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株式会社松下産業
(東京都文京区)
株式会社松下産業は、総合建設業を営む会社として1959年に創業。オフィスビルやマンションの新築工事から大規模リニューアル工事、土木工事など、幅広い事業を展開している。
社員数は234名(2019年6月現在)。
今回は、代表取締役社長の松下和正さん、ヒューマンリソースセンター長の齋藤朋子さんからお話を伺った。
「ヒューマンリソースセンター」を設置し、健康、キャリア、ライフデザインなど社員のあらゆる相談にワンストップで対応する
最初に、職場のメンタルヘルス対策の取り組み全体について、お話を伺った。
松下さん
「当社は建設会社であり、時間外労働が多いとともに、施主、設計事務所、専門工事業者、近隣など様々な立場の人たちとの関わりが多く、対人関係の問題も起きやすいため、メンタルヘルス不調になる社員も過去に何人かいました。本来は、上長に直接相談して解決できればよいのですが、話題はどうしても仕事のことが中心になりがちで、上長へのプライベートに関する相談は“甘え”と捉えられるのではないかと考えてしまい、現実的にはメンタルヘルス対策がうまくいかないことも多くありました。」
「社員から持ち込まれる相談は多様で、健康、キャリア、ライフデザインなど相談者の年齢や家族構成、出身地などでも変わっていきます。そこで、すべての相談をワンストップで受けることができ、かつ守秘義務をもちながら、社員個人や組織に“働きかけることができる”部署を独立して作ろうと考え、2013年にヒューマンリソースセンター(以下「HRC」)を設置しました。HRCの設置後は、メンタルヘルスの問題が新たに発生することは、ほぼなくなりました。」
(HRCの対応イメージ図)
松下さん
「HRCの設立当初は、役員や各部門の統括部長をメンバーに入れて、週1回、現状の共有と対応策や改善策を話し合いました。2年後、管理部門の課長をセンター長とし、副センター長には技術部門の教育担当である統括部長、という2名体制へ変更しました。HRCは、取締役会の直下に位置付け、直接意見具申や報告ができ、実質的な権限を持たせるようにしています。」
齋藤さん
「入社3年目までの社員に対しては、ストレスチェックとは別に、“こころチェック”というWebテストを定期的に受けてもらっています。1年目、2年目は2か月に1回、3年目は3か月に1回、質問に回答してもらって、仕事の負担感やモチベーションの状況を把握しています。結果はHRCしか見ることができないようになっており、気になる社員には面談を実施するなどフォローしています。過去の事例から、入社後1年半くらいを乗り越えることができれば、仕事や自分に自信を持ち、職場定着する傾向があります。“こころチェック”を導入したことによる効果はかなりあると感じています。」
松下さん
「メンタルヘルス不調やそのほかの病気で働けなくなる可能性もゼロではありません。その時の収入をどうするかということも、あらかじめ本人と会社がきちんと考えていることが大切だと考えています。当社は、既往症の有無に関わらず、全社員GLTD(団体長期障害所得補償保険)に加入しています。当社のプランでは、働けなくなった時は65歳まで(精神障害は2年間)標準報酬月額の約40%を補償します。就業不能であっても生活に困窮しない程度の収入を得ることができます。」
「メンタルヘルスの問題は、一つの対策をすれば終わる、というものではありません。どれか一つだけやってもうまくいかないこともある。だからこそ、様々な発想をして、思いつく取り組みをとにかくすべてやってみることにしています。そうした合わせ技によって、社員の安心感が醸成され、メンタルヘルス不調の予防につながっていくのではないかと考えています。」
自分のライン以外の役職者との個人面談を年2回全社員に実施し、改善できることは速やかに実施することによって、安心して相談できる風土をつくっている
次に、相談しやすい環境づくりについて、お話を伺った。
松下さん
「社員は、親の介護、老後のこと、子どもの不登校など、様々な生活上の問題を抱えている場合があります。メンタルヘルス不調と一言で言っても、その裏には、いろいろな背景があって、他人には分からない深いものがあるのではないかと考えています。そういったことに対する“見える”安心感がないと何も始まりません。「話ができる職場づくりが大切」とよく言われますが、相談の仕組みを作ったからといって、会社全体で相談できる風土と背景にある問題の解決策がないと効果はないと考えています。」
「当社は、昔から『多様な価値観の尊重』、『相談しやすさ』、『社員満足度の向上』を大切にしています。その一環として、賞与のタイミングで社長が自ら面談を行っていました。現在は、社員も増えたため、一定以上の役職者複数で面談を行っています。全社員から提出されるアンケートに基づき、不安なことなども合わせてなんでも相談するように伝えてあり、個人の悩みのほか、経営に関する意見、改善提案などが挙げられることもあります。“できること”、“できないこと”はありますが、“できること”に関しては速やかに制度やルールを変えていくことを意識しています。」
齋藤さん
「社長は社員の問題やニーズを細やかに把握しています。HRCへの指示も的確です。こうした支援実績の積み重ねが、日頃からHRCへ相談してみようという風土につながっていると感じています。」
松下さん
「また、“ファミリーデー”を定期的に開催し、家族に仕事現場を見てもらうようにしています。子どもたちには、お父さん、お母さんの仕事への理解、また、社員同士の相互理解にも役立っています。」
齋藤さん
「ファミリーデーには必ずHRCのメンバーも参加して、家族に対してがん検診などの案内をしたり、家族の中で何か問題があれば、会社が専門家と連携して解決にあたる体制であることなどを伝えています。家族が病気になれば、社員の仕事や健康にも影響してきますので、家族も含めて気軽に相談できる会社にするための働きかけを意識して行っています。」
ヒューマンリソースセンター(HRC)が中心となって、産業医、産業保健師の専門性を活用し、社員に必要な専門的支援を的確に提供する
最後に、産業保健体制と、産業医等との連携について、お話を伺った。
(当社のモットー) 松下さん
「当社では、産業医と産業保健師を選任して、健康診断結果のフォローアップや長時間労働の社員に対する面談を行っています。産業医には定期的に建設現場を巡回してもらい、高所作業場所の確認、施工管理の仕事内容を把握してもらっています。職場復帰の際の判断に、産業医の職場理解、仕事理解が大いに役立っています。また、がんにり患した時は、本人が主治医の説明を十分理解できないこともよくありますので、主治医との間に入ってもらったりすることもあります。」
「当社のモットーは近江商人の商精神『売り手よし、買い手よし、世間よし』の“三方よし”に協力会社を加えて、”四方よし“としています。四方よしの基本は”顧客満足“。それをつくり出す源泉は”社員“です。社員の健康への安心は会社経営に必要不可欠なことと捉えています。」
【ポイント】
- ①ヒューマンリソースセンター(HRC)を設置し、あらゆる相談にワンストップで対応する。また、産業医、産業保健師を選任し連携して対応する。
- ②メンタルヘルスの問題を限定的に捉えるのではなく、健康、キャリア、ライフデザインなど、その人の状況に応じた幅広い支援を行う。
- ③ライン以外の役職者との個人面談やファミリーデーなどの機会を活用して、社内で相談しやすい雰囲気を会社全体で醸成する。
【取材協力】株式会社松下産業
(2020年4月掲載)