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アビームコンサルティング株式会社
(東京都中央区)
三上さん
アビームコンサルティング株式会社は1981年(昭和56年)設立。戦略立案・構想策定、業務改革・設計、システム開発・導入など幅広く手掛ける総合系コンサルティングファームである。
従業員数は、連結対象のグループ全体を含めて7,523名(2023年4月現在)。そのうち、健康支援室では日本に所属している約4,400名を対象に支援を実施している。
今回は、健康支援室マネージャーで保健師の三上京子さんからお話を伺った。
コンサルタントという仕事内容や常に自己成長を意識し仕事を行うといった特徴を踏まえて、“レジリエンス”をキーワードに取組みを進めている
最初に、会社の特徴これまでの取組の経緯、メンタルヘルス対策の取組内容や考え方について、お話を伺った。
「コンサルティングファームである当社は、クライアントの状況に合わせて、多くの社員が社外でプロジェクト業務を遂行します。プロジェクトの度に、各部署(ビジネスユニット)からメンバーが招集されチームが結成されるため、その都度、人間関係構築が必要となります。プロジェクトは、国内外を問わず、就労場所はクライアントのオフィスや在宅、シェアオフィス等で、常に管理者が傍にいる環境ではないため、各自が自律し、体調管理とパフォーマンス発揮の両立が必要です。また、社員には、能力的に現状に満足することなく、常にチャレンジし続けることが求められるため、いかにしてパフォーマンスを上げるかについて関心があります。2014年に産業保健スタッフが配置され、本格的に産業保健活動を開始したのですが、健康管理に関するアプローチの仕方も、通常の“疾病予防”や“メンタルヘルス予防”という表現では社員の関心が薄かったため、2015年10月から労務・健康管理に関する全社員向けのe-learningの内容を“レジリエンス”、“睡眠力”、“感情コントロール”とし、パフォーマンスに影響する要素として大切であると伝えてきました。」
「私(三上さん)は一般の民間企業での産業保健の経験があるのですが、当社に関わり始めてから、他社との違いをとても感じました。変化が多い環境の中で、当社の社員は、自分の可能性を広げるために積極的にチャレンジし、できることを増やしていくというマインドです。そのため、産業保健のアプローチも、ストレスを回避し傷つかないようにするというのではなく、ストレスは常にあるものであり、たとえ傷ついて凹むことがあっても、早期に復活できるようになればいい、という方向性にしました。」
AsOneStage 「2017年からは、現場の社員が主体的に活動する組織“Well-Being Initiatives”と、健康支援室が連携し、パフォーマンス向上のための食事・運動・睡眠・脳活のコンディショニング方法を社員に広める活動を開始しました。2021年からは、“レジリエンス”の施策を複数展開し、個々のレジリエンスを強化する活動を行っています。当社では、レジリエンスを“①挫折や困難な状況からの回復力”、“②次々と押し寄せる変化の中で、果敢に新しいことに挑戦し続けるための力”、“③予想外のことがあっても、それを乗り越えるための力”と定義しています。変化にしなやかに適応し、予測不可能な事態に対応するためには、自分自身の特徴や行動パターンを知っておく必要があります。コンサルタントは特にこうした力が求められますので、自己理解や自己認識力を高め、コンディションを保つための教育に力をいれています。」
所属部署とプロジェクトの2つのラインが同時に走っている体制の中でラインケアがうまく機能するよう、研修やマニュアルなどを展開し浸透を図っている
次に、会社の特徴を踏まえたラインケア体制などについて、お話を伺った。
「当社の場合、ラインによるケアの視点で考えると、所属部署の上位者とプロジェクトの上位者という2つのラインがあるということになります。2016年には、当社独自の“ラインケアマニュアル”を作りました。所属部署とプロジェクトで、どちらのラインが何をするかがわかるように記載しています。それによって、メンタルヘルス不調の可能性のある部下に気づいた時など、早い段階で、健康支援室や人事部門に連携をしてもらえるようになりました。」
「また、当社では、社員に必ず“カウンセラー”が一人付くという制度があります。当社で呼ぶ“カウンセラー”は“メンター”のイメージで、中長期的な視点で、キャリアをどのように形成していくのか相談に応じたり、それを踏まえてどのようなプロジェクトに参画するかを判断したり、能力評価を行なったりしています。一方、プロジェクトの上位者は、プロジェクト業務を通じた育成や、実績、能力評価を行います。能力評価はどちらの上位者からも受けるという形になります。」
「“カウンセラー”はマネージャー以上の役職者全員が該当します。自分より上のクラスの人が“カウンセラー”になりますので、マネージャーの“カウンセラー”はシニアマネージャー以上の役職者になります。相談者である“カウンセリー”が自律的に問題を解決していけるようカウンセラー(管理職)向けのコーチングの研修があります。また、相談の中で、メンタルヘルス不調に関する心配事が発生した場合は、カウンセラーが一人で抱えるのではなく、早めに健康支援室に連携するように伝えています。」
