読了時間の目安:
約14分
オムロン株式会社 東京事業所
(東京都港区)
オムロン株式会社は、1933年創業。独自の強みであるセンシング&コントロール+Think技術を通じ、制御機器事業、電子部品事業、車載事業、社会システム事業、ヘルスケア事業などを行っている。社憲・企業理念の一つに「人間性の尊重」を掲げ、社員たちが元気に楽しく、生き生きと働けることにより、会社の生産性や効率が上がることを目指している。
従業員数は、グループおよび国内海外を合わせて約36,000人(2017年3月末現在)。品川オフィスは約510人。東京事業所の管轄は品川オフィスを中心に東北地方から甲信越地方までの営業所を含む約720人である。営業職が最も多く、営業を支援するスタッフや広報などの間接部門などで構成されている。
今回は、グローバル人財総務本部東京事業所保健師の野崎律子さんを中心に、保健師の星野寛子さん、衛生管理者の薮崎英之さんの3人からお話を伺った。
ストレスチェック制度実施を契機に、4つのケアに基づく産業保健スタッフの役割を周知する
最初に、メンタルヘルス対策の取り組み体制と、職場環境改善活動に取り組んだ背景などについてお話を伺った。
野崎さん
「東京事業所の産業保健スタッフは、現在、嘱託の産業医が1名、保健師が2名、衛生管理者が1名の体制で運営しています。」
「ストレスチェック制度の義務化は、職場のメンタルヘルス対策のためのツールの一つだと捉えています。最初のメンタルヘルス指針が2000年に示されて以降、誰が何をするのかを示した“4つのケア”の下で、取り組んできました。当時から対策のひとつの手法として、『ストレスに関する調査票や情報端末機器等を活用して、セルフチェックを行うことができる機会を提供する』などが示されていました。今回、ストレスチェック制度を実施する以上、4つのケアをさらに大きく展開していきたいという思いもありました。これまで、事業所内産業保健スタッフおよび健康相談室は、元気な人ほど、また、役職が上の経営者ほどあまり接点がなく、『病気になったら相談に行くところ』と、学校の保健室みたいなイメージを持たれているように感じていました。今回の取り組みで、私たちが職場に対してお手伝いできることをしっかりと管理職にお伝えして、『一緒により良い職場にしていきましょう』と提案したかったという思いもあります。」
「また、そもそもストレスチェック制度の趣旨は、一次予防がメインであると私たちは思っています。よって、個人のセルフケアと共に職場環境改善に取り組むことも本来の趣旨に沿っています。職場環境改善自体は、科学的なエビデンスが示されています。ただ、その手法のままで、全ての会社で使えるというものではありません。それぞれ会社の文化や社風に合わせた手法に変えながらも、まずは実施してみることに価値があるというお話を聞いて、取り組んだという経緯があります。」
「私たちの事業所では実施代表者が産業医、共同実施者が保健師で行いました。職場環境改善の研修会の後、管理職自身が立てたアクションプランを実行していく上で大きなサポーターになるのは、常駐している保健師になると考え、主体的に企画運営を行っております。企画運営にあたっては、事業所長でもある総括安全衛生管理者や衛生管理者、産業医、社内カウンセラーなどに対して、私たちのプログラムの提案内容を検討してもらい、最終的に会社としての合意をとって進めていきました。」
ストレスチェック制度の趣旨は一次予防にあることに着眼し、より良い職場づくり実現のために、産業保健スタッフが支援できることを、周知している。実施を契機に管理職や産業保健スタッフによる4つのケアという基本の重要性を改めて再認識し、さらに充実させようとしている。
職場環境改善活動を実施する職場を選定する際は、管理職が自ら希望する職場から始める
次に、職場環境改善活動の取り組みについてお話を伺った。
藪崎さん
「7月から8月にかけて外部の調査票を使ったストレス調査ならびに結果の個別通知を行います。10月に個人の結果をもとに職場ごとの組織診断結果が出ます。昨年度の組織診断の対象となった部門は約65部門あり、その部門の管理職60名を対象とした研修会を11月から12月にかけて3回実施し、28名が参加しました。」
野崎さん
「研修名を、“ストレスチェック 組織診断結果説明会”として、就業時間内に、2時間設けて、実施しました。分析対象の部門の人数は、安全衛生委員会等で審議した上で5人以上としました。」
