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株式会社フレスタ
(広島県広島市)
株式会社フレスタは、広島県を中心に54店舗のスーパーマーケット「フレスタ」を運営する企業である。1887年(明治20年)創業し、120年を超える小売業の老舗である。従業員は約4100名であり、そのうち15%の約600名が正社員。その他約3500名は短時間労働者(パートタイマー)であり、大半は店舗業務に従事している。中規模店舗においては、1店舗あたり約80名の店員のうち、正社員が約10名、パートタイマーが約70名といった構成である。
今回は人事総務グループ、グループ長の倉本正弘さん、人事チームの鎌田めぐみさん、植野文詞さん、並びに過去勤務されていて2014年4月以降現在は、福山平成大学経営学部経営学科教授の小玉一樹さんの4人にお話を伺った。
従業員全員に対しメンタルヘルス相談に対応する「人事面談」を毎年実施
最初に、小玉さんにこれまでの取り組み経緯について伺った。
「当社において、私が入社した2008年以前は、従業員の間でもメンタルヘルスに関する知識が断片的で、『もう、うつになったら戻れんのんよ』といった考えを持つ上司がいたり、メンタルヘルスという言葉すら分からない状況にありました。そのため、メンタルヘルス不調で休んでいる従業員へのフォローは何もできていませんでした。そのような中で、『○○さんが休んでて手続きしにきとるけー、小玉さん見てあげてよ』といった感じで、ぽつぽつ私のところに話が来ていました。実際に面談してみると、不調者本人のメンタルヘルスに関する知識も乏しく、うつになったら会社を辞めなければならないものと考え、職場全体でそのような風土があったものと思います。ただ当時は当社だけではなく、他社も同じだったと思いますけどね。」
「2008年に、元経営幹部の嘱託社員2が、各店舗に出向いてパートタイマー全員に面談を実施することになりました。人事部門としては、それに便乗して、人事担当者3名による”人事面談”と称する正社員全員の面談を同時期に実施することにしました。面談にあたっては、『会社のことをどのように思っているか』、『上司はどうか』など様々な内容を聞いていましたが、初回からできるだけメンタルヘルス関連に焦点を当てることにしました。初回でしたので1人あたり長い方では30分位、短い方は15分位、面談の時間を取りました。最初は従業員の間でも大変珍しがられて、いっぱい話された方もいました。そういった面談をする文化もなかったので、当時、店舗で個室を確保することが結構難しかったです。なかには金庫室を使った店舗もありました。その後、新しく作られた店舗では、個室を設置したところもあります。」
「時を同じくして、本部に専用電話を設置し、”従業員相談室”を開設しました。ポスターを各店舗に貼ったり、社内報に掲載したりして周知しました。相談があれば本部の応接室を利用して対面相談をしたり、店舗に出向いて対面相談したりしていました。本人からの相談もあれば、上長である店長から『部下の調子が悪そうだから話聴いてあげてよ』といった依頼もあったりしました。中には、愚痴に近い話も多かったのですが、対面相談で話を聴くだけで、『あ~スッキリした』と満足される方も多かったです。」
「また、ご家族から『夫の様子がおかしい』と、人事部門に相談の電話がかかってきたこともあります。社内報に相談窓口を掲載していたので、それを見たのかもしれません。メンタルヘルス不調者本人は会社内ではずっと言わなかったので、周囲は気づいていませんでした。結局、その方と面談をして、休職に入ることになりました。」
「正社員全員への”人事面談”を終えた後、面談対応した人事担当者3人で、労働時間、能力開発、評価処遇制度、キャリア教育、人事管理、ハラスメントなどの項目ごとに現状と課題をまとめると共に、それぞれの課題に対して2009年以降、対策を講じることにしました。」
続いて、人事グループ長の倉本さんにお話を伺った。
「私も以前は長年店長を務めていました。直属の上司である店長やチーフとして相談を受ける内容と、この”人事面談”で相談を受ける場合では、全く内容が異なりますね。なかなか店長には言えないこともある。そういう意味では、従業員本人にとっては話をすることで良くなったこともありますし、我々としても組織上の問題を知ることにも繋がります。面談を通じて従業員本人も変わるし、我々も変わります。その点では毎年の面談は楽しみですね。」
一般的に「人事面談」というと人事評価・査定に関わることなので、従業員は人事部門の担当者にはあまり話をしたがらないのではないか、との疑問を皆さんに質問してみた。
