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社会福祉法人なごみの杜 特別養護老人ホーム菜の花館
(群馬県昭和村)
2005年に開設した特別養護老人ホーム菜の花館は、群馬県沼田市を中心に社会医療法人を運営する輝城会グループの一施設である。輝城会グループは、1982年に診療所からスタートし、現在は医療・介護の3法人18施設に1000名を超えるスタッフが在籍している。
当施設は、特別養護老人ホーム(定員70名)のほか、短期入所生活介護(定員10名)、デイサービス(定員43名)、居宅介護支援などの機能を合わせ持っており、利根沼田地域では比較的大きな規模の施設である。従業員数は約100名。なお、近隣のサテライトである地域密着型特別養護老人ホーム菜の花館園原(定員22名)・みんなんち園原(グループホーム定員9名、デイサービス定員12名)を含めると約140名である。
今回は、「特別養護老人ホーム菜の花館」施設長の堤 春彦さんを中心に、1,000名を超えるスタッフを有する「輝城会グループ」全体に関わる本部理事長室長の新井 旭さん、経営企画部長の木村 敏将さん、介護事業部長の守田 修巳さん、臨床心理士の村松 茜さん、さらに、「群馬産業保健総合支援センター」のメンタルヘルス対策促進員である大小原 利信さんからもお話を伺った。
仕組みや体制を整えることで、定時に帰宅できるなど働きやすい職場づくりをしている
最初に、介護施設の現状と介護職員の業務内容や仕事のストレス要因などについて堤さんを中心にお話を伺った。
「菜の花館で働く方は、最近では高校や専門学校の新規卒業生なども毎年採用していますが、ほとんどの方は中途採用です。特に、『主婦をされていた方が、介護現場で働きたい』、『家族の介護を自分がした経験から、介護施設で働きたい』といった方が多いです。もともと経験がなくても、ここで3年経験を積むことで、“介護福祉士”などの資格取得を目指すことができ、結果、ほとんどの介護職員は、介護福祉士を取得しています。パートで長く勤めている方も同様です。この業界は学校で学ぶことも大切ですが、実践を通して学ぶことがより重要です。介護は人と人との関係の上に成り立っていますので、いろいろな部分で教科書通りにはいきません。以前は、介護分野も、『先人から良いところを盗め』と言われたように職人的な部分もありました。しかしながら、各介護職員によって、それぞれ介助方法が違います。『この職員にはこういうやり方がよいと言われ、その通りにやったらうまくいったけど、他の職員には違うと言われ、どれをやればいいんだ』と、特に経験の浅い職員は混乱することも多くあります。」
「キャリア形成のため、今年から人事評価制度として少なくとも年2回、上司と面談の機会を設けて、どこまで目標達成できたかを評価する仕組みを取り入れました。ある程度一定の条件をクリアしたところで、『今度は夜勤もやってみようか』と挑戦してもらい、最終的には一人で全部こなせるようにすることを目指しています。さらに、実際に仕事をしながら、介護分野の専門教育を学ぶため積極的に施設がバックアップし、外部の勉強会も受けられるようにしています。」
「現在、職員の7割が介護職、残りが事務や庶務職員です。他の介護施設では、介護職が掃除や洗濯業務も行っていることも多いのですが、当施設では、掃除や洗濯、おむつや物品の補充など介護以外の業務を行う専門職員がいます。介護職が介護にできるだけ集中することで専門職としての意識を高め、より良いケアを提供できるようにするためです。」
「介護業務は力仕事も多いので、60歳を過ぎて体力的に厳しいという相談があれば、夜勤を除いたり、勤務回数を少なくしたりしています。また、清掃職員にまわってもらうこともあります。そういったベテランの方は現場をよく知っているので、おむつの補充作業等がうまくできています。逆に、最初は清掃職員として雇った方が、介護職に移ることもあります。」
「当施設では、介護職員が家族に代わって家庭的な雰囲気の中、在宅と変わらぬ生活が送れるよう心のこもったケアを提供することを大切にしています。その点は、職員に繰り返し教育しています。その結果として職員は、入居者の方に信頼されて良い面もあれば、ストレスを抱えてしまう面もあるようです。また、職員が一生懸命対応しているつもりでも、入居者の家族との良好な関係を築くことには課題もあります。」