「研修では、最初に自分の職場の組織分析結果について理解して頂きます。当社全体、および事業所の傾向と課題を説明した上で、自分の職場の結果を読み込んでもらいます。正しい見方をサポートする必要があるため、内情が分かっている社内カウンセラーに説明してもらいました。結果を分析する際は、数字が悪いからダメというのではなく、『強みをもっと活かしましょう』という視点での説明に特化しました。」
「そこからご自身で職場の中で抱えている課題などを整理して頂き、行動していくためのアクションプランシート(図1)をまとめていきます。シートには、6つの順番で記入していきます。最初に、“①今回の組織診断の感想”として、組織診断結果を見た上での率直な思いを書いてもらいます。そして、組織診断結果の定量的データに、保健師から日頃の相談対応から感じている課題などの定性的な実感値と合わせて説明しました。それを踏まえて、“②現状分析”として、自身の職場の今の状況を分析してもらいます。その後、“③ありたい/目指す職場環境”と“④特に改善させたい指標/項目”を記入してもらいます。ここでは肯定的に考え、より良くしたいことに重きを置いています。ここで一旦区切って、グループ内でディスカッションを行い、思いや考え方を共有します。そして、問題解決に向けた支援策を提案するなど、さまざまな職場環境改善事例を保健師から紹介して、いろいろなアイデアを持ってもらいます。最後に、“⑤目標”と“⑥行動計画”を書いてもらい、グループ内で共有して終了します。最終的には、参加者全員がアクションプランの作成まで到達できました。今後は、職場環境の改善に向けての実行と評価のフォローを行い、産業保健スタッフが支援しながら、PDCAサイクルを回していくことが必要だと思います。」
「私たちも自分たちの業務に対してはPDCAを常に念頭に置いて動いております。しかしながら、実際、保健師の活動はPDPDで終わっていることがほとんどです。毎年毎年、時期が来れば同じことをやっているという感じです。そこで、各職場に職場環境改善活動を促す以上、私たち自身も、この活動への自分たちの評価が必要だと思いました。このため、実施後にアンケートを行い、『今後、産業保健スタッフに期待する職場のメンタルヘルス支援策について』という質問項目を入れました。最も多かった回答は、“職場環境改善ミーティング(ワークショップ)”でした。今回の研修を経て、各職場でも実際にワークショップを行いたいという意見が多かった点において、研修効果は高かったと思いました。次に多かったのは、“よろず相談(個別フォロー)”です。管理職にとっても自分たちの不安や悩みを聞いてほしいという要望が高いことも新たな発見でした。アンケート全体としては、参加した皆さんが有意義であり、マネジメントに活かせると感じたなど満足度は高かったです。」
星野さん
「また、研修後に参加者とフィードバック面談を個別に行いました。特に、“職場環境改善ミーティング(ワークショップ)”を希望する管理職に対しては、ワークショップの具体例を示しながら確認しました。その中で、自ら実施してみたいと自発的に手を挙げた3職場に対して実施することにしました。自発的に取り組むことで面白く楽しく改善できる先駆的な社内事例を示したかったという思いもありました。」
「管理職が自身でまとめたアクションプランに基づき、3職場で “職場環境改善ミーティング(ワークショップ)”を実際に行いました。職場ごとに特徴が異なっていましたので、それぞれのニーズをしっかりと分析して、個別の方法で取り組みました。」
「A職場は、営業支援部門で事務的な業務を行う女性社員が多い職場です。業務上、お昼休みしか時間がとれない状況でしたので、会議室でランチを食べながら行いました。このプランは、管理職のニーズで行っていますので、最初は『なぜ私たちが?』という感じでした。しかしながら、最初にこのワークの意図を説明したことで、受け入れてもらえました。美味しいものを食べながら、ざっくばらんに意見交換ができ、有意義な時間となりました。実施後、職場の雰囲気がさらに良くなったという意見がありました。」
「B職場は開発チームとプロジェクト管理チームの2つに分かれていて、チーム間の関わりが少なく、職場の雰囲気が少し暗いところもありました。そこで、研修と同じように、しっかりとした職場環境改善のワークショップを実施しました。自分たちの職場を分析して目標を立てて、各メンバーがアクションプランまで作り込むようにしました。アクションプランに沿って、チーム同士の交流や相互理解のために懇親の場を設けたり、勉強会の開催計画を立てたり、必要な備品を購入して作業スペースの確保と整理整頓を進めるなど、実際の行動につながりましたので良いワークができたと思います。」