「その点は、ポスターで”従業員相談室”を周知した時点で、役割と立場を説明したことで払拭されていると思います。相談室を設置した最初の面談では、従業員から『人事は怖いところ』と言われました。ただ、面談が始まったら、人事部門の我々が、共感して話を聴いている中で、この面談で評価することはないし、そもそも評価行為は人事部門では全く行っていないことを伝えました。『人事部門は現場を見ていないんだから、評価できないでしょ』と。評価をするのは店長である上長であり、人事部門はそれを集計しているに過ぎない、という事実を伝えました。」
「人事評価」を誰が行っているかを明確に従業員に伝えることで、従業員からの誤解や不信感を受けずにすむものと思われる。
「従業員相談室、並びに人事面談を通じて、現場のことは分かってきたのですが、その後、すぐに行き詰りました。実際にメンタルヘルス対策を会社の中でどのように運用していけばよいかが分からない・・・。そこで、中央労働災害防止協会の”メンタルヘルス対策支援事業”(当時厚生労働省委託事業。現在は事業終了)にお願いすることにしました。”心の健康づくり計画”を策定後、2009年1月に経営者より方針発表を行いました。また、その頃から、管理監督者の全体集合研修の際に30分ほど時間を頂戴して、ラインケア研修を実施しています。その後は、ハラスメント研修やセルフケア研修なども行いました。今は、”こころの耳”のEラーニングのPDFスライドを活用して、社内のイントラネットに掲載するなどして教育しています。」
「全員面談をして分かったことは、『年休(年次有給休暇)を取ったことがない』というのが、従業員の間で自慢の1つになっていたことです。そのような考えの従業員が多く、皆、業務を頑張っている中でそのような組織風土になっていました。これだと周囲も休みを取りづらいと考えて、規程の中で休暇制度を明確にしました。具体的には3日以上の夏季、冬季連続休暇を取得するようにしたり、メモリアル休暇を制定したりしました。休暇制度をつくってから、当時、鎌田さんが『入社7年目にして初めて旅行会社のパンフレットを見ましたよ』と言っていたことは、いまだに忘れられないですね。」
「当時の説明資料の1つとして、当社の従業員のデータをとって、”労働時間とSDS(うつ病自己評価尺度)との相関”を示しました。当社において、”労働時間”と”うつ症状”に強い正の相関が見られました。これは、経営者に対して示すというよりも、現場の方々に対して現実を知ってもらうため、また休暇を取ることを勧めるべく示しました。その後、休暇制度を周知させるために、ポスターを作ったり、休暇計画書を出させたりするようにしました。周知が広がることで、自分が休もうとすると、周囲の方々が支援してくれる。また周囲の方々が休む場合、次は自分が支援しようとする。良いスパイラルが生まれてきました。一斉に休みを取ることはないので、休暇を取ることで、部門内で負担が大きくなることは今のところありませんね。」
ルールを人事部門が示し、その後、うまく廻していく方法を現場が考え、実践することで、運用ができているものと思われる。
職場復帰支援においては人事部門が中心となり配置転換まで考慮
職場復帰支援の取り組みについて詳しく話を伺った。
「従業員相談室、並びに人事面談を通じて、メンタルヘルス不調者の早期発見と共に、相談しやすい環境と人事部門から支援しやすい環境が整ったことで、円滑な職場復帰支援に繋がっていると思います。」
「2008年までは、メンタルヘルス不調で休職した方に対する情報管理や支援は、ほとんど誰も行っていませんでした。それが問題だと考え、『会社はあなたたちのことを忘れていませんよ』ということを示すために、月1回社内報を送ったり、総務部門から給与関係の明細書面を送る時に一緒に手紙を入れたりといったことを実施し、休職者に寄り添うことから始めました。」
「職場復帰に関して、復職制度そのものの規程は以前からあったのですが、復帰に際しての準備は手探りで行っていました。”職場復帰支援プログラム”は、他社の人事部門に勤めている友人が、文面に起こしたということを聞いて、参考にしながら、2009年に当社版を作成しました。フロー図を中心にA3で一枚にまとめました。職場復帰に向けてのプランを立て、産業医に意見をもらいながら、現在は進めています。」
「本社地域には産業医がいますが、各地域でもそれぞれ嘱託の産業医がいます。産業医は店舗を中心とした職場巡視はもちろんのこと、不調者の面談も実施しています。職場復帰に際しては、休職中から人事部門が支援してきた面談結果などを産業医に提示した上で、職場復帰の際の面談も実施しています。このように、当社のメンタルヘルス対策は、人事部門が取り仕切っています。その点においては、他の会社の人事部門とは違うのかもしれませんね。」
