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中外製薬株式会社(東京都中央区)

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中外製薬株式会社
(東京都中央区)

 今年度最後の事例紹介は中外製薬株式会社。医療用医薬品の製造・販売・輸出入が主な事業である。1925年に創業し2002年には日本ロシュ株式会社と統合した。従業員数は現在、国内で約6,700 。東京日本橋の本社には約1,600 が勤務しているほか、営業部門では全国に11支店、56の営業オフィスがあり、営業オフィスは20人弱の規模から100人以上の規模まで様々である。産業保健スタッフとしては、各事業所の規模に応じて、嘱託産業医や看護職を配置している。
 今回は人事部の大久保元彦さん、内山みどりさん、統括産業医の難波克行さんにお話を伺った。

製薬業界特有のストレス

最初に、大久保さんのこれまでの経歴について、お話を伺った。

「入社してから19年間、営業職(MR:医薬情報担当者)を担当してきました。全国数箇所の営業所を転勤してきました。医師など医療従事者にエビデンス(効能、結果など)を示して、適正に患者さんに合う薬をご理解いただいた上でご処方いただいています。私たちは、医師が必要とする情報を適切に提供しなければなりません。また、医薬品を患者さんに届けるには、医師、薬剤師、看護師、医薬品の卸会社など、たくさんの人との関わりもあります。MRのストレスという点では、医師と面会できる時間が短いことがあげられます。病院によっては、既定の時間しか訪問もできない場合もあり、時間の制約がある中で成果を出さなければなりません。また、短時間で医薬品のエビデンスを説明するために、日々の勉強も必要です。」

次に、営業のマネジャーとしての業務内容に関して、伺った。

「営業のマネジャーは大変です。部下のマネジメントもやらないといけないし、育成もしなければならない。マネジャーに課せられる最大のミッションは、”組織としての業績を上げること”と”部下を育成すること”です。どちらも重要です。」

分からないことは素直に聴いて教えてもらう

続いて大久保さんが人事担当マネジャーに就任してからの様子を伺った。

「2002年に、営業のマネジャーから支店の人事担当マネジャーになりました。それからは、ずっと人事・総務の業務に携わっており、2012年には、本社の人事部に異動となり、休業者の復職支援などの業務を行っています。 」

「営業部門からいきなり人事総務部門に異動となり、右も左も分からない状態でした。本社の人事部や、人事担当者の経験のある先輩などに、分からないことをいろいろ教えていただきました。今でもその方々には感謝しています。」

「当時、支店でメンタルヘルスに関連して実施した業務としては、①長期休業者が発生した場合の対応、②産業医が講師となった社内研修会の企画と運営、③疲労度が高い労働者や長時間労働者の産業医面談の設定と実施、④安全衛生委員会の運営事務局などでした。」

「メンタルヘルス不調者への対応という点では、上司から『部下の様子がおかしいので、どうしたらいいか』と相談を受けて始まるのがほとんどでした。その際は、上司に本人の様子を確認したり、私が本人に会いに行ったりしていました。」

当時の職場復帰支援の状況について大久保さんからさらにお話しを伺った。

「2002年当時は、『どうやったらいいか分からなかった』というのが正直な感想ですね。ただ、休職中でも、適宜、上司や人事担当者が休職者本人と連絡を取るといったことは実施していました。現在のような復職支援マニュアルがなかったので、手探りで進めていました。」

「場合によっては、休職者本人と主治医の了解を得て、私が主治医に会いに行くこともありました。 休職期間が長くなっていると、本人も、復帰に関していろいろと不安になります。そこで、本人の復職をどう進めていけばよいか、主治医と相談するようにしていました。会社の業務内容や、業務を調整できる範囲についても、主治医にしっかりお伝えするようにしていました。」

人事担当者と主治医との面談においては「本人の復職を成功させるために」というスタンスを伝えることが大事である。 ここから先は難波さんから統括産業医の視点でさらにお話を伺った。