「C職場はマーケティング部門で海外への出張も多く、明るい感じの社員が多い職場です。周囲からの支援など、組織分析結果は良い方でしたので、もっとモチベーションを上げて、積極的に取り組んでいくことを目標に、楽しくフラグを立ててゴールを目指そうとするワークを作ってみました。今後、職場として成長していくという思いを視覚的に分かるように、ポスターを自分たちで作成してもらいました。ポスターには、小さい付せんをたくさんつけることで、“りんごの木”を作っていきます。まだ実っていない未熟なりんごが、赤く実るようにという思いに沿って、課題点や途中状況のものは黄色やオレンジ、強みとしてさらに強化したい点は赤色のりんごの付せんを貼りつけていきました。実際のワークでもメンバー同士思いを共有しあい、盛り上がっていました。また、終了後も職場に持ち帰って、皆が見えるところにポスターを貼っていました。」
「3つの職場、それぞれにあわせたワークを実施したのですが、事前の打ち合わせや準備が、とても重要だということを実感しました。管理職の方と打ち合わせを重ねて、その職場に受け入れてもらうようにしないとなかなか成功しません。ニーズから少しでもはずれると、メンバーたちのやる気が無くなり、効果がでないことも分かりました。」
野崎さん
「今回の活動を通じて、ストレスチェック後の組織診断結果を基に職場環境改善研修を行うことの必要性と、事業所内の産業保健スタッフが何をすることができるかを分かってもらえたと思います。各職場において、管理職が活動する際、私たちが後押しするサポーターとなり、一歩踏み出す力になることを期待しています。」
「今後の課題は研修参加率が46.7%と半数を切ったことです。トップダウンによる強制参加では無く、自発的な参加でした。ストレスチェック制度実施初年度ということもあり、まだまだ関心が低かったのと、強制参加にすることで、この活動に拒否反応を示してしまい、今後うまくいかないと危惧したこともあります。組織診断の結果はどの職場も総じて悪くはなかったので、そこで選定することはせず、関心がある人たちにきてもらうことにしました。研修の満足度は高く、その後の各職場でのワークでも効果が見られたので、このような好事例を事業所内に広め、参加率を高めていきたいと思います。」
薮崎さん
「職場環境改善活動を継続して実施していくには、野崎さんや星野さんといった事業所内の産業保健スタッフが、すぐに頼れる存在、サポーターやファシリテーターとしていつも身近にいることが大切な要件だと思います。職場環境改善活動を支援したいという産業保健スタッフの思いと、支援してほしい会社側の思いがマッチングしてこそ、うまく進んでいくと思います。」
「職場環境改善は、上司と部下との関係性の中での活動となりますので、実行するとなると、気おくれしてしまう場合もあります。上司を前にしては言いにくいということもあると思います。でも、そこに保健師というニュートラルな立場のサポーターが関わることで対話しやすい雰囲気が生まれ、さまざまな意見を引き出すことにつながっていると思います。」
星野さん
「管理職の方々は、これまで会社の業績や業務内容に関わるさまざまな研修を受けてきているのですが、自分自身の職場環境について考える研修は、あまりありませんでした。今までに持ったことがない視点で、自分の職場を見つめる時間を取ることができ、最初この研修に対して批判的だった参加者も、和気あいあいと話す中で、満足度につながっていったと思います。この研修では、その過程がとても大事だということを実感しました。」
集団分析結果を説明する際は、結果の定量的データに、産業保健スタッフによる日頃の相談対応から感じている課題などの定性的な実感値と合わせて説明することで、管理職も当事者意識を持って捉えることができる。また、職場環境改善活動を実施する職場を選定する際は、会社側が指示して行うのではなく、管理職が自ら希望する職場から始めることで、好事例が集まり、他の職場の管理職にも波及していくものと思われる。
【ポイント】
- ①集団分析結果を説明する際は、悪い数字だけでなく、強みをさらに活かすという視点を持って行う。
- ②職場環境改善活動を実施する職場を選定する際は、管理職が自ら希望する職場から始めるのもひとつの方法である。
- ③各職場での環境改善活動では、事前の分析や準備を入念に行い、その職場のニーズと現状に合った内容のワークショップを行う。
【取材協力】オムロン株式会社
(2017年11月掲載)