「メンタルへルス不調の原因としては、仕事に関連する問題が多く、元の職場に戻ることは難しいというのが当社の特徴ですね。そのため配置転換を考えないといけないので、職場復帰に際し、復帰予定の職場の管理監督者が主管ではなく、人事部門が主管することになります。店舗を変えたり、売り場を変えたりしています。復帰後は3か月間のフォローアップをしています。その間必要に応じて対面の面談をすることもあれば、電話で面談することもあります。」
「また、同業他社で、既にLTD制度(傷病による長期療養時の給与補償制度)を導入しているスーパーマーケットがあったので、当社でも2012年から導入することにしました。当社は労働組合と共同で実施しているので、毎月の保険料を会社が2割、労働組合が2割、残りを任意で従業員本人が支払うことで、休職時は保険から最高で基準内賃金の8割が保障されます。初年度、広く告知したことによって約6割の従業員が加盟されました。導入の目的は、休職期間中も経済的なことは心配せず安心して休めると共に、当社の制度上の休職期間が満了し退職した後でも満60歳までは補償されるので、治療に専念しやすい仕組みとなっています。」
「最近は休職者の数は減少していると共に、休職するとしても期間は以前より短くなってきています。現時点では休職者はゼロですね。」
しっかり治療に専念できる環境と、職場復帰の際に人事部門が中心でありながらも、産業医に意見を求めながら、配置転換などの調整を行っていくことが大切である。
パートタイマーにも公平に。一人ひとりの可能性を広げる職場環境づくり
最近、小売業では人材不足と言われているが、パートタイマーに関する支援に関しても伺った。
「相談窓口としては、パートタイマーも同様に相談対応しています。それは、メンタルヘルス不調者への対応のみならず、社員教育においても、当社で働いている人は、皆同じなんだよと示していることが相談にも繋がっているのでしょうし、そういった土壌があれば、パートタイマーも継続して働いてくださり、結果、さらなる戦力になっていくと考えています。」
「パートタイマーは3500人近くいるのですが、1000人近くは毎年入れ替わっています。パートタイマーの中には、出産育児後に仕事に復帰された方など、潜在的な能力が高い方も多いです。パートタイマーから契約社員へ、そこから準社員へと社員と同じように処遇を改善していくことを心掛けています。ちなみに当社ではパートタイマーのことを、スマイル社員やスマイルさんと言っています。これは、親しみを込めて呼ぶとともに、従業員自身が常に笑顔で働き、その笑顔をお客様に提供できるようにという思いを込めています。これからは女性を中心に労働力、即戦力になるような方を活用すると共に、定年退職された方をどのように活用していくのかが、企業の発展にとってカギになりますよね。」
最後に、産業カウンセラー資格を有する人事労務担当者の役割と立場に関して、小玉さんに伺った
「”やさしい人事”としての土壌は昔からあったと思います。新入社員は昔からメンタルヘルス不調の際には、人事部門に相談しに来ていました。人事部門の我々は産業カウンセラー資格を持っていますが、社内において従業員からは、産業カウンセラーとしてよりも人事部門としての認識が高いと思います。」
「カウンセラーの役割は人の話を聴くだけではなくて、それをいかに企業経営に活かしていくか。組織に関することなど人事労務的な視点も入る点では、人事部門がカウンセリングを行うメリットはそこにあるのかなと思います。カウンセリングを実施するだけだとその費用対効果にのみ目が行ってしまいますが、もっと広い視野で職場全体の問題発見をし、そこから会社としての制度を変えていったり、問題が起こらないように社内体制を整えていったりすると考えれば、費用として決して高いものではないと思います。」
社員もパートタイマーも同様に相談対応を行うなど、雇用条件に関わらず人事部門として公平に対応することが、パートタイマーの継続雇用に繋がっているものと思われる。1店舗平均80名だからこそ、それぞれの個性と能力が発揮できる職場環境の実現が求められており、そこには、産業カウンセラー資格を有する人事労務担当者の支援による功績も大きいようだ。
【ポイント】
- ①全従業員への面談を毎年実施することで、メンタルヘルス不調者の把握のみならず、職場の現状と課題を把握することに繋がる。
- ②人事への相談が人事評価とは直結していないことも、相談窓口の信頼感に繋がっている。
- ③職場復帰支援においては、人事部門が中心となることで、配置転換などを円滑に実施することができる。
- ④雇用条件に関わらず相談対応やメンタルヘルス支援を行うことが、公正公平な職場づくりにも寄与している。
【取材協力】株式会社フレスタ
(2014年9月掲載)
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