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Q3:いわゆる新型うつの理解と対策は?
【Q】質問
いわゆる新型うつ病というのは、どのように理解してどのように対策を図るのがよいでしょうか。
【A】回答
1)「新型」の意味するもの
職場のメンタルヘルスは、精神科医療においても注目を浴びている分野のひとつです。職場でのストレス過多が関連している患者では、精神科医にとっても軽症とはいえ治療の難しい症例が多いとの印象があります1)。その大きな理由は、休職させた患者が復職しても容易に再休職することが多く、休養と薬物療法といったこれまでの治療では十分な回復が得られないことに気付いたためです。
では、企業の人事担当者からは、休職する社員はどのように見えているのでしょうか。図1に示すデータは日本生産性本部が企業の人事担当者を対象に行った調査1)の中で、心の病の原因を聞いた結果です。ここでは「職場の人間関係」「業務遂行に伴うトラブルや困難」「重すぎる仕事の責任」「長時間労働」「昇進や配置転換」などの業務に関連する原因が並びますが、一つおきに「本人の資質の問題」「家庭の問題」「社会環境の変化」「本人の生育歴」などの本人や家族あるいは社会的な要因を考えさせる理由が選ばれています。この結果からは、メンタルヘルス不調を訴えて休む社員の中には、単に職場のストレスが原因とばかりとは言えないと考えている人事担当者がかなり多いことを示しています。そして、その多くは原因を本人や社会の影響が大きいと考えていると言えるでしょう。
2)非定型的な気分障害
このごろ聞かれる「新型」うつ病という名称はマスコミ用語です。ウイルスが突然変異を起こして生まれた新型ウイルスとは違い、症状が昔の病気とはいささか異なるうつ病という程度の意味で、ことさら「新型」と言えるようなものではありません。気分障害という中身は昔と変わらず、外見すなわち症状が変わってきたのです。つまり、現代風な気分障害というべきものです。具体的には、この20年ほどの間に気分障害においては軽症化、非定型化のような病態の変化が見られるのが、その本態であると考えられます2)。逃避型抑うつ(広瀬)、ディスチミア親和型うつ病(樽見、神庭)、未熟型うつ病(阿部)、現代型うつ病(松波)、職場結合性気分障害(加藤)のような類型が知られています。
現代風な気分障害の診断・治療において、第一の課題になっているのは、多少活発だという程度の軽躁状態です。精神病院への入院を必要とする重い躁状態とは異なる軽躁状態では、軽躁状態がおさまった後に抑うつ状態が出現することが問題です。その後、再び軽躁状態となり、また抑うつ状態が来るので、一見抑うつ状態を繰り返している反復性うつ病のように見えます。双極Ⅱ型障害と言いますが、診断と治療が非常に難しいのです。主治医は本人すら気付いていない軽躁状態を見抜かなければ診断できませんが、単なる診察だけではなかなかわからないのです。治療には気分安定薬が必要とされますが、抗うつ薬を使用していると気分の波はおさまらずより大きくなることもしばしばあります。入院しているか、リワークプログラムのような集団の中で長時間観察すれば、その人の言動を見られるので容易に診断できますが、診察だけの診療ではなかなか治療も困難で、休職と復職を何回も繰り返します。しかも軽躁状態では単に行動が活発となるだけではなく、感情が不安定で不機嫌になりやすいため周囲とのトラブルも起こりがちになり、職場でも困ることが発生します。
第二の課題は、不安症状が強いうつ病や気分障害です。発汗、動悸、息苦しさやパニック発作などの不安にもとづく身体症状を前面に出して発症します。そのため、内科医などをまず受診しますが、検査所見でも異常が見つかりません。その後しばらくして、抑うつ症状が現れてくるのです。「職場結合性気分障害」といって抑うつ症状ばかりでなく、先に触れた軽躁状態を伴う場合も多いことが報告されています。真面目な会社人間タイプの人で業務的負荷が高まり、仕事がうまくいかず評価が低くなると、この経過をたどることが多いと指摘されています。現代の気分障害にとって、不安とそれにもとづく身体症状も重要な症状になっているのです。従来のうつ病にも、不安は症状のひとつとして確かにありました。昔は、みんなに申し訳ないと自分を責めて、自殺を企てる場合が強かったのです。しかし、今はあまり深く考え詰めず、発作的に自殺を図る衝動的な自殺が多いのです。その背景に、非常に強い不安があるのではないかと感じます。
最近の気分障害の課題の第三は、他罰性が強いことです。現代人の特徴なのかもしれません。「ディスチミア親和型うつ病」や「未熟型うつ病」がこれに当たります。病気になったのは、自分に問題があるのではなく、会社や上司のせいだと主張し、裁判に訴えたりすることもあります。年長の方とは価値観が異なる若者は自己主張が強く、他罰的になりがちです。つまり、今の若い人たちの表現で、人格形成の未熟性を表しているのでしょう。社内でも困った存在になりがちです。