「約10人の入居者を1つの部門(ユニット)にし、6~7人の介護職員が対応しています。寝たきりや認知症の方も多いため、おむつ交換や、身体を動かす必要があったり、逆に動きの多い方の場合は常に目が離せなかったり、同じことを繰り返し訴えてくることも多くあります。常に接している職員にとっては、身体的なストレス、精神的なストレスが溜まりやすい状況でもあります。そのため、1つの部門ごとに配置されているユニットリーダーが、介護職員と定期的に対話をするようにしています。その内容によっては、リーダーがその上の介護・看護主任に相談し、さらに状況によっては、主任または私たち管理職が対応する場合もあります。多くの場合はリーダーが対話をまめにすることにより、現場サイドで解決できている事が多いようです。」
「その他、職員にとっては夜間勤務時の不安もあると思います。施設基準上、夜間は介護職が4人以上いる必要があります。入居者20人に対して介護職員1人が対応する形です。『何かあった時にどうしよう』と、経験が浅ければ浅いほど心配になり、かなりの負担を感じていると思います。基準より多い5人体制にするなどし、休憩時間をしっかり定めることで職員の体力面、精神面の負担が和らぎ安心感にもつながっていると思います。」
「働きやすさの点では、他の介護施設よりも有給休暇は非常に取りやすい職場だと思います。例えば、お子さんの病気で急に休んだり、勤務途中で急遽帰ったりした場合でも、有給休暇申請を認めています。有給休暇をどう使うかは個々の職員の判断です。介護職の多くは当施設に来る前にもいろいろな施設を転々として来られた方もいますので、休みのとりやすさは決め手の1つだそうです。また、できるだけ残業はせずに定時に帰れるような仕組み・体制で、業務を見直したりして、効率化をはかっています。結果的に最近はかなり残業時間が減っています。当施設を退職して、他の介護施設に転職しても、また戻ってくる“出戻り”の方もおられるほどです。」
介護職特有の身体的および精神的なストレス負荷がある中で、日々問題があればリーダーが対話することで、現場サイドで解決できるようにしている。
相談窓口のパンフレットを作成し、臨床心理士の役割を周知する
次に、臨床心理士の村松さんのお話を中心にグループ全体のメンタルヘルス対策活動についてお話を伺った。
「私は今年4月に入職したところです。今は職員の方々との関係づくりを大切にしています。以前、ある方に『何をやっている人なのか分からない』と言われたことがありました。そこでまずは、臨床心理士としての自分の役割を周知することが大事なのだと、気づかされました。6月には、“こころの相談室ご案内”というパンフレットを作成しました。“相談員よりご挨拶”として私の顔写真と共に、『気軽に相談してください』という思いや、相談室の役割、相談に関する流れ・連絡先、そして、相談における秘密は厳守する旨などを、見開き1枚にまとめています。パンフレットを配布し、できるだけ多くの職員の方に声掛けをするようにしています。患者さんや、入居者の方への相談対応を通じて、職員との信頼関係も築き、少しずつ臨床心理士として職場に浸透できたらと思っております。」
「群馬産業保健総合支援センターの新人産業保健スタッフ向けの研修会でメンタルヘルス対策促進員の大小原先生とお会いしました。すごく話が上手だったので、メンタルヘルスについて職員にも分かってもらえるのではないかと思いました。センターでは、無料でラインケア研修を実施してくださるとのことでしたので、促進員支援の依頼をしました。研修をお願いするところから始まり、その中でグループ内のメンタルヘルスの体制づくりについても相談しながら関わっていただいています。」
「先日、当グループの管理監督者全員を対象に、ラインケア研修を実施しました。参加者にアンケートをとったのですが、『すごく分かりやすく参考になった』、『職場にフィードバックできそうな内容だった』と、とても高い評価でした。こういった研修を地道に行っていくことで広がっていき、それぞれ受講した管理監督者からメンタルヘルスケアの活動がスタートしていくのだと感じました。私(臨床心理士)が講師となって新人職員向けのセルフケア研修も実施しました。これからさらに多くの職員に対して、セルフケアの研修もしていきたいと案を練っています。」
「臨床心理士による個別対応はもちろんですが、組織としてメンタルヘルスを意識した取り組みが始まりつつあります。今後の検討課題としては、全職員対象のセルフケア研修を通して、職員がより自分自身の心の健康に目を向ける機会を設けながら、必要な時には相談したり、外部の支援を活用するような支援のできる取り組みをしていきたいと考えています。」
介護施設における職場復帰支援の取り組みについて堤さんを中心にお話を伺った。
