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企業合併による業務負荷によりメンタルヘルス不調となった所長の事例

1 概要

ライバル企業との合併に伴う新システム導入のため、多忙を極めた配送部門の所長(56歳・男性)に発生したうつ病の事例です。

入社以来、製品の配送関係の業務に従事していましたが、最近10年間に拠点の合理化によって2度ほどの転勤があり、ここ数年は地方の配送拠点の所長として勤務していました。これまでの十分な経験によって業務内容には精通しており、また家族についても、妻と年老いた母親の3人暮らしで、2人の子供は就職して親元を離れていましたが、安定した生活を送っていました。

しかし数か月前に、それまでライバル関係であったA会社との合併によって状況が大きく変化しました。業務プロセスや安全衛生基準は、すべてA社のシステムを導入することになり、突如として慣れないシステムへの変更作業による業務負担のため、合併前からきわめて多忙な状況に置かれていました。事業所の従業員は所長を除き社員2名、派遣社員3名で構成されていましたが、社員の1名を除き、十分な業務知識がなく、特に1名の社員は新しい業務に対して非協力的であったため、この所長の負担は非常に大きくなりました。

A社では合併前から長時間労働者に対する面接指導を導入していましたが、管理監督者の労働時間の把握は自己申告であり、正確な把握はできていませんでした。また地方の配送事業所は小規模であるため産業医契約がなく、必要に応じて本社産業医が電話での聴取を行うとともに、必要に応じて訪問する体制をとっていました。自己申告によるこの所長の時間外労働は月60時間から80時間程度で推移していたため、面接の対象になっていませんでした。

合併直後から、仕事に対して集中できない、仕事や生活を楽しむことができない、眠れないなどの症状が出現しました。同じ会社出身の別事業所の所長には、愚痴のような言葉で打ち明けていましたが、症状が悪化したため、自分の判断で自宅近くの精神科を受診し、抗うつ剤や入眠導入剤などの処方を受けました。しかし、症状は十分に軽快しないため、上司の地区配送部長に現在の状態を伝え、「このままでは業務が続けられない」と打ち明けました。この地区配送部長は、A 社の出身であり、所長とは合併以降の関係でした。業務負担に対してはある程度理解しており、少ない人員の中でできるだけのサポート体制は築く努力をしていました。

合併後は産業保健部門についても、A社の産業医が総括産業医になり、A社の産業保健システムを中心に活動が展開されることになりました。当然産業医にとって、A社の従業員は長年の付き合いがあり、健康状態や業務について十分に理解できていました。しかし、新たに対象となった従業員については、情報収集と関係づくりが必要であり、健康状態の確認と問題が発生した場合の対応を容易にするため、合併直後に事業所を巡回し、各従業員と個別に面接し、信頼関係の構築の努力を行っていました。また、管理職に対しては、時間外労働の把握を確実に実施することと、メンタルヘルス不調による問題が発生した場合には、早めに産業保健部門に連絡するように管理職を対象とした研修の中でメッセージを伝えていました。

このような準備を行っていた産業医に、地区配送部長より電話での相談がありました。

2  ポイント

(1) 職場の課題

合併に伴う業務システムの統合のため、かなり多忙になっていました。このことは、当然ながら、合併前にもある程度予測できたことであり、A社の業務に詳しい退職者を嘱託社員として雇用し、各事業所のシステム導入をサポートする体制をとっていました。しかし、合併のような大きな変化時に必ずといってよいほど発生する予想外のトラブルによって、所長の受ける負担感は非常に大きくなっていました。

(2) 対処

地区配送部長より連絡を受けた産業医は、本人と電話で話をし、明らかな抑うつ症状があることを確認しました。そのため、地区配送部長とともに事業所を訪問し、本人の健康状態を面接によって確認するとともに、業務内容および負担についても十分に把握しました。そのうえで、主治医の意見を参考に、2か月程度を目処に休業して治療に専念するように勧めました。

休業後2週間経過以降、症状が急速に回復し、2か月の休業でほぼ抑うつ感が消失し、本人も「以前の自分と比較しても、まったく大丈夫な状態である」と自覚していました。復職に際して、産業医が再度面接をし、最初2週間は残業を行わないことを前提に復職をさせ、順調に回復して、その後も所長職を問題なくこなしています。

(3) 対処の評価・考察

合併によって、組織が大きく変わった際に、従業員に過度の負担がかかり、メンタルヘルスおよびフィジカルヘルス上のさまざまな問題が発生する可能性が高まります。このような負担は多くの場合、労働時間の増加が伴うため、確実に労働時間を把握して予防的に対応することが望ましいといえます。しかし、本事例においては、合併の混乱に加えて、管理監督者の不十分な労働時間の把握と産業医選任のない小規模事業場という要因が重なって、問題への早期発見ができませんでした。

一方、合併直後は、職場内の人間関係や産業保健部門との関係が十分に整っていない場合がほとんどです。この事例では、合併に際して、計画的に新たな対象従業員との関係作りを行っていました。その面接の経験による信頼関係が、休業および復職をスムーズにした要因と考えられます。

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