「以前は、復職前に人事担当者が主治医をたずねる、ということがあったようですが、復職直前に主治医と連携しようとしても、なかなかうまく行かないこともあったようです。そこで、現在は、休職の開始時に、①休業期間の目安、②会社としての復職の段取り などをまとめた文書を本人に渡し、それを本人から主治医に手渡してもらうことで、休職開始時から主治医と連携を図るようにしています。復職にあたっては、主治医からの診断書を提出してもらっています。さらに詳しい情報が必要な場合には、産業医から”主治医への情報提供の依頼書 “を発行して書面でやりとりしたり、電話をしたりすることもあります。」

「今もそうですが、復職支援にあたっては、人事担当者が親身になって対応しています。これは、昔も今も変わらず、当社の良い点だと思います。上司や人事担当者の真摯な態度が本人に伝わると、休職者も心強く感じるようです。そういう社風は昔からあるようです。」

「ただし、当時は、まだ十分に回復していない社員を、本人の希望で復職させてしまい、結果、再発に至ってしまう、ということも多かったようです。そうした反省を生かして、現在の復職支援マニュアルを作成しています。」

現場の好事例を付加していって作成された「職場復帰支援プログラム」

「復職支援マニュアル」作成の経緯と内容について難波さんからお話を伺った 。

「もともとは、2004年頃から、会社としての職場復帰支援の仕組みをつくるようになったようです。当時、外部の従業員支援プログラム(EAP)機関と契約したり、就業規則も一部改訂したりして、復職支援についての対応を制度化していきました。その後、私が着任した2008年頃から、現場での実態を踏まえながら、内容を追加、修正し、改良していき、現在のマニュアルに至ります。」

「新しいマニュアルには、”休業中から復職後までの毎月の産業医面談”や”生活記録表を用いた復職判定”、”復職後6カ月間の業務プランの作成”など、従来は個別に運用されていたものと、きちんと復職支援の仕組みに盛り込みました。」

「こうした復職支援マニュアルの改訂作業は、一気には進みませんでした。まず、私が担当している本社で実践してみて、『生活記録表を使った方が、復職の判断がしやすいですよね』とか、『復職した後、6カ月間くらいの復職プランを作った方がいいですよね』と、少しずつ、時間をかけながら担当者に理解してもらいました。」

「必要なことを少しずつマニュアルに盛り込みながら、その内容について、全国の人事担当者とも共有していきました。それからすでに3年程経ちますが、どの事業所でも、ごく普通に、マニュアルどおりの対応ができるようになりました。」

「当社は、常勤の産業医が本社にしかいません。看護職も、本社、工場、研究所などの規模の大きな事業所にしか配置されていません。そのため、全国の営業系の事業所などは、人事担当者が中心となって復職支援の対応を行うことになります。当社の”復職支援マニュアル”は、『メンタルヘルスの専門家でなくても対応ができる』ことを目標にして作成しています。」

「特に、職場復帰の可否の判断において、休職者自らが記入する”生活記録表”を使うことを制度として定めています。会社側が最終的な復職可否を判断するにあたり、①生活記録表の条件、②各事業所の産業医や心理職の面接による判断、③主治医の復職可の診断書。この三つが揃うことを条件としています。生活記録表の判断の基準としては『朝は、勤務していた時と同じ時間に起床し、勤務時間帯には図書館通いなどで外出をする』、こうした生活が少なくとも2週間以上、続けられるかどうか、復職可否の判定とする社内基準を設け、その基準を満たしているかを判断しますを見ています。」

「その後、各事業所の人事担当者が窓口となって、職場の管理監督者などと相談して、復職後6カ月間の業務計画(復職プラン)を作成します。復職後のフォローアップの面談なども、各事業所の嘱託産業医や人事担当者が行います。」

「復職後の業務プランを作成するときには、復職後、半年間の業務をしっかりと軽減し、段階的に負荷を調整していく、というのが原則です。こうした業務調整は、職種ごと、事業所ごとに共通のパターンがあります。全社で、復職プランを蓄積していくことにより、復職プランの作成がずいぶんと簡単になりました。」

