じ職種でも事業所や経営環境によって異なるストレスが加わってきます。そうすると、必然的に個人だけをみていても十分な援助はできないし、組織だけをみていても十分な援助ができないということになります。

 「臨床心理士は組織の問題を扱うことができない」という話を聞いたことがあります。たしかに、個人を対象とした心理臨床活動を展開している方がそのスタイルをそのまま職場のメンタルヘルス問題に当てはめようとすると、なかなか難しいでしょう。しかし、組織をみるセンスを持った臨床心理士は意外と多いと思います。例えば病院内でのグループワークや集団療法を経験されている臨床心理士であれば、経験を積んでいくことで職場でのメンタルヘルス研修や職場との話し合いで力を発揮することができるのではないかと思います。

 個人と組織の間で起きる心の問題に関わっていると、個人の健康のみを追求するのでは十分ではなく、組織そのものを健康にしてはじめて、職場のメンタルヘルス問題は解決に向かうのではないか、と思うことがよくあります。そして「組織そのものを健康にする」ためには、産業保健スタッフをはじめ、様々な立場の方と連携、協働していくことがとても大切だと感じます。