「一般的な流れとしては、産業医の指導の下、メンタルヘルス不調から職場復帰した方は、まずは対入居者の対応が少ない清掃職員として始めてもらうことが多いです。復帰前に職場のリーダーからその部門の職員に状況説明をします。復帰後はリーダーから本人に、『今日はこの仕事をやってください』と明確に業務内容を伝えるようにしています。最初は半日勤務から始めて少しずつ時間を伸ばし、フルタイムで働けるようにもっていきます。また、通院している病院まで遠いこともあるので、病院通いなどのことを考え、多くは週4日勤務から始めるようにしています。その後、介護職に戻り、職場復帰してからおおよそ3ヵ月くらい経つと、認知症の方や、行動範囲が広い方の専門サポートにあたってもらうようにしています。」
「職場復帰後のフォローとしては、リーダーが周囲の職員から様子を聞いたり、本人の顔色や表情を確認し定期的に面談をしたりして、問題なければ継続します。管理職との面談の機会は、基本は月1回程度です。ただ何かあった時には、早めに面談するようにしています。」
「職場復帰支援だけに限らず、その部門(ユニット)に馴染めず、職場に来ることが辛くなるような場合には、施設内の他の部門に配置転換することもあります。それでもうまくいかない場合は、他の事業所に異動することも考えます。あくまでも職員の意向を確認し、共に考えながら進めていくようにしています。」
「障害者雇用も積極的に受け入れています。本人と相談したうえで、状況をみながら調整をし、『これで大丈夫だろう』というところで、徐々に業務内容の量と質をあげていくようにしています。その中で、ある程度本人の意向をもとに、『やりたい』という内容を優先しています。そこでうまくいかなくても、定期的に面談を持つ中で再チャレンジできる環境づくりに努めています。」
復帰前に、職場のリーダーからその部門の職員に状況説明し、その後本人が復帰することで、周囲も支援を行いやすくなる。また、リーダーから本人に明確に業務内容を指示することで当日の目標が理解しやすい。復帰後のフォローとして、リーダーは周囲の職員から様子を聴いたり、定期的に面談をしたりすることも大切である。ときには、適材適所のための異動についても柔軟に対応する姿勢もうかがえた。
職場のメンタルヘルス対策は組織的に対応・支援する仕組みをつくらなければならない
最後に「輝城会グループ」本部理事長室長の新井さんから、社会医療法人・社会福祉法人としてグループ全体のメンタルヘルス対策の展望についてお話を伺った。
「当グループには、全体で1000人近い職員がいます。過去には、介護も医療も“患者さん至上主義”的な考えが根底にありました。要するに、いろいろと施設内でトラブルが起きても、『患者さんのために職員は我慢しなさい』といった考え方です。その点では、職員のメンタルヘルスケアという考え方は非常に遅れていました。しかし、今は時代が変わり、まず職員を大事にしなければという方向に考え方も変わってきました。3年程前に、認知症疾患医療センターの設置を試みた際、行政の規定上、臨床心理士の配置が必要でしたので、そこで初めて心理職を雇用しました。その後やっと、メンタルヘルスについてグループ全体で考え始めるようになりました。」
「今年になって、ラインケア研修を実施したからには、今後はより一層、組織的な対応をしなければならないと思っています。また、研修を通じて、各施設の管理監督者が、職員からの相談を気負わずに受けようという雰囲気をつくっていきたいと思っています。」
「私見ですが、医療職はプロフェッショナルです。皆資格をもっています。ある著名な医師が、プロである以上、『病気を診ずして病人を診よ』という言葉を遺しています。ところが介護職は、昨日まで素人同然だった方がある日突然介護の現場に職員として入ってきて、介護作業をまかされてしまうのです。介護職員は、入居者の生活そのものに日々直接関わる点では、『病人を診る』ことよりも大変な仕事だと思っています。そのため、メンタルスヘルス不調に陥る可能性が高いと思います。だからこそ、介護職員に対するメンタルヘルスケアは、私たち事務局がしっかり体制づくりをし、支援していかなければならないと考えています。」職場のメンタルヘルス対策を、積極的に進めるためには、経営者の明確な方針が大変重要である。その結果として入居者だけでなく、職員にとっても良い施設づくりにつながると思われる。
【ポイント】
- ①仕組みや体制を整えることで、定時退社や有給休暇取得がしやすい職場づくりをしている。
- ②産業保健総合支援センターのメンタルヘルス対策促進員を活用し、共に社内のメンタルヘルス体制づくりやメンタルヘルス研修などを行う。
- ③職場復帰後の支援としては、社内体制づくりや定期的な面談を行うことで、組織全体で取り組む。
【取材協力】社会福祉法人なごみの杜 特別養護老人ホーム菜の花館
(2016年11月掲載)
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