「しかし、メンタルヘルス不調は、一つひとつの事例をみると、個別性が強いのが特徴です。復職プランを作成するにあたっては、復職後、どのように本人に接すればよいのかなど、気がかりな点も多くあります。そこで、復職前には、現場の人事担当者と上司も交えて、復職プランや復職後の対応について話し合うようにしています。個別事例の対応に、統括産業医として私が直接関わるのは、その1回だけですが、復職支援において、”復職プランの作成”は非常に重要なポイントだと考えています。」

「こうした取り組みの結果、全事業所の復職1年後の出社継続率(再休業せずに出社を続けている復職者の割合)を、以前の54%から92%へと改善することができました。」

復職1年後の出社継続率を大幅に改善することができたようである。規模が小さく産業医を選任していない事業所においても、確かな仕組みをつくれば、職場復帰は成功することを現している。

生活記録表を復職判定の目安として、また、関係者の足並みをそろえるツールとして用いる

生活記録表に関して難波さんからさらに詳しく伺った。

「”生活記録表”はやはり重要です。メンタルヘルス不調者の回復は、まず、主だった症状が改善し、家の中でふつうに過ごせるようになる”日常生活レベル “の回復を経て、それから、睡眠や外出などの生活リズムや、続けて外出できる体力などが回復してきます。そこで、『出社と同じような時間帯の外出ができる』という体力と生活リズムが戻ったことを確認するために、”生活記録表”を用いています。」

「過去の復職支援の失敗事例をみてみると、本人が『大丈夫です』と言って、主治医も”復職可能の診断書”を出していても、よくよく聴くと、まだ外出が週2、3日しかできなかったり、起床時間が8時~9時だったりしている。そのような状態で復職を開始すると、毎日会社に来ているうちに、疲れがたまってしまって、再発してしまうことがあります。そこで、生活記録表を通じて、『十分に回復してから』出社する、ということを大切にしています。生活記録表を用いると、本人も、復職までの回復の様子に自分で気づくことができます。生活記録表は、単に、復職判定の材料というだけでなく、本人と、人事担当者、看護職、産業医、主治医などが回復状況や対応方針を共有するためのツールになっています。」

「ただし、”生活記録表”の使い方も、当初は事業所によって、バラつきがありました。生活リズムがまだ十分に整っていない段階で復職申請が上がってくることもあり、『もう1カ月くらい、様子をみましょうよ』と、差し戻したこともありましたね。そのようなやり取りを1年くらい続けて、生活記録表の使い方が社内で共有できてきました。」

「生活記録表を復職の判断に使う場合には、”事前に” 説明しておくことが大切です。復職可の診断書が出た時になって、いきなり『では、これから1カ月間、生活記録表を書いて』と告げると、本人もガッカリしてしまいます。そうではなく、休職中もご本人と面談を続けておき、ある程度体調が回復してきた時点で、復職にむけて生活記録表をつけることや、生活記録表を復職の判断に用いること、また、その基準などを、本人にしっかり説明していきます。こうした対応を通じて、本人と会社との足並みがそろってくるのだと思います。」

職場復帰に際しては、体力と生活リズムが回復したことが大切であり、「生活記録表」がその確認と関係者間の情報共有のためのツールとして活用されている。現場での実態を踏まえながら、「復職支援マニュアルを改良することにより、全社に浸透し、復職後も元気に働き続けられる結果に繋がったと言えよう。

【ポイント】

  • ①休職者と月に1度、産業保健スタッフや人事担当者が定期的に面談を行い、回復状況などを確認しておく。
  • ②復職可否の判断には「生活記録表」を用いる。復職判定の基準を明確に設けておき、生活記録表の使用や、判定基準についても、事前に本人に繰り返し説明しておく。
  • ③復職後6カ月間の業務プランを、人事担当者・産業保健スタッフだけでなく、上司も一緒になって検討する。復職後も6カ月間は定期的な面談を継続する。
  • ④組織風土に合った「復職支援マニュアル」を策定することによって、メンタルヘルスの専門家がいない事業所でも、復職支援を円滑に行えるようになる。

【取材協力】中外製薬株式会社
(2014年3月掲載)