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Q9:なぜ職場改善がメンタルヘルス不調の予防となるのか?
【Q】質問
職場環境を改善することが、なぜメンタルヘルス不調を予防することにつながるのでしょうか。たとえば、部署の机のレイアウトを変えたり、休憩室を設置することなどが、どのようにしてメンタルヘルス不調を予防することにつながるのか、わかりやすく教えてください。
【A】回答
1)ストレスは複合要因、解決も複合視点
仕事に関連したメンタルヘルス不調の発生には複合要因が関連します。たとえば、人間関係がよくない上司がいるだけでは、部下がメンタルヘルス不調を来して、休職まで至ることはまれです。仕事が原因で心身の不調を来したケースには、単一の原因で不調が突然現れるのではなく、多くの要因が関与しています。上司から依頼される仕事の役割や仕事の量、仕事の進め方の指示や裁量度、仕事のやりがい、上司への相談しやすさ、同僚のサポートや支援の状況、暑さ寒さや有害物取り扱いといった身体的に負担の高い仕事かどうか、困ったときにプライバシーが守られる相談する窓口はあるか、安心して休養できて雇用継続が補償される職場かどうかなど、多要因が関連していると考えるべきです。したがって、その予防にもまた、多面要因に目配りする必要があります。安全で健康に働き続けるためには、働き方、働く時間、働く環境など、労働者と取り巻く職場環境全体に視野を広げることで、その多層の予防策を講じることができます。
2 )職場環境改善がメンタルヘルス不調の予防に効果のあった事例
職場環境改善が労働者の健康に影響を与えた研究や事例が多く報告されています※1。
事例1:ある製造業のVDTを用いたデータ入力作業に従事する女性から、肩こりや視力低下などの愁訴が多発した職場では、産業医の職場巡視と作業者からの聞き取りから、作業場のレイアウトが大きな影響を与えていたことがわかりました※2。この作業場では、側面2方向が廊下に大きな透明窓になっており、廊下を通行している人たちから作業を監視されているようで、小休憩も落ち着いてとれない状況でした。壁面の窓を風景写真に入れ替え、作業場内が外から見えなくすることで、女性従業員の訴えは大幅に減少しました。
事例2:ある自治体の職場では、机や書架の配置を変えることで、課内の見通しがよくなり、コミュニケーションが多くなった、職員の年齢構成に配慮したレイアウト変更により意見交換が活発になり、若手職員の支援、育成が強化されたなどが報告されています※3。
「部署の机のレイアウトを変える、休憩室を設置する」といった、直接、個人のメンタルヘルス不調にも関係しなさそうな改善でも、不調の発生過程に目を向けると、職場環境要因が直接、間接的に、仕事の進め方や、コミュニケーションの改善、相互支援等に関係していることがわかります。部署のレイアウト変更は上司・同僚との仕事の進め方や、他人から視線などの心理的負担感などに直接的に関与します。休憩室の有無は、休息・休養が適切にとれる職場環境か、また、職場として労働者の人権に配慮して職場環境を整備しようとしているかといった職場の管理者の労働者への姿勢などとも関係しそうです。「部署の机のレイアウトを変える、休憩室を設置する」といったことが「労働の質」に直接的に影響しているのです。
また、事例2は「職場ドック」と呼ばれるメンタルヘルス一次予防策を労働者参加型の職場環境改善プログラムとして実施し行われた改善ですが、この「職場ドック」を企画、実施している高知県庁の健康管理室からの報告では、「職場環境改善のプロセスそのものが、相互理解を深める」と報告しています。職場環境改善の結果として、ストレスが軽減し、働きやすくなることと同時に、職場環境改善の取組みでは職場で話し合うステップが、職場のストレス予防に役立っていました。職場環境改善に取り組んだ職員から、「話し合うことで、他の職員が自分とは全然違うところに不安やストレスを感じていることがわかった。その気付きは大きかった。自分の思っていることを人に理解してもらえるのは、すごく気持ちのよいことだ。この取組みがもっともっと根付くとよいと思う」と感想が述べられています。職場環境改善のプロセスが相互理解を深めると考えられます。
3 )メンタルヘルス不調予防のための職場環境改善視点
図1には、メンタルヘルス不調予防のための職場環境改善視点を示しました。科学的に根拠が明らかな事例から整備されています※4。
国内外の論文のレビューから、職場環境改善の意思決定プロセスにおける労働者の仕事のコントロール感の改善と労働者参加型の職場環境改善は、健康指標を改善する科学的根拠が明らかでした。ただし、経営合理化などの際に行われる従業員参加型の改善では、必ずしも健康指標の改善効果が得られるわけではなく、悪い労働条件による健康への悪影響から労働者を保護できるものではないようです。作業課題レベルでの多能工化、権限の付与、作業チーム再編成、生産ラインの変更等の作業課題の再構築は、労働者の要求度の増大とコントロール感の減少により、健康指標を悪化させる可能性があります。一方で、職場環境改善の意思決定に労働者参加のプロセスがある介入の場合は、健康と心理社会的指標の改善のエビデンスは高くなります。労働者参加型職場環境改善と呼ばれる取組みです。国内外で展開されている参加型の職場環境改善プログラムなどの事例からは、職場の多面的な心身両面にわたるストレス要因に対し、労働者参加のもと、職場の主体的な取組みを支援する目標設定を行い、心理社会的要因や心身負担要因の多領域改善を取り上げ、改善報告会による継続改善の仕組みを重視することが広く実施されています※4。
労働者参加型の職場環境改善が有効な理由を主に3つ挙げることができます。第一に、労働者は現場(強み、課題と解決策)をよく認識しているので、環境改善の重要な前提である適切なアセスメントが可能となります。第二に、参加型職場環境改善では、自身の参画により、有意な変化を経験し、組織としての学習と水平展開が行われます。また、実際の関与とそれにひき続く成功体験が得られます。その結果、労働者のコントロール感覚、技能・スキル、自己効力感(セルフ・エフィカシシー)、エンパワーメントなどが高められます。第三に、参加型職場環境改善のプロセスによってもたらされる参加と対話の機会は、職場における民主的な風土や公平感の醸成、コミュニケーション活性化、同僚間サポートなどを強化します。「部署の机のレイアウトを変える、休憩室を設置する」といった環境改善そのものだけでなく、環境改善のプロセスも、メンタルヘルス不調の予防に役立っています。
文献
- ※1 川上憲人,島津明人,土屋政雄,他.産業ストレスの第一次予防対策 科学的根拠の現状とその応用,産業医学レビュー2008;20:175-196.
- ※2 廣田昌利.産業医活動40年を振り返って.日本産業衛生学会東海地方会研修会.1999.
- ※3 高知県庁「職場ドック」でストレスが少なく,働きやすい職場をつくる.特集「事例に学ぶメンタルヘルスによい職場のつくり方」 へるすあっぷ21 2014;353.11-13.
- ※4 吉川徹,吉川悦子,土屋政雄,他.職場のメンタルへルスのための職場環境改善の評価と改善のためのガイドライン.産業ストレス研究 2013;20:135-145.
執筆者:吉川 徹(公益財団法人労働科学研究所 研究部)
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