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情報通信企業A社(東京都)

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情報通信企業A社
(東京都)

 東京都にあるA社は従業員数約200名の情報通信(IT)企業である。今回は、人事総務部門のBさんに話を伺った。

“良い職場の文化”を醸成できるような仕掛けづくりとして“一次予防”に重きを置く

最初に、職場のメンタルヘルス対策における一次予防についてお話を伺った。

「以前から、当社では “一次予防”に力を注いでいます。メンタルヘルス研修に関しては、勉強会という形で実施しています。当社は法令順守に厳しく、労働者派遣法など法令が変わるたびに、全従業員対象に勉強会をそのつど開催しています。その中で、メンタルヘルス研修は、メンタルヘルス不調などの病気についてセルフケアの説明と共に、ハラスメント対策も合わせて実施しています。勉強会としては、その方が参加者も興味関心を持ってもらえるようです。研修講師は、当社が契約している外部EAP機関に依頼しますが、参加人数が少ない場合は、産業カウンセラー資格を持つ私が研修をすることもあります。」

「職場におけるメンタルヘルス対策のポイントは、大きく分けると“業務の適正化”と“良好な人間関係”の2つだろうと私は思っています。“業務の適正化”については、管理監督者が現場でしっかり部下を見ていれば、ある程度状況把握が可能な為、管理監督者に、適材適所となるよう調整をお願いしています。」

「一方、“人間関係”については、周囲からではわからないことも多いので、セルフケアを含んだハラスメント対策やアサーション研修等を開催しています。来年からは、アンガーコントロール研修も実施することを検討しています。」

「このように“人の心”に焦点を当てた研修は大切だと考えています。“従業員の心”には“職場の文化”が強く影響していると思います。“職場の文化”は一朝一夕には作り上げられないので、“良い職場の文化”が醸成できるような仕掛けづくりとなる研修を計画しています。結果としてメンタルヘルス不調や事故の予防につながりますし、大局的に見ると、従業員満足度を上げることにもつながると考えています。まずは個別対応よりも会社全体の底上げに注目しつつ、問題発生時には個々の事例について適切に対応していかなければと思っています。」

ハラスメントを含むメンタルヘルス研修などを通じて、「良い職場の文化」を醸成していくことが、メンタルヘルス不調の一次予防につながっていると思われる。

悩みや不安等を話すことで気持ちが安定することに気づいてもらう

次に、社内外の相談窓口体制についてお話を伺った。

「相談窓口としては、私たち人事総務部門の社内窓口と、契約している外部EAP機関の社外窓口があります。外部EAP機関の相談窓口の電話番号が記載されているカードを全従業員に配布して、『仕事のこと、個人のこと、家族のこと等、なんでも相談できます』と案内しています。特に入社時研修の際には、30分程、メンタルヘルス研修を実施しており、その中で、外部EAP機関について説明し、電話相談窓口の紹介をしています。」

「私自身もそうですが、悩みや不安等をカウンセラーに話すことによって、自分自身の思いに気づき、気持ちが安定することにつながります。このようなプロセスをカタルシス効果と言いますが、カウンセリングによって実際の問題への直接的な対処方法は見つからなくても、『心の安定から今後の行動に向き合える』ということもあるので、日頃から相談窓口の利用を周知しています。他社と比較しても外部EAP機関への相談利用率は高い方だと思います。」

「また、外部EAP機関は、ハラスメント対策としての電話相談窓口も担っているので、ハラスメントで困っている時などは、電話相談時にその旨を話すことで、従業員本人の了解の上、私たち人事総務部門に情報が伝えられ、社内での対策につながることもあります。」

「現在は、年4回、外部EAP機関のカウンセラーから、入社1年目と2年目の従業員に対して、直接電話をかけてヒアリングをしていただいてもいます。『仕事はどう?』、『健康はどう?』、『ちゃんと食べている?』等をカウンセラーからたずねることで、従業員が自分自身のことを考える機会をつくり、『何かあれば相談できるんだ』と認識してもらうことにつながると考えています。」

入社直後は、環境適応に重要な時期である。そのため、入社時研修に、電話相談窓口を紹介するだけではなく、入社後も外部EAP機関のカウンセラーから、直接電話をかけて実際に相談対応を行うことで、自ら相談することへの抵抗感が低くなると思われる。

