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Q6:EAPプログラムの費用対効果について
【Q】質問
EAP機関と社外での対面カウンセリングの契約をしています。会社の費用負担で1社員あたり年間5回まで使えるという契約になっているのですが、利用人数の報告のみを受けるのですが、その数は全社員の1%にも満たず、また、誰が利用したのか、どのような相談があったのかは、守秘義務ということで一切報告を受けません。社員が外部で安心して相談を受けられるようにと導入したので、そういう意味ではよいのかもしれませんが、費用対効果というところでは疑問が残ります。どのように考えたらよいのでしょうか?
【A】回答
ご質問の主旨は導入したEAPプログラムが確かに会社や従業員のために役に立っているのかをどう確認するかということだと思います。下記の3点に分けてお答えします。
- 1 )EAP導入の目的は何か?
- 2 )EAP導入前にKPI(Key Performance Indicator =重要業績評価指標)を決める
- 3 )利用率アップのための工夫~EAPサービスのデザイン
1)EAP導入の目的は何か?
あなたの企業では、なぜ今EAPを導入したのでしょうか?単に厚生労働省の指針があるからとか、他社も行っているからでしょうか? それとも、自殺者が続いている、パワハラが発生しているといった事情があるからでしょうか?元ハーバード・ビジネススクールの名誉教授であるセオドア・レビット(Theodore Levitt)は、「顧客は商品を買うのではない。その商品が提供するベネフィットを購入しているのだ」と述べています。これは、「ドリルを買う人が必要としていたのは、ドリルではなく穴である」(意訳)という彼の著書の中に出てくる有名な格言が表している通りです1)。EAPを導入して24時間電話サービスを入れたとか、カウンセリングを外部で受けられるようになったなどは、ドリルと同じで目的達成のための手段です。ドリルを使用するのは正しいサイズの穴を開けるのが目的ですが、あなたの会社の場合はEAPを使って何を解決、達成したいのかをまず考えてみましょう。
2 )EAP導入前にKPI(Key Performance Indicator=重要業績評価指標)を決める
KPIは目的を達成したかを定量的に測定する指標です。よく聞くEAP導入の目的に下記のようなものがあります。それぞれKPIはどう測るのか、考えてみましょう。
- ● 従業員の福利厚生のため
- 目的が福利厚生の場合、サービスがあることが重要であり、質的、量的に測定するべき指標はあまりなく、利用率に関しても、その他の福利厚生サービスと比較してもあまり意味がありません。福利厚生は英語ではwelfareですので、EAP利用が従業員の健康度向上に貢献しているかを測定するべきかと思います。
- ● メンタルヘルス不調防止のため
- まずはベンチマーク指標としての現在の不調者の数や休職データなどを測定し、EAP利用によってどれだけ低下したかを測定するべきです。この場合も単なる利用率は適切なKPIではありません。休職日数低下率からROI(費用対効果)測定はできます。
- ● 前任者から引き継いだから
- EAP導入が促進され、最近はこのような会社も増えてきました。導入から3年以上経っているのであれば、当初の導入目的と現在のニーズは変わってきているはずです。ここで一度仕切り直しをして、KPIを立て直してみましょう。
- ● 社外で安心して相談できる体制を作りたい
- 今回のご質問をされた会社もこれが目的だったようですが、EAPの体制づくりはあくまでも手段でありソリューションです。EAPを導入することによって、会社は何を達成したいのかを社内関係者に聞いてみましょう。人事労務担当、産業保健スタッフ、執行役員、管理職、社員、組合の代表などから情報を収集し、多角的に把握してみましょう。また、今までの成功例と今後の課題についても聞き取ることで、組織にマッチしたEAPサービスをデザインすることができます。
- ● 他社も導入しているので、うちも導入したい
- 他社と同じことをすることは従業員へのサービスとしては重要ですが、本当の導入の目的はほかにないのか、検討をすることをお勧めします。たとえば、従業員の満足度を高め、人材定着率を高めるなどはいかがでしょうか。
- ● 産業保健体制の強化
- 産業保健体制のどの点を強化したいのでしょうか?産業医や保健師との連携やEAPへのリファーを増やすのであれば、連携の頻度、連携の質、産業医や保健師によるEAPの使いやすさなどがKPIになるでしょう。
