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株式会社エボルブ
(大阪府大阪市)
あせちさん エボルブは2003年(平成15年)設立。スマートフォンのゲームアプリの開発や、2Dアニメーションの制作などを行っている。
エボルブの社員数は約50名(2022年12月1日現在)。男女比は5:5で、平均年齢は28歳である。
今回は、Operation Design部のあせちさんからお話を伺った。
社員の多くがインドア派で平均年齢が若いといった自社の状況を踏まえて、一次予防の取組みの限界を感じ、個人の努力に頼るのではなく自然にできることを増やすゼロ次予防の取組みを進めている
まず、ゼロ次予防のメンタルヘルス対策を始めた背景についてお話を伺った。
「当社は、エンジニア、プログラマー、デザイナー、ディレクター陣で構成しています。いわゆる“オタク”や“コミュ障”だと自称しているスタッフも多く、コミュニケーションスキルやヘルスリテラシーの低さがもともと課題としてありました。」
「このため、社員の健康確保に向けた一次予防の取組みを2019年からはじめました。職場巡視や体を動かすイベントの開催、“光をあびる”、“笑う”などを重視したセミナーなどいろいろな取組みを行いましたが、なかでも特に役立ったのが“なんでも相談室”の設置です。“なんでも相談室”は、仕事に関することからプライベートなことまで、些細なことでもなんでも話しやすくなるようにした相談窓口です。社員の昼休み時間中に、あえて健康担当者(あせちさん)の自席で行うことで、気軽に利用できるようにしました。そして、必要な時には会議室に移動して話を聞くようにしました。また、いつでも安心して相談してもらうために、守秘義務があることをはじめに宣言しました。 “なんでも相談室”をはじめてからコロナ禍となるまで、メンタルヘルス不調による休職者は、一人も出ていませんでした。」
「しかしながら、コロナ禍となり、コミュニケーションの変容や分断の影響を受けて、メンタルヘルス関連の相談件数が増加しました。“なんでも相談室”における相談応対とメンタルヘルス不調者との面談時間は、2020年度以前は一週間に15分程度だったのが、2021年度は一週間に3時間と、約12倍に増加しました。」
「相談者からの生の声として、『家族全員リモートになって、家の中がピリピリしていてつらい。みんな出勤していることでバランスが取れていたんだなと思いました。』、『自分はコミュ障なので自ら誘えないです。イベントや企画がなくなったら会社の人との交流がなくなる。』、『リモート勤務者が多くなって社内のデスクはガラ空きになっている。話すこと自体がダメなことのように感じるし、隣に人がいなくなって雑談もないし、お昼もポツンとしてて寂しい。』といった内容が多く、コミュニケーションの分断が影響しているということ、また多くの社員から同じような声が上がることから、全社的な課題であると把握できました。」
「それまでも一次予防の取組みは進めてきましたが、相談件数や面談時間の増加の状況を踏まえれば、少なくとも当社の課題としては、一次予防だけでは不十分なのだと考えられました。その理由を分析してみると、当社の社員は、多くがインドアの趣味を持ちますし、平均年齢が28歳と若いので、一次予防で啓発されている内容にあまり実感がなく、言われた時はやるけれど、継続することは難しいのだろうと推測しました。」
「そこで、健康のために意識して努力してもらうという個人の努力に頼るのではなくて、無意識にできることがいいだろうと考え、一次予防の前段階となるゼロ次予防に取り組むことにしました。」
“お出かけランチDay”では、同じメンバーで4~5回継続、メンバーチェンジは半数ずつなどのルールを設け、関係構築のプレッシャーをあまり感じずに交流できる工夫をしている
次に、ゼロ次予防の取組みのうちソフト面のアプローチについて、お話を伺った。
「それぞれのコミュニケーションスキルにかかわらず、コミュニケーション分断による、メンタルヘルス不調が起こらないようにしたいと考え、自然に人が集まって交流が生まれることを理想形として、ソフト面、ハード面の両面からアプローチしました。」
「ソフト面については、コミュニケーションを取ることのハードルが下がって自然と交流が生まれることや、人と関わる中で自然に心が解放されてストレスがたまりにくくなるような取組みを考えました。たとえば、“趣味の部活を作る”、“雑談しやすい席配置にする”、“社内ラジオを開催してゲスト社員の人となりを紹介する”、“お出かけランチDayを設ける“などです。」
「親睦飲み会も2ヶ月に1度くらいは開催していたのですが、意外にもコミュニケーション不足を解消するほどの効果は得られませんでした。実際の声を聞いてみると、『飲み会は、普段関わらない相手とコミュニケーションを取らないといけないのかなと暗黙のプレッシャーを感じて気をつかい疲れます』や、『飲みの場なのでその時は話しますが、仕事中でも同じように話したいかどうか相手の気持ちがわからないので話しかけにくいです』、『飲み会は週末に開催されるので、土日を挟んで月曜日になって仕事モードになると、相手のテンションが振り出しに戻っているんじゃないかと思ってしまい、同じようにできないです』といった話でした。ではゆっくり交流できるような旅行の企画を喜ぶかというと、これはこれで行きたくないって言うんですね。本音を聞くと、『プライベートをあまり知らない人と大部屋でいきなり泊まりはハードルが高すぎる』という意見がほとんどでした。」
「社員の本音をまとめると、要は、ある程度は気心が知れているからこそ仲が深まって楽しめるのであって、これから関係性を構築するためと言われると強制に近い感覚があって楽しめないということなのだと思いました。」
