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テクノプロ・ホールディングス株式会社(東京都港区)

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テクノプロ・ホールディングス株式会社
(東京都港区)

 国内最大級の技術系総合人材サービス企業であるテクノプロ・グループは、それぞれの特色と強みを有する国内外の事業会社において1万人を超すエンジニアや研究者を擁し、機械・電機・医薬・化学・IT・施工管理等の分野における技術者派遣・受託・請負事業を展開している。「専門性の高い技術者集団であること」を経営理念の一つとして掲げ、新素材や代替エネルギー開発、クラウドコンピューティング、医療研究から建築技術といった先端分野に至るまで、グループ全体で広範囲で多様な技術領域をカバーし、お客さま企業の設計・開発・研究ニーズに多角的なソリューションを提供できるのが強みだ。 また、事業のメインは派遣だが、一部の建築施工管理を除き常用雇用であるのが特徴である。 従って、エンジニアや研究者の大半がグループの各事業会社の社員でありながら、お客さまである派遣先で就業することになる。また、テクノプロ・グループには、エンジニアや研究者の他に、営業、採用、事務、本社での管理業務等に携わる約1千人の従業員も存在する。
 グループを束ねる持株会社であるテクノプロ・ホールディングス株式会社(THD)では、昨今、各事業会社との連携を強めながら、全ての従業員に対するメンタルヘルス対策の推進に努めている。今回は、THDの人事部長の小山博史さん、健康推進課長の岩渕綾さんのお二人を中心にお話を伺った。

指針と連動したメンタルヘルス推進5か年計画の策定

メンタルヘルス対策として最初に実施したことについて、まず小山さんにお話を伺った。

「グループ全体として本格的に職場のメンタルヘルス対策に取り組み始めたのは、2011年春からになります。無論、それ以前も対策の重要性は認識していたのですが、組織的な対応としては十分とはいえない状況でした。東日本大震災で被害を受けた従業員への心のダメージケアの実施を契機に、恒常的な取り組みが必要との方針が経営からも打ち出されたことから、人事部としても本腰を入れて施策を実行に移すことになったのです。そこで、私たちは手始めに”THDメンタルヘルス推進の取り組みについて~従業員が働きやすい環境づくりに向けて~”と題する5か年計画を策定しました。最終目標を『職場で自律的にメンタルヘルス対策ができる』ことと定め、厚生労働省の”労働者の心の健康の保持増進のための指針”に沿って、毎年段階に応じた目標を設定しながら継続的に取り組むプランを作成しました。目指す最終ゴール、それに到達するために実施すべきことやロードマップを示すことで、組織の中で従業員一人ひとりが自然体でメンタルヘルス対策を実践できるようになると考えたからです。目標を達成するには事業会社の理解と協力が不可欠であることから、私たち2人は、グループ各事業会社の人事労務担当役員に”5か年計画”を説明して回りました。そして、単に説明をするだけでなく、『私たちホールディングスの担当者は、計画の旗振り役だけではなく、実際にメンタルヘルス不調者の事案が発生した場合は共に解決を図ります』と伝えることにしました。そうすると、徐々に、各事業会社で何が起きているのか、どのように対処しているのかといった情報が私たちにも集まるようになりました。また、事業会社と協力して個別事案の解決にあたることにより、私たちの側にもノウハウが蓄積されるともに、目標を達成する上での課題がより明確になっていきました。 今では、各事業会社におけるメンタルヘルス疾患発生状況や取り組みを把握し、各社と連携・協力しながらグループ全体として施策を推進する体制・環境が整ったものと考えています。」

厚生労働省のメンタルヘルス指針に沿って計画し、浸透を図ることで、組織としての「メンタルヘルス対策」の必要性がより説得力をもって伝わるものと思われる。また、実際にメンタルヘルス不調者への対応を一緒に取り組み解決することの積み重ねが、メンタルヘルス担当者への信頼の醸成に繋がっていったのであろう。岩渕さんは、メンタルヘルス対策の基本を次のように強調してくださった。

