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粕屋北部消防本部
(福岡県古賀市)
粕屋北部消防本部は、1979年に福岡県古賀市と糟屋郡新宮町を管轄する、地域に密着した自治体消防として発足した。管内人口は約9.2万人と小規模消防本部である。
本部と消防署、新宮分署と合わせて、全体で92名。隊員は3部制であり、1回の労働時間は、午前8時30分から翌朝の8時30分までの24時間である。
今回は、総務課長補佐の水上和弥さん、総務課庶務人事係の三日市陽介さん、保健師の白石明子さんの3人からお話を伺った。
総務部門が事前に話を聞き、状況確認と組織的な対応策をある程度検討した上で、産業医・保健師への相談につなげる
最初に、消防署特有のストレスへの対策、および産業保健活動やメンタルヘルス対策の体制のこれまでの経緯と状況について、三人からお話を伺った。
水上さん、三日市さん
「消防は災害現場に出動しますので、普段の生活では見ないような状況を目の当たりにすることがあります。亡くなられた方や苦しんでいる方、傷の状態によっては目を覆いたくなるような場面もありますが、消防の制服を着ている以上、平然を装って活動しなければなりません。苦手な気持ちを抑え、我慢しなければならない状況もあるため、それらが後にストレス障害として現れないよう、常日頃から対策を考えています。消防隊・救急隊にはそれぞれ隊長がおり、チームをまとめています。隊長は災害現場での活動が終わるごとにチーム内で活動を振り返ります。その中で、少しでも隊員の様子が気になるときは、隊長から私たち総務課に報告してもらうようにしています。」
「平成28年に“こころの健康づくり計画”を改訂し、ストレスチェック制度の実施計画を盛り込むと共に、事故、災害の対応の後、お互いに会話をとおしてストレスを解消又は発散することも示しました。」
白石さん
「一般的な事業所と異なり、惨事ストレスに対する意識はとても高いです。“こころの健康づくり計画”の策定においても、ある程度、私たちからアドバイスはしましたが、基本的には、ご自身で勉強されて、主体的に進めておられる点においては、本当に頑張っている事業所です。」
水上さん、三日市さん
「白石さんの所属する労働衛生機関とは、20年以上前から契約しています。」
白石さん
「私は労働衛生機関に所属していますが、産業医契約と併せて、保健師契約を行っていただいています。保健師は産業医と協働し産業保健活動を行っています。業務内容は、健康診断実施後のフォローや、衛生委員会への参画、職場巡視、相談対応も行っています。総合的に関わっています。」
「相談対応に関しては、まず日頃から上司の方が、職員に対して細かく目を配っておられます。その中で、気になる職員がいれば、総務課につなぎじっくり話を聞くことになります。しっかりと状況確認をしていただいた上で、私に相談対応の依頼がきています。事前に総務課で検討されているので、私に話が来るときには、職員個人の対応だけではなく、組織としての対応策もある程度検討された状態での相談になります。ラインによるケアが機能していると共に、相談体制もできていると思います。」
水上さん、三日市さん
「私(三日市さん)は、本部での総務業務と消防署の現場業務を兼務しています。ここは、職員数が少ないのでなんでもやります。現場業務も日によって、消防隊にも救急隊にもなる職員もいます。大規模な消防署では、専門性の高い専属の隊があり、その分野の災害に強くなることができるでしょう。ここは小規模なので、専門性は高まりにくいのですが、いろいろな仕事ができる点では、ゼネラリストだと思っています。」
「内部の相談窓口は私たち2人を含め、総務課庶務人事係の3名が対応しています。私は、兼務ですので、現場業務で一緒に活動している職員は23名います。夜も泊りでずっと一緒ですので、そこで話す機会も多く、さまざまな様子が分かります。『〇〇さんが、最近ちょっと・・・』といった情報も入りやすく、兼務の良い面が出ているのではと思います。総務業務だけでは、現場の状況がなかなか見えてこないので。その後、〇〇さんに『最近、どう?』と聞くと、『実はですね…』と、相談が始まります。また、新宮分署には、なかなか行けないので、新宮町方面に出かけたときには、できるだけ立ち寄り、分署長と話をする機会を設けています。」
白石さん
「24時間、チームメンバーとずっと一緒にいるという点では、メンタルヘルスがとても大事な職場です。生活も一緒に関わりますし、現場で過酷な状況に置かれる場合もあります。もともと消防職を志す方々ですから、健康には自信を持っている人が多いです。ただ、そうは言ってもいろいろと大変な部分が大きいです。」