「前述の全社員が受講必須のe-learningや“Well-Being Initiatives”主催の健康増進イベントを通じてセルフケアを促す取り組みをしていますが、中途入社者の研修においても、レジリエンスをキーワードにして産業医が研修を行っています。特に他業種からコンサルタントに転職した社員は現場で戸惑うことも少なくないので、この研修では、知識のインプットだけでなく、入社後に想定されるケースに遭遇した場合に、自分はどのように立ち向かっていくかという検討課題を用意し、グループワークを実施しています。」
「レジリエンスの力を構成するためには様々な要素がありますが、その中でも、特に自分軸をもつことと柔軟性(しなやかな思考)をもつことの重要性を伝えています(【図1】参照)。“自分は何がしたくてこの会社に入ってきたのか”、“仕事において大切にしたいことは何か”が明確であることは大切です。様々なストレスを受けて混乱することがあっても、自分の軸がしっかりしていれば、自分を見失わず元にもどることができるからです。また、これまでの経験で大切にしていたこだわりやプライドを一旦捨て、他人の意見に耳を傾けることは、コンサルタントの仕事をする上で必要なことです。自分の軸や柔軟性を高めるために“カウンセラー”など、自分を支えてくれる存在と普段からコミュニケーションを図り、自分を客観視する習慣を持ち自己理解を深めることが大事だと考えています。当社では外部相談機関によるカウンセリングの窓口も用意していますが、自分を客観視するために利用している人が多くいます。私達は、悩むこと自体は悪いことだと思っていません。しっかり悩む、しっかり葛藤するという力も大事だと考えています。ただ、自分のコントロール感を無くすほど消耗するのは良くないので、そうなる前に周囲に相談するようにと伝えています。」
【図1】レジリエンスの6つの要素
職場復帰支援プログラムや再発予防プログラムで自己理解や自分に合ったセルフケアへの理解などを促し、職場復帰後も活躍できるよう支援を行っている
最後に、職場復帰支援の具体的な取組みについて、お話を伺った。
「メンタルヘルス不調で休業に入る者は少なくありません。その要因のほとんどは仕事が要因だと思います。仕事が多忙だった人だけではなく、あるべき自分と現状の自分のギャップに苦しむ人、難易度の高い業務についたことで苦しんでいる人もいます。また、プロジェクトごとに人間関係もどんどん変化していきますので、人間関係が原因となっているストレス負荷もあります。」
「休んだ方がいい場合には、『今後のあらゆる可能性やリスクを考え、早めに休んだ方が結果的に早く治るよ』など、ロジカルな伝え方をすることで本人の理解につながっています。」
「休業後、主治医から職場復帰の準備開始の許可が出たら、復帰準備期のフェーズに移行して職場復帰支援プログラムを開始します。職場復帰支援プログラムでは、保健師が面談をして、まずは、睡眠、食事、運動などの生活リズムが整っているか、フィジカル面の安定について確認をします。その上で、図書館へ通うなどしてオフィスワークのトレーニングの案内をします。トレーニングは、集中力、思考力を発揮できる学習内容を自分で決めて行ってもらいますが、その間、心理的な振り返りのワークシートも用意していますので、同時に取り組んでもらっています。具体的には、今回休業に至った原因や、その時の自分の心理状態がどうだったか、自分のストレスコーピングなどを手書きで書いてもらい、内省につなげてもらっています。中には書くことで当時を思い出し調子が悪くなる人も若干名いるのですが、その場合は、無理をしないでもう少し休んでもらうようにしています。復帰準備期は、定期的に保健師との面談を設定し、作成したワークシートを見ながらアドバイスを行い、産業医による職場復帰面談までにアップデートしてもらっています。こうした準備が整ったら産業医による面談を実施して、職場復帰が決まります。」
「職場復帰後は、再発予防プログラムを実施しています。職場復帰後ですので通常勤務をしながら、週に2~3時間開催するプログラムに参加してもらっています。内容は、アサーティブコミュニケーションや認知行動療法、価値観の分析など様々です。1か月間、いろいろなワークやセッションに参加してもらう中で、自己理解を深め、セルフケア能力の向上につなげてもらうようにしています。」
「当社は職場復帰の条件として、フルタイムで一定の生産性を発揮する状態まで回復していることが求められています。時短勤務や試し勤務制度はありません。セルフケアの能力をしっかり高めた上で戻っていただくことが大事だと考えており、そのための準備をサポートしています」
「休業という経験は人生観を変える経験でもあり、ひとつの転機でもあると思います。これから自分はどのような目標をもち仕事をしていくのか、何がしたいのか、何に価値を置いていくのか、自分の軸をしっかりと認識し、自己理解を深め、自分にあったセルフケアを実践しながら元気に働けるよう、今後もサポートしていきたいと考えています。」
「健康支援室が立ち上がった当初は、コンサルタントの特性にレジリエンスを高めることが重要と考えていました。しかし、コロナ禍を経て、社会の急激な変化や働き方の多様性を経験し、レジリエンスの考え方や自己理解を深め、自律的にセルフケアを行うという考え方はどの業種のどんな人にも必要な考え方になってきたと感じています。」
【ポイント】
- ①コンサルタントという仕事内容の特徴を踏まえて、“レジリエンス”をキーワードに取組みを進めてきた。
- ②所属部署とプロジェクトの2つのラインが同時に走っている体制の中でラインケアがうまく機能するよう、研修やマニュアルなどを展開し浸透を図っている。
- ③職場復帰支援プログラムや再発予防プログラムで自己理解や自分に合ったセルフケアへの理解などを促し、職場復帰後も活躍できるよう支援を行っている。
【取材協力】アビームコンサルティング株式会社
(2024年3月掲載)