- ● 新型うつなどの問題社員の対応
- この場合は問題社員へのカウンセリングだけでなく、問題社員の扱いについての企業へのアドバイスの質、それによって問題が改善されたか、を測定する必要があります。満足度調査は本人だけでなく、アドバイスを受けた上司にも行うべきでしょう。
3 )利用率アップのための工夫~EAPサービスのデザイン
EAPの利用率向上の方法はいろいろとありますが、小手先の工夫よりも、EAPのサービス形態が会社のニーズに合っているのかを検討し、サービスのデザインを見直すことをまずしてみましょう。たとえば、都心から離れている大規模事業所であれば、電話相談よりもカウンセラーが工場に定期的に訪問して事業所内に相談室を作ったほうが、アクセスがよいだけでなく、顔が見えるということでカウンセラーへの信頼も高まり、複雑な問題への相談も増えるでしょう。支社、営業所が全国に点在している場合は、EAPのカウンセリングオフィスが全国にあり、業務が終わった後に電話できる利用時間の利便性が重要になります。インターネット世代の従業員が多い場合、日常生活のコミュニケーション方法はSNSが中心です。オンライン相談、Webカメラを使った遠隔相談、E-learningなどは敷居を低くします。この場合、情報セキュリティについては十分配慮し、インフラが整っている業者を選択するべきです。
EAPが提供できるサービスは多岐にわたりますが、それらを一度に導入することは予算的にも現実的ではありません。ニーズアセスメントにもとづいて組織の重要課題を優先順位付けし、それぞれをどのタイミングで利用するともっとも高い効果が望まれるかを計画する必要があります。たとえば、管理職への研修とコンサルテーションを導入すると、問題のある従業員を早期に発見し、必要に応じてEAPに紹介するという手順を理解して実践することができるようになります。管理職がEAPを戦略的に利用できるようになることで、問題の悪化を防ぐことができるようになり、結果として組織のリスクを管理することにつながります。
最後に利用率アップのための工夫を導入段階に合わせてご紹介します。
- 第一段階:管理職の啓発
- メンタルヘルス相談の重要性、個人のパフォーマンスとの関係などを管理職に対して啓発し、理解を深めます。管理職へのメンタルヘルス研修や、管理職のお試しカウンセリングなどを導入すると効果があります。これによって、管理職がメンタルヘルスについての先入観や偏見を減らすことができ、部下もEAP窓口を使いやすい社内的雰囲気づくりができます。
- 第二段階:メンタルヘルス(EAP)推進委員会を立ち上げる
- メンタルヘルス対策を進めていくためのモニター機構になってもらいます。できたら産業カウンセラーや心理相談員などの資格を持っている社員に推進委員になってもらい、自分の部署で悩んでいそうな社員への声かけや、口コミでプログラムを勧めてもらいます。また、メンタルヘルス対策を進めていく上での、社員のニーズを伝えてくれる機関になってもらいます。安全衛生委員会がある事業場は、委員会が中心に行うとよいでしょう。
- 第三段階:社員への周知
- 社員へのコミュニケーションは朝礼での説明、電子メール、管理職経由の回覧、社内報など、3種類以上のコミュニケーション方法を使うことを勧めます。人は情報をすべて1回で理解するとは限らないからです。また、その際に、利用方法および個人情報の取り扱い方について、利用者が安心できるように説明するのがよいでしょう。
- 第四段階:継続的利用率アップの努力
- 人は何ヵ月も前に読んだパンフレットのことは覚えていないので、利用率アップのためには、定期的に社内で仕掛けをし続けていく必要があります。企業文化、企業の現在置かれているビジネス状況にあった方法が大事です。
- ・ 電子メール、掲示板、社内報、朝礼、管理職経由の回覧など。利用方法だけでなく、利用の具体例を入れてイメージを持ってもらう。
- ・ 健康診断と連動させてストレス・チェックを実施し、その結果の説明をカウンセラーに行わせることによって、社員がカウンセラーに会い、親しみを持ってもらう。
- ・ 産業医から、メンタルヘルスプログラムを社員に勧める。
- ・ 組織変更等、社員を不安にする可能性のある場合は、EAPの存在を社員にリマインドする。
文献
- 1 )セオドア・レビット.マーケティング発想法.東京:ダイヤモンド社,1968.
- 2 )市川佳居.EAP導入の手順と運用.東京:かんき出版,2004.
執筆者:市川佳居(ピースマインド・イープ株式会社 国際EAP研究センター)