「メンタルヘルス対策は、厚生労働省の指針で示されている”4つのケア”、すなわち、”セルフケア”、”ラインによるケア”、”事業内産業保健スタッフ等によるケア”、”事業外資源によるケア”を、一つひとつ丹念にクリアしていくことに尽きます。全従業員の意識統一を図るべく、ホールディングスとして最初に手がけたのは、”心の健康づくり計画の作成”と”安全衛生委員会での審議”でした。従業員が外部EAP機関のカウンセラーが利用できるような体制も構築しました。さらに、セルフケアの一環として”こころの耳”のリーフレットとカードを全従業員に配布しました。従業員が自らの健康を自らがケアする上で必要かつ役立つ情報が、”こころの耳”には掲載されていますからね。」

「こころの耳」を事業場外資源の1つとして活用していただいている好事例と言えよう。
次に岩渕さんに、これまでの経歴を伺った。

「私が産業カウンセラーとして当社グループに入社したのは2006年のことです。当時は、介護ビジネスを行う事業会社において、介護ヘルパーである従業員に対するカウンセリングを業務としていました。その後のグループ内の事業再編を経た後、2008年からは、私自身も技術者派遣の事業会社に身を置き、同社のメンタルヘルス対策を担当することとなりました。そこでのメンタルヘルス不調者への対応を通じ、精神疾患に対する知識の向上の必要性を痛感し、2009年に精神保健福祉士の資格を取得しました。その後、ホールディングスの教育研修部に転籍となってからは、メンタルヘルス全般に亘る研修講師として、新卒研修やエンジニアへの定例会などの場でレクチャーを担当していました。また、本来の職務範囲外ではありましたが、個別のカウンセリングにも対応していました。そして、2011年6月に、グループ全体として従業員が安心して働くことのできる環境づくりの一環で小山さんから声がかかり、ホールディングスの人事部に異動となって現在に至ります。自分のこれまでの経験やスキル、取得した資格を活用しながら、目指す会社像に近づけていくことのできる今の仕事には、とてもやりがいを感じています。」

日々のメンタルヘルス不調者への対応を通じて、「精神保健福祉士」資格の有用性を感じたのだろう。現場実践での延長線上に資格取得があることを現している。 次に、派遣会社特有の問題に関して、お話を伺った。

「派遣事業をメインとしている当社グループでは、エンジニアである従業員のメンタルヘルス不調の気づきに際しては、大別すると”本人からの相談”と”派遣先を介した相談”の2つのルートがあります。前者は、本人から直接、当社の営業担当や技術担当もしくは私たちメンタルヘルス担当者に相談が来るケースです。後者は、派遣エンジニアの勤怠の乱れや体調不良によるパフォーマンスの低下などから、派遣先であるお客さまから当社の営業担当や技術担当に連絡が入るケースです。その場合でも、必ず当社の拠点長に報告が上がり、拠点長から私たちに相談があれば、私たちから拠点長に対して適切な対応のサポートを行うことになります。また、本人に直接会って話した方がよいと判断した場合には、私たち自ら赴いて相談対応することもありますし、提携機関のカウンセラーにお願いすることもあります。」

「派遣エンジニアからの相談内容として最も多いのが”職場の人間関係”です。派遣の場合、指揮命令権はお客さまである派遣先にあります。 派遣契約が更新されるか否かもお客さま次第です。従って、自分のスキルにマッチしていない業務を任されたり、明らかに過多な業務量であったりしても、指揮命令者への相談をためらって本人の中で抱え込んでしまい、状況を悪化させてしまっているケースもあります。 また、派遣先の正社員の方々と一緒に働く派遣エンジニアは、派遣先でのルール遵守や人間関係づくりの面でも戸惑いや気苦労があるようです。」

特に1人だけで派遣されているような場合には帰属意識も希薄になりがちで、派遣会社側でも細心のケアが必要なようだ。「職場の人間関係」が問題化する前に、日頃から相談しやすい窓口を作っておくことが必要と思われる。

