第1回 高田 勗 さん
北里大学名誉教授
労働者健康福祉機構医監
-勤労者医療の確立と発展-
労働力人口が減少する少子高齢化社会では、健康は貴重な「社会資源」であり、疾病構造の変化等に対応しつつ、社会システムとしてこの資源を維持・再生産する、すなわち「健康投資」をすることは、勤労者に安心と希望を与えるとともに、労働力を維持し、活力ある社会を築いていくために極めて重要であり、その推進が求められています。
職場における健康問題といえば、職業性疾病が中心でありましたが、近年は、作業関連疾病が注目され、さらに過重労働や職場環境の変化等によるメンタルヘルス不調者の増加が見られます。また、作業や、職場環境と関連性の認められない「がん」についても、生存率の向上や外来化学療法の発展等によって「治る」疾病となり、職場復帰等が重要な課題となってきています。
このように職場における健康問題はこれまで以上に大きな広がりを見せています。勤労者が、がん、脳血管疾患、糖尿病、ストレス性疾病、メンタルヘルス不調に罹患しても、現行の医療制度の下、必ずしもそれらの疾病と職場との関連に基づいた医療提供は十分に行われているわけではないこと等によって、勤労者が療養後に職場復帰ができず就労を断念する場合や就労を継続できず離職せざるを得ない場合があって、これは少子高齢化社会にとって大きな損失となります。すなわち、勤労者の健康と職業生活を守ることを目的として行う医療、具体的には、疾病と作業・職場環境等との関係を把握し、そこからもたらされる情報をもとに勤労者の疾病の予防、早期発見、治療、リハビリテーションを適切に行い職場と連携して職場復帰及び疾病と職業生活の両立を促進することはもとより、疾病と職業との関係についての研究成果及び豊富なデータの蓄積の上に、その全段階を通して勤労者の健康の保持、増進から職場復帰に伴う就労に対する医学的支援に至る総合的な医療を実践する「勤労者医療」の構築が求められています。この勤労者医療のゴールは、予防から社会復帰までにとどまらず、職場復帰及び疾病と職業生活の両立という基本的な考え方にたち、労働者健康福祉機構は、労災病院を勤労者医療の中核的な拠点として整備し、厚生労働省との連携の下に勤労者の健康管理を支援する「産業保健推進センター」を47の都道府県に設置すると共にメンタルヘルス対策支援センターを併設して、相談指導や事業場への促進員の個別訪問による支援を行なう事業を展開しています。一方、労働者数50人未満の小規模事業場では、労働安全衛生法に基づいた健康診断などの実施義務はありますが、「産業医」の選任義務はないので、保健指導、健康相談などの産業保健活動を提供することが困難な状況にありますので、小規模事業場の産業保健活動を充実することを目的として、厚生労働省は「地域産業保健センター」を各地区の医師会を委託先として現在全国347ヶ所に設置して産業保健活動を展開しています。
このような「勤労者医療」の体系の整備とその充実により、地域医療との連携を図りつつ企業の生産性を高めるような作業組織と労働文化の発展を基盤とした健康な作業組織の形成を促進し、単に利潤効率の高いことのみならず企業が立地する地域社会の福祉に貢献する企業倫理の確立によって企業の社会的責任を全うすることになります。
一方、「労働の人間化」という労働の倫理に裏打ちされた「人間らしい労働」の達成は、産業医を始めとする産業保健専門職の倫理に基づく支援により、企業活動を支える人的資本の基盤となる健康資本への投資とその人の有する知的・技術的資源(キャリア形成)を涵養し、労働の意味・満足及び参加の欲求を満たし、勤労者の自己実現を図ることができると確信しています。