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藤沢タクシー株式会社(神奈川県藤沢市)

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藤沢タクシー株式会社
(神奈川県藤沢市)

藤沢タクシーは、1940年創業。藤沢市を中心に、タクシーによる運送事業を行っている。
社員数は約80名(2020年12月現在)。
今回は、代表取締役社長であり看護学博士でもある根岸茂登美さんからお話を伺った。

看護師としての知識・経験を活かして、経営者が社員の健康問題に積極的に取り組む

最初に、メンタルヘルス対策に取り組むに至った経緯についてお話を伺った。

「当社は1940年に祖父が設立し、父が2代目、私が3代目になります。私はもともと看護師としてのキャリアを積み重ねていて、会社を継ぐということは頭になかったのですが、20年前に父が体調を崩したため急遽会社を継ぐことになりました。経営のことはまったくわからない状態でしたが、『やるしかない』という思いから、看護の分野とは縁を切るという覚悟で、この仕事に就きました。」

「しかし、会社に入ってみて分かったのは、社員である乗務員の健康状態が驚くほど悪いということでした。有所見率は高いですし、喫煙率も高い、高齢化も進んでいました。嘱託の産業医からは、『再検査の指示を出しても検査を受けないし、薬も継続して飲んでいない。これでは社員に何があってもおかしくなく、私も責任がもてないから産業医を辞めさせてほしい』と言われてしまうほどでした。当社は、ハンドルを握ってお客様の命を預かる仕事ですから、このままでは問題だということを強く感じました。会社に入るときに看護の道はあきらめたつもりでしたが、まさにそれこそが必要なのだと気づきました。」

「タクシーの仕事は、長時間労働になりますし、深夜業もあります。日が昇ってから眠ることも少なくありませんので、その際にお酒を飲む人も多く、寝酒による睡眠への影響もあります。また、お客様が優先ですから、食事の時間が不規則になることも多いです。さらに、タクシーの仕事はずっと座りっぱなしですので運動不足にもなりやすい。健康に影響する様々な要素がタクシーの仕事にはあることが会社に入ってから徐々に見えてきて、メンタルヘルスを含めた健康面への対応が必要だと考えるようになりました。」

経営者自身が、仕事内容による健康への影響を理解し、社員の健康状況の実態を把握することによって、社員の健康問題に積極的に取り組む姿勢につながる。

社員がどのようなことにストレスを感じているのかを把握することで、適切なフォローがしやすくなる。

次に、職場のメンタルヘルス対策の取り組み全体について、お話を伺った。

「はじめは、どのようにメンタルヘルス対策を行ったらいいかわかりませんでしたので、そもそも乗務員はどのようなことをストレスに感じているのか知りたいと思い、調査を行いました。」

「調査結果からわかった1番のストレスは、“病気による欠勤”でした。乗務員は、基本給のほかに歩合給がありますので、歩合給で稼がないと給料が少なくなってしまいます。つまり、病気で休んでしまうと働ける時間が短くなり、給料に直結してしまう、それが大きなストレスになっているということがわかりました。この結果から、身体的ケアをしっかり行っていくことが、メンタルヘルス対策の観点からも大切だということを再認識しました。」

「また、“事故に対する不安”も常に抱えているということがわかりました。道路上には、自転車で危険な運転をしている人もいますので、そうした状況の中でも、安全に配慮しながらお客様を乗せ、会社の看板も背負って仕事をするということは、かなりの緊張を強いられるのだと思います。その他にも、特に泥酔されているお客様を乗せるときの緊張であったり、運転に乱れが生じないよう気持ちをコントロールする必要があったりと、様々なストレスを抱えながら仕事をしていることがわかりました。」

「こうした結果から、どのようなことに気を付けて乗務員のケアをしたらよいのかということが以前よりわかるようになりました。また、交通事故に遭遇したりトラブルに巻き込まれたりした時は、その乗務員自身が精神的なダメージをかなり受けているだろうから、ちゃんとフォローする必要がある、といったことがわかるようになりました。」

「また、日頃の様子を見ていると、メンタルヘルスの調子がわかると感じています。当社は小規模な会社ですので、休憩時間に帰ってきた運転手の顔を見て、『調子はどう?』、『ご飯食べた?』と声をかけることができます。そうしたタイミングで、たとえば、声のトーンがいつもと違う、話をしている時に目を合わせない、顔がこわばっている、など、いつもと違うサインに気づくことができます。」

「その他にも、当社の安全衛生に関する目標の中に健康関連の内容を必ず入れたり、健康に関する集合研修を年に2回私が実施しています。また、看護学生の実習の受け入れをしているのですが、その中で学生による乗務員への健康教育も実施しています。」

「よく“職場風土の醸成”と言われますが、そう簡単なことではありません。日々、とにかくいろんなことをやっていくしかないのだと思います。“健康”に関することが身近にあふれてくると、自然にそうした“風土”ができてくるのではないかと思っています。以前は、乗務員の休憩時間の会話は健康とは関係のない話が多かったのですが、最近は健康診断や予防接種の話など健康に関する話が増えてきたと感じています。」