職場復帰を前提に考えた休職・復職制度へ変更

次に、職場復帰支援に関する実際の取り組みについて、お話を伺った。

「当社グループでは、過去、経営状態の悪化やリーマンショックの影響で合理化を余儀なくされたことが響き、従業員の離職率が高く定着率が低い時代がありました。また、人材派遣の特性柄、メンタルヘルス不調になった際には派遣契約が終了するとともに、そのまま当社を退職する者がほとんどでした。しかし、”従業員が安全・安心の下に働き最大のパフォーマンスを発揮することがグループの成長にも繋がる”との考えのもと、職場復帰支援にも注力する方針を打ち出し、従業員がメンタルヘルス不調を理由に休職したとしても復帰が可能な仕組みを整備することにしました。」

「そこで、グループ全社の”休職及び復職に関する規程”をレビューし、2013年8月に必要な改訂を完了しました。改訂では、休復職に係る手続きを明文化、復職に際しての産業医の役割も明記しました。産業医には定期的に本社オフィスや各拠点の安全衛生委員会に出席していただくとともに、産業医の診療所における個別面談対応も必要に応じてお願いしています。尚、従業員に休復職のプロセスの正しく理解してもらうために、Eラーニングも実施しています。」

「従前は、適切な休職期間が確保されているとは言い難く、また、グループ会社それぞれで期間も異なっていました。それを、今回の改訂で、休職期間を長めに設定していた事業会社のものにグループとして統一し、会社にとってはしっかりとしたプロセスに基づく判断のもとで復帰支援を可能とする態勢を整え、全従業員にとっては一定の安心感をもって治療に専念できるようにしました。これまで復職後の職場定着が困難だった多くは、短い休職期間ゆえの焦りもあってか、従業員または主治医側から無理に復職を望まれ、それを会社として受け容れ派遣先に配属してしまったケースです。このように性急に復職・配属したとしても、やはり再発症による再休職となってしまうことが多く、会社としてもお客さまである派遣先に迷惑をかける結果となってしまいます。本人の長い人生におけるキャリア形成の面でも良いことにはなりません。」

「当社では、休職期間中のリハビリ出勤は特に行ってはいません。営業担当や技術担当もしくは私たちが入念に面談をし、復職してから配属先で円滑に業務が遂行できるよう、ケースバイケースで対応しています。大別すると、『(1) 復職してから事業会社の拠点や事務所に通勤することで体慣らしをしつつ新しい配属先を探していく』、『(2) 社内研修機関であるラーニング・センターで技術研修を受講、更なるスキルアップを図りつつ通勤にも慣れながら配属に備えていく』、『(3) 復職と同時に新しい派遣先に配属されて働く』の3つのパターンとなります。」 「派遣会社の場合、復職後に新しい派遣先に配属することで、本人のキャリアの”フレッシュスタート”を支援できるという側面も持っています。例えば、職場の人間関係などがメンタルヘルス不調の原因で休職していた従業員が、復職後に新しい環境で人間関係などをゼロからリセットしお客さまの期待に応えるパフォーマンスを上げているケースもあります。」

「職場復帰支援の手引き」では、原則として元の職場への復帰を推奨しているが、派遣先のニーズに応えることが求められる派遣会社にとっては容易なことではない。一方、新しい配属先での復帰にメリットもある点に着目することで、円滑な職場復帰に繋がるものと思われる。

「最近では、お客さまである派遣先企業の意識も変わりつつあると思います。派遣エンジニアがメンタルヘルス不調で休職となっても、『治って戻ってくるのを待っています』と言っていただけるお客さまが、少しずつではありますが着実に増えてきています。正社員にとっても派遣社員にとっても、現代のストレス社会における業務環境は共通する部分もあります。派遣先企業においても、正社員のメンタルヘルス・マネジメントは極めて今日的な課題になっていますので、”職場復帰支援”そのものが徐々に社会的に認知され理解が進んでいることの表われかもしれません。一方、『戻ってくるのを待ってくれる』派遣社員は、高いスキルが評価されていたり、職場での人間関係が良好で親しみや信頼を寄せられていたりする場合が多いですね。やはり、日頃のパフォーマンスやコミュニケーション能力が重要なのだと思います。」

