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株式会社勝部農産(島根県出雲市)

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株式会社勝部農産
(島根県出雲市)

【写真】勝部さん 株式会社勝部農産は、1975年(昭和50年)創業、2009年(平成21年)設立。約130haの大規模農地で、水稲、麦、大豆、そば、あすっこ(島根県のオリジナル野菜)などの栽培を行っている。
従業員数は6名(2025年5月現在)。
今回は、代表取締役の勝部喜政さんからお話を伺った。

健康経営優良法人認定と県のGAP認証を取得するための取組みが、従業員のモチベーションの向上や、会社に対する安心感の醸成につながっている。

まず、健康経営の取組みを始めた経緯についてお話を伺った。

健康経営優良法人や「美味しまね」などの認証は、取得にいたる過程にこそ意味があると考えています 「健康経営の取組みを始めたきっかけは、2020年に健康経営に関するセミナーを受けたことです。それ以前から“美味しまね(おいしまね)”という島根県の農産品に対するGAP認証制度を取得していたので、健康経営を進める土壌はすでにできていました。GAPとは“Good Agricultural Practice(良い農業の取り組み)”の略です。“美味しまね”では、食の安全や環境保全、作業者の安全など生産工程における様々な基準が設けられており、農薬の管理や消防法に基づいた管理がなされているかなど細かい基準と毎年の監査などを受ける必要があります。」

【写真】美味しまね認証(島根県版GAP) 「認証を取得したからといって、ただちに農産品の売価が上がったりするわけではありませんが、従業員の意識を変えるきっかけになったと感じています。たとえば、肥料の在庫管理や、禁煙や分煙などの細かなルールを、社長の指示としてではなく、認証取得のための取組みとして従業員に働きかけることで、従業員自身の意識が変化し、同じ方向を向いて取組んでいくモチベーションアップにつながっていると感じています。」

「このように“美味しまね”の認証取得の取組みを以前から進めていたので、健康経営の取組みもスムーズに進めることができ、2022年には“健康経営優良法人(中小規模法人部門)”の認証を受けることができました。」

「作っているものについては“美味しまね”、働いている人については“健康経営優良法人”の両方の認証をいただいています。これらの認証を受けることは、対外的な意義もあると考えています。従業員の採用活動などにおいて、給与などの労働条件はもちろん大切なのですが、認証があることで“農産品”と“人”の両方を大事にする会社だとアピールできるので、応募の決め手になるという面もあると思います。また、私(勝部さん)は、従業員の家族も一緒に雇っているという覚悟で経営をしています。ご家族が当社を外から見た時に、作っているものに対する安心感、そして、健康経営に取り組んでいる安心感のある会社だと思っていただけるのではないかと考えています。」

ストレスチェック、電話相談など外部機関のサービスを活用したり、年に1度の社長面談や意識的に日頃から雑談したりすることを通して、従業員の状態を細やかに把握できるよう努めている。

次に、ストレスチェックをはじめとした職場のメンタルヘルス対策の取組みと、職場のコミュニケーション活性化の取組みについてお話を伺った。

ストレスチェックは、従業員が自分の状態に気づくきっかけになるツールだと考えています 「当社はストレスチェックの実施義務はありませんが、5年以上前から外部機関のサービスを活用して実施しています。社長という立場上、従業員のこころの中まで理解することは難しいと思っているので、ストレスチェックを通して、従業員自身が自分の状態に気づくきっかけになるのはとてもありがたいことだと考えています。」

「電話相談のサービスも利用しており、定期的に従業員に周知しています。病院に行くのはハードルが高いけれど誰かに相談したいという時に、電話相談で誰とも顔を合わせることなく相談できる仕組みも良いと考えています。」

従業員とのコミュニケーションを図る機会を工夫して取り入れています 「年に一度は従業員と個別面談の時間をとっています。時間は30~60分程度です。内容は、仕事で負荷がかかっていないかどうかや、今後やりたいこと、家族のことなど、本人が話したい内容を話せる範囲で話してもらっています。」

「また、圃場(ほじょう:農作物を栽培する場所)へ軽トラックに乗って一緒に移動する時なども、意識的に雑談をするようにしています。5~10分ほどの短い時間ですが、意外な話をしてくれたり、日々の家庭の変化の様子などを聞くことができたり、従業員の状態を把握できる良い機会となっています。」

【写真】くじ引き棒・熱中症予防の塩飴 毎朝の1分間スピーチが従業員同士の会話のきっかけづくりや、コミュニケーション力の向上にもつながっています 「毎朝、全員が業務報告を行った後には、その場のくじで当たった人に1分間スピーチしてもらうことを10年以上続けています。テーマは、仕事やプライベートなど何でもよいとしています。スピーチの内容から従業員の意外な一面を知ることも多く、普段の会話のきっかけづくりになっています。以前は、スピーチする人を順番に回していましたが、ランダムなくじ引きに変えたことで、瞬時に話題を考えて話すトレーニングになっているようで、視察や取材などに来られた様々な方とのコミュニケーションも以前よりスムーズになっているように感じています。」