「健康」に関する話題に触れる機会を増やすことによって、健康に対する社員の関心を少しずつ高め、時間をかけて職場の「風土」を醸成していく。

労働時間管理を徹底する、定年後も本人に合わせた働き方を提供する、禁煙対策を行うなど、社員が長く健康に働き続けられるためにできる対策をすべて講ずる

最後に、長く健康に働くための職場づくりについて、お話を伺った。

「この業界は、長い歴史の中で長時間労働が続いてきました。背景には、歩合給を稼ぎたいという乗務員の気持ちがあります。『もう1時間ねばれば1人乗せられるかもしれない』という考えからいつのまにか長時間労働となり、疲労が蓄積していく、ということが常態化していました。」

「私が会社を継いで2年後に、53歳のドライバーがくも膜下出血で倒れ、亡くなるということがありました。“過重負荷による”という認定で労災となりました。それは、私にとってあまりに衝撃の大きい出来事でした。その方は、直前の健康診断で有所見が複数出ていましたがその後の対応をしておらず、勤務時間も長くなっていたのですが、私はまだそこまで目を配るところまで至っていませんでした。この件をきっかけに、休憩時間も含めた時間管理を会社としてしっかり行わなくてはいけないということを決意しました。」

「現在は、労働時間管理を徹底するために様々な書式を整備しています(【図1】参照)。たとえば、休憩時間が短くなったときは、なぜ休憩時間が短くなったのかということをドライバーが“休憩時間不足理由書”に書いて提出します。最後に乗せたお客様が長距離の方だった場合などは仕方ないですし、問い詰めることが目的ではないので、理由は堂々と本当のことを書くよう求めています。書くことによって、本人の自覚にもつながっていると感じていますし、休憩時間の不足が続く乗務員には、疲労が蓄積しないように指導しています。現在は、長時間労働はなくなりましたし、休憩時間もしっかりとってくれるようになっています。」


【図1】労働時間管理を徹底するために整備した書式例

「また、何か事故が起きた時は、法令に基づき運行管理者による検証作業が行われます。事故に対する着眼点は、運行管理者と私とで違いがあります。たとえば、信号が黄色の時に無理に入ろうとした場合、運行管理者はどうして事故が起きたのかという直接的な原因を探ろうとします。私は健康面の観点も大事だと考えています。前日はしっかり眠れたか、服薬で持病コントロールができていたか、それから、血圧をコントロールする薬を 飲んでいると利尿作用が生じる場合があるのでトイレに行きたくて焦っていたのではないか、などです。そうした観点でも分析するよう、運行管理者にもその都度伝えています。」

「雇用形態についても工夫しています。当社は、社員約80名のうち、乗務員が約70名で、乗務員の平均年齢は63歳(2020年4月現在)。社員は29歳から77歳までいます。定年は60歳ですが、その後は嘱託社員として1年ごとの有期契約を更新する形にしており、有期契約の年齢制限は設けていません。一人ひとり健康状態が異なるので、一律に何歳までと決める必要はないと考えています。契約更新前には一人ひとりと面談し、本人の意欲、健康状態などを踏まえて、旅客輸送の安全が確保できる心身の状態かということを総合的に判断して、契約更新の可否や契約内容を決定しています。高齢のため、健康面の課題を抱えていることも少なくありませんが、それをコントロールできているかが大切だと考えています。働き方も年齢とともに柔軟に変えています。出勤日数や出勤時間を減らしたり、夜間勤務をなくしたり、一人ひとりに合わせて対応しています。タクシーの仕事は、基本的に一人で仕事をしますので、調整すれば長く働くことができます。それを上手に活用しています。現在、乗務員の6割が嘱託の有期契約の社員です。」

「また、私が会社を継いだ20年前には、喫煙率が約80%と非常に高く、オフィスで喫煙するのが当たり前の状況でした。そこから様々な対策を行い、敷地内にあったたばこの自動販売機を撤去したり、個人、集団へのアプローチを行いました。現在は敷地内全面禁煙が実現でき、喫煙率も30%台まで下がっています。とはいえ全国平均と比べればまだ高い状況ですので、引き続き取り組んでいきたいと考えています。」

安全に業務を遂行するためにも、トップが従業員の健康を配慮していることを周知すれば、長時間労働の改善、高齢者雇用の推進、禁煙対策などが力強く進められていく。

【ポイント】

  • ①経営者が主体となって健康対策を進めることによって、様々な改善が進む。
  • ②社員のストレス要因を知ることで職場環境の実態を把握し、適切なフォローを行いやすくなる。
  • ③「健康」に関する話題に触れる機会を増やすことによって、社員のヘルスリテラシーを育て、時間をかけて職場の「風土」を醸成する。
  • ④休憩時間が短くなった理由を報告してもらうことにより、経営者が業務の実態を把握できるだけでなく、経営者が社員の安全と健康を大切にしていることが伝えられる。
  • ⑤一人ひとりの意欲や健康状態に応じて働き方を柔軟に変えることによって、長く健康に働けるようにする。

【取材協力】藤沢タクシー株式会社
(2021年2月掲載)