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村本建設株式会社
(大阪府大阪市)
向田さん、南條さん、竹下さん 村本建設株式会社は、1908年に創業。道路、ダムなどの土木事業とオフィスビル、マンションなどの建築事業を中心とした総合建設業である。
従業員数は約735名。技術系は約460名、事務系は約275名である。(2020年4月1日現在)
今回は、常務執行役員安全環境統括部長の南條秀和さん、パートナーシップ推進室長の竹下直史さん、向田元子さんの3人にお話を伺った。
建設現場においては、作業員の精神疾患予防だけでなく、うっかり災害、ぼんやり災害等のヒューマンエラーを防止する観点から協力会社と一丸となりメンタルヘルス対策を行う
総合建設業として協力会社と一緒に行う職場のメンタルヘルス対策活動および職場環境改善の取り組みに関してお話を伺った。
(所長・主任会議) 「当社はゼネコン(総合建設業)ですので、元請けとして建設現場全体をまとめながらも、社員の中には実際の現場作業を行う職人はほとんどいません。下請けとして専門工事会社の大工や鉄筋工などの作業員に協力いただいています。仕事をする上では欠かせない重要な協力会社で、全国で700社ほどあります。ただ、このような協力会社は、中小零細規模がほとんどで、中には従業員3~5名程の所もあり、メンタルヘルス対策が十分とは言えません。」
「現場で働く個々の作業員は、所属する協力会社の事業者が安全管理義務を負います。しかしながら、建設現場では一つの場所で多くの会社の作業員が混在しているという特色があります。そのため、元請けとなる事業者では、“統括安全衛生責任者”を選任し、特定元方事業者の講ずべき措置を実施する必要があります。この特定元方事業者の統括管理体制の中で、役割の一つとして全体のメンタルヘルス対策も行うことにしました。」
「当社の“安全衛生の基本方針”では、5本柱の一つに“5.働き方改革の実現及び健康職場の推進”を定めて、“職場における総合的なメンタルヘルス対策の取組を推進する”と示しています。また、毎年制定する“災害防止計画”でも、『統括安全衛生責任者は、作業員のメンタル疾患はもとより、うっかり災害、ぼんやり災害等のヒューマンエラーを防止する観点から、健康KYの充実を図り無記名ストレスチェックを用いた職場環境改善に注力すること』や、『(2018年12月に社内通達した)“心の健康づくり計画”に基づき心の健康づくり及び活気のある職場づくりに取り組む』ことを盛り込み、職場のメンタルヘルス対策を周知徹底しています。」
「具体的には、建設現場所においては“建災防方式健康KY(危険予知)”や法定のストレスチェック制度とは別個に、“無記名ストレスチェック”を行い、作業環境の改善を進めるというものです。これらを実施することで、メンタルヘルス不調をはじめとする精神疾患の予防だけでなく、うっかりミスやぼんやりミスによる労働災害の防止に役立つという合理的な考えから始めました。同時に、協力会社に対しても、“メンタルヘルス推進担当者”養成講座を開催しました。現場ではゼネコンである当社が統括安全衛生管理の中でメンタルヘルス対策を実施しますが、協力会社にとっても、自社に戻ったときに、事業者としてのメンタルヘルス対策の責任も同時に果たしていくために、一体となって一緒にやっていくというのが、今回の取り組みの趣旨であります。」
(協力業者協同組合の新春講演会) 「本格的にメンタルヘルス対策を取り組むにあたっては、建設業労働災害防止協会(建災防)のセミナーへ参加したり、建災防の建設業メンタルヘルス対策室のアドバイザーによる説明会を本社で実施したりしました。本社での説明会では、安全環境に関する管理者のみならず人事部長、総務部、工事担当部署、パートナーシップ推進室など関係者を一同に集めて行ったことで、メンタルヘルス対策は全社的な取り組みとして必要だと、皆の認識が共有され、正式にメンタルへルス対策の実施が決定しました。」
「その後、 “当社の役員・社員向け”、“協力会社の事業者向け”、“協力会社の職長向け”などそれぞれの各立場に向けて個別にメンタルヘルス対策の資料を作成し、様々な機会を使って説明しました。当社の社員向けにはかなり詳細な内容でしたが、協力会社には簡素に分かりやすく伝えることを念頭にまとめました。約2カ月かけて全国安全衛生担当者会議や、協力業者協同組合の新春講演会・交流会等にて、社内外にメンタルヘルス対策に取り組むことを宣言しました。」
「実際に取り組んだことは、当社で使用してきた従来の“危険予知活動実施報告書”を改定し、健康KYの記述を追加しました。作業前に実施する危険予知活動において、職長から各作業員に対し、“①よく眠れたか?”、“②おいしく(ご飯を)食べたか?”、“③体調はよいか?”という3つの問いかけを通じて、作業員の姿勢や表情等の観察を行い、体調に心配なことがある場合、作業所長等へ報告する仕組みにしました。朝礼や昼礼、各種点検時などの安全のサイクルの中で実施することを基本としました。」
「建設現場でのメンタルヘルス対策実施事例としては、まず所長が現場でメンタルヘルス対策に積極的に取り組む旨を宣言します。次に、安全環境部員等が一連の説明をします。“健康KY”を通じて、いつもと違う作業員の様子に気づくための問いかけ時のポイントや心構えなど、作業員に寄り添うことの大切さを解説します。その上で、“無記名ストレスチェック”の説明や注意事項を説明し、用紙に記入してもらいます。その後、現場のグループごとにまとめて回収し、本社に持ち帰り、建災防のプログラムにデータ入力し、集団分析の処理をします。そして、データの整理を行い、職場環境改善シートを作成して具体的なリスク低減措置を実行する流れになります。」