第四の課題は、ごく軽度な発達障害の要素を背景に持ち、適応障害を起こして、抑うつ状態を呈するケースです。また、就労以前の児童青年期に発症した気分障害や不安障害が、就労とともに再燃し本格発症することにより「抑うつ状態」を呈する症例の存在です。両者は合併することもありますが、いずれの場合でもその状態は入社前からあったわけです。本人もよく理解していない中で事態は非常に複雑となり、職場においてはしばしば重大なトラブル事例となっています。就職後、比較的短期間のうちに職場での対人関係を理由として、「抑うつ状態」を呈する社員の多くはこのような課題も考えなくてはなりません。
3)職場の環境要因の変化
また、本人以外の要因としては、とくにリーマンショック以降の不況の中で、会社へ復職する際に求められる病状の回復レベルが上昇していることが指摘できます1)。20~30年前であれば半日勤務からの復職が認められる場合もしばしばありましたが、現在では休職中に”試し出勤”と称して企業が業務遂行レベルを見極める制度の導入も進んでいます。復職後の再休職が多いという現実に合わせた対応と言えますが、復職へのハードルはこの10年間に確実に上昇しています2)。また、職場での業務自体にも大きな変化があり、たとえば定型的な業務は派遣労働者などにアウトソースされ、復職後の一定期間を定時勤務で定型的業務を探すと仕事がないといった事態もよく目にします。過度な業務負荷は容易に軽躁状態を惹起しますので、余裕のある働き方がなかなかできなくなってきていることも一因と考えられます。
4 )メンタルヘルス不調者の事例性と疾病性と対処方法
このように現代風な気分障害は、疾病としては入院を必要とするほど重度ではなく、むしろ軽症であるので外来通院程度で治療が可能ですが、診断は困難で治療もうまくいかず慢性化しやすいと言えます。そのため、休職と復職を繰り返す場合も多く、他罰的傾向が強く、社会的影響度としては大きいのです。すなわち、疾病性としては重いわけではありませんが、企業としては困っている事例性の高い症例も少なくありません。また、先に挙げた軽躁状態では職場でのトラブルとなっている場合もあり、また、発達障害ではコミュニケーション障害のために、変わり者の社員とレッテルを貼られている場合も多いのです。治療としても、単に薬と休養だけではなかなかよくなってきません。リワークプログラムのような集団の場での治療を行う必要のある場合が多く、心理療法も必要な場合が珍しくありません。
社員が自分の主治医に主観的な辛さは話していると思いますが、客観的に職場のことを伝えているとはあまり考えられません。このようなことから職場としては、診断を見直してもらうためにも主治医に対し、本人の同意を得て職場の状況を文書などで伝えることが必要です。可能であれば、産業医や産業保健スタッフが社員の診察に同行し社内の状況を説明すればより有効と言えます。そのような対策を取っても変化がなければ、主治医を変えることも必要と考えられます。その際には産業医の経験がある精神科医や産業精神保健に精通している精神科医がよいと言えます。産業医や産業保健スタッフと主治医との連携は重要なテーマです。
このような症例に対し、リワークプログラムにおいては、なぜ休職したのかについて文章にしてもらいます。病気になったのは会社での業務負荷が高かったなどの環境要因もあるのですが、それだけではありません。自分の考え方や物事の判断の仕方、課題にぶつかったときの乗り越え方が上手ではないなどの自分側の要因があります。自分側の要因を知って、それに対処する方法を身につけてから復職しないと、仕事に戻っても以前と同じことが起きます。自分の課題をよく認識し、心理療法を受けてそれまでの自分の考え方や対処の仕方を変えていくことが必要です。しかし、このように自分の考え方を変える方法を学んでも、それだけで職場でうまくいくとは限りません。実際に職場と似たような場所で業務的なことを行ってみると、同じ失敗を繰り返す場合も多いのです。その際に考え方を変えるとともに、行動が変容していくことが重要です。失敗を通じて行動を変えていくことが、リワークプログラムのもっとも大事な成果であると言えます。職場においてはリワークプログラムのような治療的接近は不可能です。自らに向き合い、自己を知り対処できる能力を付けるよう、上司などとの協力関係の確立も求められていると言えます。
文献
- 1)日本生産性本部メンタルヘルス研究所.「メンタルヘルスの企業取り組み」に関する企業アンケート調査結果, 産業人メンタルヘルス白書2010年版.2011.
- 2)五十嵐良雄,リワークプログラムからみた職場のメンタルヘルス,臨床精神医学,2013;42:1265-1271.
執筆者:五十嵐良雄(メディカルケア虎ノ門・うつ病リワーク研究会)