「様々な取組みの中で、はっきりと効果が出たのが“お出かけランチDay”でした。“お出かけランチDay”では、自然と交流が生まれ、人と関わる中で心が解放されてストレスが溜まりにくくなるようにするという、当社に合ったゼロ次予防の取組みになるよう運営ルールを設定しました。ルールは、“メンバーは席が近い人や業務が関わることが多い人同士から始めること”、“話し手タイプ・聞き手タイプなどのバランスを考えたメンバー構成にすること”、また、当時は飲食店で最大4人までなどの制限があったことと、テーブルの関係で4人以上の場合は席が分かれることが多いため、“人数は最大4人以内”としました。基本的には“毎週開催”とし、“同じメンバーで4、5回継続”することとしました。」
「なかでも特に注意したことが3つあります。1つ目は、初回は仕事で同じチームの人や席が近い人同士でメンバー構成することとし、普段関わらない人と一緒にするなど無理をさせないようにしました。2つ目は、同じメンバーで数回必ず継続することです。親睦飲み会に対する意見を聞いていましたので、毎週メンバーが変わると毎回気を使って疲れてしまい、徐々に参加したくなくなっていくだろうと考えたからです。そして3つ目は、メンバーを交代するときに4人総入れ替えをしないことです。よく話せた2人ずつで入れ替えていくというのがポイントで、ある程度関係性ができている人が必ずいることで、緊張感や気まずさを最小限にできます。このように、参加者の気持ちを大切にして、細かいところに気を配って工夫しながら回を重ねました。(【図1】参照)」
【図1】メンバーチェンジのポイント
【写真1】リモート“お出かけランチDay”の様子
「“お出かけランチDay”は、感染状況も踏まえて、対面とリモート両方開催しました(【写真1】参照)。効果は初回から明らかで、午後の業務が始まってからも会話が活発で、ランチで話したテンションのままよく話していて、意見交換がスムーズでとにかく活気がありました。日常の変化では、例えば、以前は会議室に移動する時は1人1人バラバラに移動していたのが、なんとなく一緒に行きながら話をするようになりました。ご意見箱には、“お出かけランチDay”の時は30分お昼時間を延長してほしいという声が届いたこともあります。社員の声や、その背景にある本音を大切にして細かいところに気を配ったことで、ゼロ次予防として掲げている、自然に交流が生まれることに繋がっていったのかなと考えています。」
コミュニケーションがとりやすい環境を作るために、緑が多くコミュニティスペースのあるオフィスへの移転を行うなど、環境面からのアプローチも行っている
最後に、ゼロ次予防の取組みのうちハード面のアプローチと今後の展望について、お話を伺った。
「ハード面の課題としては、もともとオフィスに窓が少なくて、全社的にオフィスが暗いこと、会社の周辺も含めて緑や公園などの癒しになるものが少ないこと、コミュニティスペースが少ないこと、執務エリアと休憩エリアが近くて雑談がしにくいことなどがありました。理想は自然に人が集まり交流が生まれることでしたが、コミュニケーションを取ろうにも、それが叶う場所がなかったらどうにもなりません。そこで、意識せずとも人と関わることのできる環境を整えるために、動線や設備を整理して、テーブルの増設のような簡単にできることはすぐに実施しました。」
「また当時は、リモート勤務解消や翌年の入社など、社員増加に向けてオフィスの増床を考えていたタイミングでした。課題を一つでも多くクリアできる好機と捉えて、2022年3月に思い切って事務所を移転しました。予算はかかりましたが、窓が大きく明るくて、緑などの癒しがそばにあったり、コミュニティスペースやドリンクバーもあったりして、人と自然に接触するようなツールが多く整っているオフィスになりました。」
「“お出かけランチDay”は新型コロナウイルス感染症の第6波の影響で中断せざるを得なくなってしまったのですが、ちょうどオフィス移転とタイミングが重なりました。新オフィスの環境の良さのおかげか、毎月行っているアンケート調査において、この時期のワークエンゲージメントスコアは特に回復しました。オフィスの移転が良い影響をもたらしたということを客観的に知ることができました。」
「こうした取組みの効果もあり、一週間に3時間まで跳ね上がっていた面談時間は、最近は30分程度に落ちついてきています。」
「当社の場合、そもそも積極的に人とコミュニケーション取るタイプではなく、さらに今はどこも体調が悪くないという多くの社員に対しては、心と体は繋がっているのだから、運動したり笑ったり話したりすることが大切だと会社に言われても、自ら行動に移し継続化させることは難しかっただろうなと思います。難しいからこそ、個人個人に頑張らせるのではなく、従業員の本音や心の状態を鑑みて、無意識のうちに健康に導く仕掛けをし、環境を整えていくゼロ次予防は大切だと実感しています。ゼロ次予防は、個人の努力だけではなし得ないからこそ、会社として取り組む意義があると考えています。」
「“なんでも相談室”を設けたことで、社員がどのような課題を抱えていて、どんな気持ちでいるのかということが見えるようになり、対策しやすくなりました。これからも、すべての社員がいきいきと働き続けられるために、丁寧に社員と向き合い、会社として皆が心身ともに健康でいられる仕組み作りを展開していきたいと思います。」
【ポイント】
- ①社員の多くがインドア派で平均年齢が若いといった自社の状況を踏まえて、一次予防の取組みの限界を感じ、個人の努力に頼るのではなく自然にできることを増やすゼロ次予防の取組みを進めている。
- ②“お出かけランチDay”では、同じメンバーで4~5回継続、メンバーチェンジは半数ずつなどのルールを設け、関係構築のプレッシャーをあまり感じずに交流できる工夫をしている。
- ③コミュニケーションがとりやすい環境を作るために、緑が多くコミュニティスペースのあるオフィスへの移転を行うなど、環境面からのアプローチも行っている。
【取材協力】株式会社エボルブ
(2023年2月掲載)
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