「“無記名ストレスチェック”は、“職業性ストレス簡易調査票”の簡易版23項目の質問を、氏名は無記名で記入してもらいます。そのため、誰が何を書いているのか不明です。気兼ねなく正直に実態を回答してもらうことを重視し、無記名になっています。記入用紙は、工事現場で立って記入するため、A5サイズの厚紙に両面印刷したものを使っています。」
(職場環境改善の為の具体的な方策を相談) 「1回目のチェックを実施後、建災防のプログラムにより集団分析結果から“職場環境改善シート”が自動で作成されます。職業性ストレスや職場環境に関して評価し最終的に表にまとめ、量的負担の調整や仕事量のコントロールができているか、上司や同僚の支援はあるかなどが数値として示されます。“職場環境改善シート”の結果は、1週間程度で、所長に返すように心がけています。 “個人の健康や職場内の問題について相談できる窓口を紹介する”、“休日・休暇が十分とれるよう配慮する”、“個人の生活条件に合わせて勤務を柔軟に調整できるようにする”などが具体的リスクとして特定されました。その後、職長を集めて会議を開催し、具体的にどうするかを皆でワイワイガヤガヤ話し合い、現場の作業環境の改善策や対応策を挙げていき、リスク軽減につなげていきます。」
(働く人のための健康づくりセミナー) 「その改善結果を見るために、一定期間後、2回目のチェックを実施しました。今回、4つの現場で実施したのですが、改善活動を行った結果、一定の効果が現れました。2回目に仕事の量的負担が増えた現場でも、上司の支援がさらに増えたことで、乗り越えられた状況などが見て取れ、全体的には数値が改善しました。今回実施してみて思ったことは、数値的なことよりも、こうした職場環境改善活動に取り組んでいることに作業員が関心を持ったこと自体が大事だということです。作業員は、皆協力的でした。導入するにあたって、所長を中心にそれぞれがやるべきことをやり、すべての関係者を巻き込んで改善策に取り組み、継続的に実施していくことが大切だと考えています。」
(村本マイスター会) 「協力会社に対するその他の支援としては、働く人のために、健康づくりセミナーを定期的に実施しています。少人数で会社をやりくりしていることが多いため、一人でも休んでしまうと経営に影響が出るということがあります。また、メンタルへルス関連の教育の機会が少ないし、実施する余裕がないといった現状もあります。そこで、協力会社の事務員を対象に大阪と東京で実施したところ、それぞれ60名近くの参加がありました。内容は、メンタルヘルスの基礎知識や、二人組になっての傾聴訓練、ストレスマネジメントとしての自立訓練法などを学びました。参加者からは多くの感想を頂き、特に傾聴については、日頃からの心構えとして、職場だけではなく家庭でも大切にしていきたいといった声もありました。参加者には当社から“受講終了証”を発行しました。各会社のメンタルヘルス推進担当者として、職場のメンタルヘルス対策に取り組んでいただくことを期待しています。こうした取り組みが評価され、2019年には大阪府から“第4回大阪府健康づくりアワード”の表彰を受けました。」
「また、当社では5年ほど前から独自に“村本マイスター制度”を設けています。優れた技能と知識を持つ職長(管理監督者)をマイスターとして認定し、広くその功績をたたえると共に、本人のさらなる意識向上のもと、ますますの活躍を促進する制度です。技術技能のみならず、安全・衛生の向上や後進の育成指導に努めているなど、他の現場従事者の模範となっているなどの基準を満たしている方が、工事所長などに推薦され、認定委員会(審査会)を経て、年に一度、決定・認定されます。認定されると認定証と共に、認定者を表すマークの付いたヘルメットなど装備品一式が贈呈されます。現在、全国で70名ほど認定されています。」
「年に1回“村本マイスター会”を開催しており、昨年はマイスター会でもメンタルヘルス対策について講習会を実施しました。職長から作業員に対する健康KYなどを通じて、作業員にとって職長から大事にされているという感覚を持ってもらうことがとても大事だと伝えています。」
「当社および協力会社の社員が、健康でかつ安全に作業ができることを日々模索しています。“建災防方式健康KY(危険予知)”や“無記名ストレスチェック”を行っただけで、事故が無くなるというわけではありません。継続的に実施していった上で、3年後ぐらいには目に見えるような効果が出るよう、地道に取り組むと共に、実施する私たちもいろいろと学んでいかなければならないと考えています。今後も当社は元請けとしてメンタルヘルスと職場環境改善対策に取り組みながら、協力会社の各事業者も事業者責任として行うメンタルヘルス対策に取り組んでいただき、一体となって実施していきます。」
【ポイント】
- ①建設現場においては、作業員の精神疾患予防だけではなく、うっかり災害、ぼんやり災害等のヒューマンエラーを防止する観点から、協力会社も含めた包括的なメンタルヘルス対策を行う。
- ②従来現場で日々使用している「危険予知活動報告書」などの書式に、メンタルヘルス関連の確認項目を追加することで、日常的なメンタルヘルス対策活動につながる。
- ③職場環境を良くするための改善活動に取り組んでいること自体に、作業員が関心を持ち、すべての関係者を巻き込んで、皆が協力的に行う気運が大切である。
【取材協力】村本建設株式会社
(2020年6月掲載)