会社としての職場復帰の判定基準を明確にしておく

次に、職場復帰支援の取り組みについてお話を伺った。

「当社は休業者や退職者が極めて少ないです。よって、職場復帰事案に対しては、状況に応じた対応を行っています。」

「以前あった事例では、会社として職場復帰の判定基準が不明確であったために、早い段階で職場復帰をしてしまい、職場復帰と休業を何度も繰り返したことがありました。主治医からは、『他部署であれば職場復帰可能』との診断書でしたので、他部署に配置換えの上、職場復帰したのですが、すぐに休業となってしまいました。そして、再度主治医から『他部署であれば職場復帰可能』との診断書の提出を受け、また別の部署で職場復帰をしたのですが、また休業と繰り返してしまいました。」

「2014年の春から夏にかけて、ある産業医による職場復帰支援に関する連続講座を受講しました。その講座の中で、『職場復帰時の混乱を避ける為、会社として休職・復職の基準を明確に示し、文書に示すこと』という内容がとても参考になりました。それら学んだことを当社の経営側に伝え、『会社は仕事をするところなので、仕事ができない状態では、職場復帰はできない』という考えを会社の基本とすることにしました。『体調が悪い時だけ随時業務を軽減する』とはせずに、『定時まで仕事ができる』かどうかを基本に考えています。定時就業が可能な状態を職場復帰の一つの目安としています。よって、短時間勤務制度は設けていません。」

「その後、ある職場復帰事案において、『6割の回復状態であり、職場復帰は可能である』という主治医の診断書と共に、職場復帰を要望された従業員がいました。当社では、定時まで働くことができない状況での職場復帰を認めていません。よって、会社としては、職場復帰はまだ許可できない旨を伝え、定時まで働ける状態になるまで待つことにしました。その間、休業者にはさらに療養に専念してもらいました。それから、1~2か月後に、『職場復帰は可能である』との主治医の診断書をもとに、職場復帰しその後も働いています。」

「休業中は、基本的には管理監督者が休業者本人と連絡を取り合いますが、状況により人事担当者が連絡を取ることもあります。職場復帰の判断をする前には、専門家の判断を得るために必ず産業医との面談も行っています。」

職場復帰の判断時には、主治医の診断書のみならず、その職場で必要とされる業務遂行能力の内容について面談した産業医からの意見をもらった上で、最終的に会社側で判断している。

雇用のミスマッチがないよう、採用活動時に互いにしっかりと理解し合う

最後に、職場環境と離職率についてお話を伺った。

「当社創立時は中途採用のみでしたが、ここ最近では新卒採用も行っています。新卒採用者は昨年と比べ、今年は2倍の人数を採用しました。当社は組織がコンパクトで、若い従業員が多く、年齢差が少ない為、若者も組織に溶け込みやすい。そして、若くして担当を任されたり、責任のある仕事に就けたりすることが特徴です。また、女性の割合が比較的高く、活躍しています。新入社員でも数年で戦力としてしっかり働くことができる会社です。」

「採用前の会社説明会では、90分の内、会社説明は30分で済まし、その後は先輩社員による仕事の説明や座談会等を設けています。会社の概要だけでなく、実際に働いている先輩と話を一緒にする時間を大切にしています。」

「その後、採用活動時には、当社の特徴等をしっかり説明すると共に、本人の要望もしっかり話を聴いています。このような活動により、入社した後に『話が違う』等の雇用のミスマッチがないよう気をつけています。一次予防活動や新入社員への外部EAP機関のカウンセラーからの電話相談対応などとともに、人の心を大切にする採用活動が、IT系としては珍しく離職者数が非常に少ない理由かもしれません。」

厚生労働省「平成27年労働安全衛生調査(実態調査)」によると、情報通信業(IT業)のメンタルヘルス上の理由により休業又は退職した労働者数の割合が特別高い。この会社では人の心を大切にする採用活動に始まり、採用後の教育・相談対応などの一次予防活動を通じて形成された「良い職場の文化」が、結果的には離職者数の少なさにつながっているものと思われる。

【ポイント】

  • ①メンタルヘルス研修にハラスメント対策など他の内容も含むことで、セルフケアのみならず、職場環境改善活動にもつながる。
  • ②相談窓口は従業員本人からの相談を待つだけはなく、必要に応じ相談員から従業員本人に直接相談を働きかける。
  • ③会社としての職場復帰の判定基準を明確にし、文書にした上で従業員に示しておく。復帰前には産業医との面談を行い専門家の評価を踏まえた上で、最終的に会社側で判断する。
  • ④採用活動においては、採用前から互いにしっかりと理解しあうことで、雇用のミスマッチが生じないように、配慮している。

(2016年12月掲載)