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No.2:ストレスと口の健康
口や歯は、ともすると全身の健康と切り離してとらえられがちですが、あくまで身体の一部であり、心理的なストレスが加わればさまざまな反応を示し障害が起きてしまうこともあります。そこで、ストレスと口の健康の関係について解説していきましょう。
ストレスと歯周病
歯周病は、歯の表面に付着した歯垢(しこう=プラーク)の中の歯周病原性菌が作り出す毒素や酵素とその免疫反応によって、歯を支える組織が壊れてしまい、最後には歯がぐらぐらになって抜けてしまう病気です。
ストレスが加わると免疫力が低下し、歯周病が早く進行します。また、歯ぎしりや食いしばる習癖(しゅうへき=くせ)にも注意が必要です。この習癖は眠りの浅い時期(REM睡眠)に頻繁に発生しますが、ストレスが強く疲労困ぱいした状態や、お酒を飲み過ぎた時には眠りが浅くなり、歯ぎしりや食いしばりが助長されて歯や歯を支える組織に異常な力が加わるため、歯周病が重症化しやすくなります。
ストレスと顎(がく)関節症
口を開けると、あごが痛い、音がする、口を開けづらい、のいずれかの症状を持つ顎(がく)関節の障害を総称して「顎関節症」といいます。あごの靭帯や筋肉の損傷、関節内にある円板のずれなどによって起こります。以前は、顎関節症の原因はかみ合わせと考えられていましたが、近年では、かみ合わせのみならず、関節や筋の形態、ストレス・不安、片側かみ・ほおづえ・うつぶせ寝等の癖、歯ぎしり・食いしばりなど、さまざまな要因が積み重なり、身体の許容量を超えたところで病気が発症すると考えられています。
また、歯ぎしり・食いしばりに加え、弱い力でも上と下の歯を接触させる癖(上下歯列接触癖)が昼夜を問わず長期間続くと、あごや筋肉に持続的に負担がかかってしまい、さまざまな障害が起きる可能性があることも示されています(図1)。特に、ノートパソコン、スマートフォンやタブレットなど携帯情報端末を長時間、前かがみになって使用していると、上下の歯がかみ合わせやすくなり、さらにストレスが強い状況下では、咀嚼筋(そしゃくきん)の活動が増して強くかみしめてしまう傾向にあります。
上下の歯の接触とともに空嚥下(からえんげ)が起こり、呑気症(どんきしょう)を併発していることもあります。消化器系に問題が見つからないのに胃のもたれや膨満感が慢性的に続くことにもつながるので、この癖を意識してみましょう。
図1
ストレスとう蝕(うしょく=むし歯)
う蝕(むし歯)も、歯垢の中のう蝕原性菌が作り出す酸によって、歯の表面が溶かされてしまう病気です。それに対し、口の中の唾液には、酸を中和させ、微細に溶けてしまった歯の表面を修復する作用があります。
ストレスが大きいと、交感神経が働いて、粘性の高いネバネバした唾液を分泌する唾液腺(舌下腺(ぜっかせん)、顎下腺(がっかせん))が刺激され、口の中がねばついた状態になり、相対的に水分も少なくなります。
一方、リラックスした状態では、副交感神経が働いて、粘性の低いサラサラした唾液を分泌する唾液腺(耳下腺(じかせん))が刺激され、口の中が潤った状態となります。つまり、ストレスが大きいほど口の中がねばつき、とけた歯の表面が修復しづらくなって、う蝕になりやすくなるのです(図2)。
また、生活習慣病や精神神経系の治療薬には、唾液分泌を抑制する副作用を持つ薬が多く、口の乾燥によってう蝕が多発してしまうケースも見られます。
図2
ストレスと上手に付き合う方法
歯周病や顎関節症の悪化につながる歯ぎしり、食いしばり、上下歯列接触癖に対しては、まずその癖に気づくことが大切です。昼間、ときどき目が行く場所に目印を貼っておき、それを見たときに上下の歯の位置や咀嚼筋の力を意識し、もし歯が合わさっていたり筋肉に力が入っていたりしたら、力を抜いて深呼吸をするのも一つの方法です(図3)。また夜間の歯ぎしりや食いしばりには、就寝直前に自分で力を入れないように自己暗示させる自律訓練法や、歯やあごへの力を分散させることを目的にマウスピースをつける方法などがあります。
口が乾燥した時や緊張感が強い時には、キシリトール入りガムをゆっくりとかむと、唾液腺が刺激されて唾液の分泌が促されるだけでなく、あごや顔面の筋肉を使ってかむことで心もリラックスさせることができます。また日常の食事でゆっくりよくかむことも大切です。
口腔乾燥の副作用が強い薬は、他の薬に替えることができるか担当の医師に相談してみましょう。
ストレスは、現代社会にはつきもので、避けることはなかなか難しいことだと思います。ストレスによって起きる口の変化に気づき対処すること、そして食生活や睡眠など適切な生活習慣を心がけることも、口の健康を守るために大切なことなのです。
図3
日本アイ・ビー・エム健康保険組合 予防歯科 加藤 元
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