相談対応に関しては、内部の総務課が事前に話を聞き、状況確認と組織的な対応策をある程度検討した上で、産業医・保健師への相談につなげる体制ができている。その体制の基礎には、日頃から総務課が現場の職員と話をする機会がつくられていることがあげられる。
職場環境改善のための実際の活動を通じて、職員どうしが話をする機会をつくることで、職場のコミュニケーションが活性化される
次に、ストレスチェック制度の取組みについてお話を伺った。
水上さん、三日市さん
「ストレスに対しては義務化前から独自の“ストレス調査”を実施してきていました。東日本大震災など大きな災害支援の後にも実施しました。ストレス状態をチェックし、保健師が結果を確認した上で、心配な方には、産業医や保健師が面談しています。」
「“ストレス調査”の結果、心配な方には、直接保健師から声がけして面談し、状況確認するフォロー体制をとっていました。その面談結果は総務課にフィードバックされ、状況を把握した上で、職場の方で必要な就業上の配慮を行う体制はありました。また、総務課から保健師に対して継続的な面談をお願いすることもありました。」
白石さん
「私たちは訪問頻度が限られているので、日々の様子の変化などは分からないことがあります。総務課で、日頃から細かく見て、声がけをされることで、面談にも案内して頂き、頼りになります。」
「義務化後は法令に沿った形で、実施していきました。具体的には、個人情報保護を厳密にしたり、本人への個人結果を分かりやすくしたりしました。ただ、以前と比べると大きな変化があるという訳ではなく、報告項目や回数が増えたくらいです。」
「私たち労働衛生機関のストレスチェックサービスは、全国労働衛生団体連合会のストレスチェックサービスを導入しています。さらに、私たちから衛生委員会で審議すべき事項や規程、報告書などの書式やひな形、社員に周知するためのポスターなどのツールをセットにした状態で提供しています。また、ストレスチェック実施前後には必ず訪問し、担当者に説明しています。こちらではさらに、全職員を対象に、ストレスチェックの目的に関する説明会や集団分析結果と活用法の説明会なども行っています。事業者側でストレスチェックを実施しやすい仕組みをつくるため、できるだけ担当者の負担感を無くすべく外部機関として可能な支援は行うようにしました。」
「法令に沿って、“医師による面接指導”を申し出る職員も何人かいました。長年同じ産業医ですので、衛生委員会、職場巡視の際や、過去の面談などで、顔や様子も知られていることもあり、警戒感なく安心して申し出ができたのだと思います。」
「申し出のない職員に対しては、産業医と保健師による日頃の産業保健面談の中でフォローしています。日頃の面談では、健康診断の結果とストレスチェックの結果を合わせて、面談対象者を選んでいます。よって、健康診断の結果を主体として声がけした対象者に対しても、ストレスチェックの結果についてもお話ししています。心と身体の両面から関わることを基本にフォローしています。ストレスチェックの結果だけの声がけだと高ストレスであることを周囲に気づかれるのではないかといった抵抗感があるかと思い、そのようにしています。これまで職員の約半数に声がけし面談してきましたので、皆さん保健師から声がけされることに対して特別なことという感覚はないと思います。」
「私たち労働衛生機関のストレスチェックサービスにおけるストレスチェックの実施代表者は、私たち労働衛生機関の常勤医師が担い、共同実施者として、産業医と保健師が担当するという仕組みにしています。大企業と違って中小企業の場合は、組織が小さいため、個人情報を保護した体制作りなどが難しいと思います。先程の規程や報告書などのひな形ツールなどの提供に関しても、実施代表者を統一し、実務は担当の保健師が中心となって行うように示すことで、標準的な実施体制を作ることができます。」
「また、質問票は紙方式で提供し、完全に封入した形で回収して、事業場側には個人結果や高ストレス者名などをお知らせしない形をとっています。事業場側に実施事務従事者を選任すれば、高ストレス者などの個人結果を把握することは可能です。ただ、こちらのように数十人の事業場内に、個人結果を知ることができる立場の方がいるとなると、正直に答えづらい環境を招いてしまうのではないかという不安を感じていました。そこで、産業医や保健師しか情報を知らない体制にしました。この体制を踏まえて、産業医契約における日頃の面談の中で、全体的にフォローしています。総務課には高ストレス者の人数は報告していますが、個人名は伝えていません。」
水上さん、三日市さん