岩渕さんの実感から発言された「職場復帰支援そのものが、徐々に社会的に認知されてきている」ことは、多くの方々にぜひ伝えたい言葉である。

「復職後のフォローとして重要なのは、営業担当や技術担当、もしくは私たちとの間で定期的に連絡を取り合うことです。また、再休職とならないよう、ケースによっては提携機関のカウンセラーの面談を実施することもあります。しかし、人事労務問題が絡むようなセンシティブな対応を要する場合には、提携している外部EAP機関任せにしないで、私たち自らが相談対応します。私の場合は、最初は産業カウンセラーとして、全身全霊で時間をかけて傾聴に努めます。毎度のことながら、真摯な傾聴の姿勢が信頼関係を築くことに繋がることを実感しています。そして、その信頼関係をベースに、人事労務担当者として話をする段には、切り替えの旨を伝えた上で、会社としてのルールや方針を説明することにしています。このように対応すると、面談終了時に心から御礼を言ってくれる方や復職後に丁寧な状況報告をしてくれる方もいます。当社の従業員は、本当に真面目な方が多いのです。」

カウンセラーも兼務している人事労務担当者にとって、傾聴の力を実感している方は多いと思われる。その上で、「切り替え時」を本人に伝えることで、違和感なく人事労務の業務へとつなげることが出来ている。

「職場復帰支援」の取り組みは、従業員定着率向上の第一歩

最後に、人事・総務担当の常務執行役員、八木毅之さんにお話を伺った。

「当社グループは、幾多の苦難を乗り越えた後、この2年間、お客さまのご支援と従業員の奮闘のお陰で順調な成長を遂げることが出来ました。そこで、この成長の足取りを確かなものとし次のステージに上がるべく、2013年9月、グループの長期経営計画を取り纏め、会社の目指す方向や目標を社内に発表したところです。同時に役職員の行動規範を”社員の6つの約束”と称して定め、その一つとして『主体的に行動しよう』と全従業員に呼びかけています。その意味で、小山さんと岩渕さんが、これまでメンタルヘルス対策に主体的に取り組んできたことを嬉しく思います。トップダウンでないと動かない”指示待ち”の姿勢ではなく、従業員一人ひとりが自ら考え、工夫し、動くことができるようになれば、当社グループは、数値・規模・量の面だけでなく質の面でも成長することができるでしょう。

「最近では当社の離職率は相当低下してきました。様々な取り組みの効果が総合的に表われてきている結果でしょうが、メンタルヘルス対策や職場復帰支援は、企業として最低限必要な取り組みだと考えています。これからの時代、世の中の”ゲームのルール”に対応した経営を行っていかないと市場から退場を命じられてしまいます。 『エンジニアが能力を最大限発揮できる環境を築くことが私たちテクノプロ・グループの使命である』ことを念頭に、さらにグループ全体を良い方向に変化・進化させることで、従業員の定着率向上に繋がることを期待しています。」

人材派遣業においては、派遣先との関係性から、派遣社員のメンタルヘルス対策や職場復帰支援が難しい側面があったのかもしれない。しかしながら、「職場復帰支援が当たり前」との価値観が社会に広まることで、人材派遣業にとっても社会的責任を問われることになる。働く人としっかりと向き合った職場復帰支援は、結果として「離職防止策」に繋がっている。

【ポイント】

  • ①適切な休職期間を設定することで、休職者の不安や焦りが軽減され、会社としても職場復帰に向けた入念な準備ができるため、結果、再休職が少なくなる。
  • ②困難事例の対応の際には、じっくりと傾聴し信頼関係を構築した上で、人事労務上の必要な説明を行う。
  • ③職場復帰支援に取り組むことで、結果として全体の「離職防止策」に繋がる。

【取材協力】テクノプロ・ホールディングス株式会社
(2014年2月掲載)