働きやすい職場をつくるために、残業の削減、休日の確保などに取り組んでいるほか、他業種も含めた幅広い視野の知識や人脈を得るために経営者が自ら積極的に外に出ることで、会社全体を見通し必要な対応を選択することができている。

最後に、業務効率化によるストレス軽減の取組みと、経営で大切にしていることについてお話を伺った。

【写真】「働き方改革」チラシの掲示残業をなくし、天気に関係なく休日を確保することが、結果的に安全で効率的な業務遂行につながると考えています 「2019年に働き方改革が施行されましたが、当社はそれ以前から残業をなくす努力をしていました。残業は、疲れた状態での作業となるため、事故を起こしたり機械を壊したりしやすく、過去には釘を踏むなどのケガが起きたこともあります。もちろん、残業した分の給与は25%割増で払う費用負担もあります。リスク面や経営効率を考えれば、残業ではなく翌朝に作業をまわす方が良いと考えています。」

「私(勝部さん)は前職で労働組合の活動をしていたこともあり、労働条件や労働環境などの配慮が重要だということをよく知っていましたので、当社でも積極的に労働条件や労働環境の改善に取り組んできました。たとえば、繁忙期であっても日曜日は必ず定休日とし、12月~3月は週休2日としています。農業は、天候や季節の影響を受けやすい業種ですが、梅雨時期に長雨で作業ができずに日曜日だけ晴れたとしても、作業は行いません。家族と過ごす予定を返上してまで作業をする必要はないと考えています。」

「もちろん、種まきや収穫など、晴天でないとできない作業もありますので、天候に左右される作業については大型機械の購入に投資をすることで、1日にこなせる面積を大きくして短期間でこなせるようにしています。」

【写真】大型トラクター 従業員が定着することで業務の効率化や健康経営へのさらなる取組みも進めることができます 「農業分野では、健康経営の取組みがあまり進んでいません。従業員が定着しづらい業界なので、採用や採用後のチームワークづくりだけで手一杯で余力がない、という現実があるのだと思います。従業員が定着して余裕が生まれるようになれば、健康経営の取組みも進むのではないかと考えています。」

「当社には現在20代から60代までの従業員がいますが、10年近く働いている従業員が大半で、みなプロ意識をもって農業に取り組んでくれています。経験の浅い従業員が多いと、最低限の栽培方法にしか取り組むことができませんが、従業員が定着していくと、仕事の技術を積み上げていくことができるようになります。生産性を上げていくためにも、従業員の技術の向上を図る努力が必要だと考えています。」

「また、数年前からは、私(勝部さん)が細かい指示を出すのではなく、“主任”と“副主任”の役割を置いて、その2人で考えて作業を進めてもらうようにしています。私は、全体を把握するために、毎朝、全ての圃場を軽トラックで見て回っています。気になるところがあると、ついつい圃場に入って作業をしてしまうことになるので、圃場に入れる長靴ではなく、あえて運動靴を履くことで、社長は作業をしないのだということを自分にも周りにもわかるようにしています。社長の指示に従って作業を進めるのではなく、従業員一人ひとりが自ら考えて仕事に取り組み、失敗も経験してまた考える、という機会が大切だと考えています。」

【写真】レクレーション(餅つき)従業員へのケアなどの必要性に気づくためにも、経営者は積極的に外に出ることが大事だと考えています。 「私は、セミナーや講演会、同業種・異業種の視察に積極的に出向くようにしています。セミナーや講演会では、業務効率化や健康経営の取組みなどへのアイデアに触れられますし、他社の視察を通して同じように現場で頑張っている方の本音に触れたり、新たな人脈を得たりすることができます。従業員と一緒に汗をかいて作業をすることも大事だとは思いますが、それだけでは会社の全体像が見えなくなってしまい、従業員へのケアも含めた必要な対応にも気づけなくなってしまうので、私は経営者として積極的に外へ出て新しい刺激に触れる機会を作るようにしています。」

「農業特有の難しさや課題もあるとは思いますが、健康経営やメンタルヘルスの視点は、業種を問わず共通の課題だと考えています。そのためにも、経営者は外に出て、たくさんの情報・人に触れて、そうした見聞やサービスを十分に活用していくことが大事だと考えています。今後も、従業員、家族にとっても安心して働くことのできる職場をつくっていきたいと思います。」

【取材協力】株式会社勝部農産
(2025年9月掲載)