「よって、実際のストレスチェック実施の事務作業などの関わりは、あまりありません。うまく運用していくために、事業場としての体制をつくり、衛生委員会で話し合い、集団分析結果などを活用して、風通しのよい職場づくりを目指すことが大事だと考えています。受検率は100%です。」
最後に、職場環境活動についてお話を伺った。
水上さん、三日市さん
「ある職場では、DIY(自分たちでの製作・修繕)を通じた活動が、職場環境そのものの改善につながりました。その職場の職員たちからいろいろと話を聞いたところ、『浴室・洗面所のロッカーにサビが生じていて、とてもひどい状況なので、なんとかしてほしい』といった意見がありました。ロッカーを一式買い替えれば済む話ではありますが、行政の財政が厳しい中、予算が取れそうな状況ではありませんでした。浴室・洗面所は、職員にとって生活の場でもありますので、そこが荒れていると心も荒れますよね(【図1】参照)。」
「そこで、衛生委員会でこの状態を議題に挙げてもらい、協議した結果、予算が厳しいので、費用をかけない範囲で改善することになりました。すぐに職員はホームセンターで材料を買い、DIYにチャレンジすることにしました。サビをサンドペーパーで落とし、塗料を全面にきれいに二度塗りすると、新品以上に立派になりました(【図2】参照)。また、常に湿度が高い環境でしたので、ロッカー内に人工芝を敷くことで、湿気対策を行いました。すごく頑張っていました。この結果も、後日、衛生委員会で報告しました。」
「その他、廊下に置いてある靴箱に対しても、においなどが不快だという意見がありました。食堂前にあったため、衛生的な問題もありました。そこで、古い靴箱を撤去して、これもDIYで新しく組み立てました。」
「職員皆が汗をかいて、お金をかけずに職場環境を整えるということを、積極的に行っています。この職場は、集団分析結果でも高ストレス状態だったのですが、私たちが話を聞き、課題を衛生委員会で取り上げ、少ない費用の中でDIY作業を通じた改善を行ったことで、翌年の集団分析結果では、ストレス状態が大幅に改善されていました。改善後の職員たちから聞いた話では、『作業をしながらいろいろな話をすることで、職員間のコミュニケーションが取れた』と、思わぬ効果がありました。『今までは、普通に事務所にいただけでは話をしなかった職員とも作業中にいろいろと話が出てきて、良かった』といった意見もありました。少ないチームメンバーでは、人間関係がうまくいかないとどんどん悪くなってしまいます。早い段階で対応するためにも、お互いに話をする機会をつくることが大事だと実感しました。」
「このように衛生委員会で取り上げたものは、概ね改善が確認されています。産業医や保健師からの後押しもあり、職員によるDIYだけではなく、最近では浴室や仮眠室の改装に予算がつくなど、本当に必要だと思われるものに対しては上層部も柔軟に対応してくれます。」
白石さん
「職場巡視の際や衛生委員会を通じて、気になることは指摘していますが、それらに対して、職員の皆さんはなんでも徹底的に対策しようとしています。できないことの不満を言うだけではなく、できるようにすべく裏付けとなるデータを取られたりするので、こちらとしても意見を言いやすいです。本当に素晴らしいです。」
水上さん、三日市さん
「庁舎自体が古いため、職場環境改善のためにできることとなると、限られてきます。だからといって、職員にはストレスを感じながら働いてもらうというのではなく、少しでも心地よい環境を、私たち皆で作るという思いが大事です。そのために私たち総務課が、日頃からいろいろな職員の声を聞いて、それらをできるだけ改善するように心がけています。」
産業医・保健師は、衛生委員会への出席、職場巡視などを通じて、職員に存在を知ってもらうことで、職員は、ストレスチェック後の医師による面接指導のみならず、日頃の相談対応においても抵抗感なく受けることができる。また、職員からじっくり話を聞いたり、職場巡視を行ったり、衛生委員会で議題として取り上げ検討したりする事前の準備を行うことで、職員ひとりひとりが職場環境の改善活動に参加する形につながる。
【ポイント】
- ①産業医・保健師は、衛生委員会への出席、職場巡視などを通じて、職員に存在を知ってもらうことで、職員は、ストレスチェック後の医師による面接指導のみならず、日頃の相談対応においても抵抗感なく受けることができる。
- ②職場環境の改善に向けて、職員からじっくり話を聞いたり、職場巡視を行ったり、衛生委員会で議題として取り上げ検討したりする事前の準備を行うことで、職員ひとりひとりが職場環境の改善活動に参加する形につながる。
- ③職場環境改善のための実際の活動を通じて、職員どうしが話をする機会をつくることで、職場のコミュニケーションが活性化される。
【取材協力】粕屋北部消防本部
(2018年10月掲載)