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エプソン販売株式会社
(東京都新宿区)
エプソン販売株式会社は、セイコーエプソン株式会社の子会社であり、プリンターやプロジェクターなどEPSONブランドの製品の販売、マーケティング、プロモーション、サポートをしている。営業先は販売代理店が中心であり、主に家電量販店等向けの「コンシューマチャネル」と法人向けの「ビジネスチャネル」とに分けられる。従業員は約1860名。営業部門が約半数、それ以外はサポート部門やスタッフ部門である。新宿の本社部門に約半数の900名が在籍している。北は札幌支店から南の沖縄営業所まで、全国に30の営業拠点を配置している。
今回は、総務部(人事)課長の大矢進一さん、総務部(人事)健康管理室の保健師である吉田鈴さんのお2人にお話を伺った。
誰もが相談できる「健康管理室」を目指して
最初に「健康管理室」立ち上げの経緯について大矢さんからお話を伺った。
「1998~1999年頃、当時から私は人事部門にいました。社会的にもうつ病等の精神疾患が認知されつつある中で、数は少なかったのですが、少しずつメンタルヘルス不調による長期休業者が出始めた頃です。また、会社としての法令順守の観点からも職場のメンタルヘルス対策を取り組むこととし、2000年に”健康管理室”を立ち上げました。当初は健康診断を軸に身体的な面でのケアが中心でしたが、併せてその当時からメンタルヘルスケアもしていこうとなりました。常勤保健師1名で、産業医は週1日の非常勤、産業カウンセラー1名が週2日の非常勤といったメンバーです。産業カウンセラーは、メンタルヘルス不調者がいた場合の相談対応や職場復帰後のケアなどを実施していました。」
「ちなみに、親会社(セイコーエプソン株式会社)には健康管理室が各事業所にはありました。ベテランの従業員が中央労働災害防止協会の資格を取得し、”心理相談員”として、THP活動の中で、相談対応を行っていました。親会社からは、そういった活動があるということをアドバイスしてもらっていました。私たちも1999年頃に”心理相談員”の勉強をし始めて、いろいろな知り合いができ、意見をいただきながら学びました。そこで、カウンセラーの必要性を感じ、立ち上げ当初からカウンセラーを配置することにしました。当時は私自身、メンタルヘルスに関する知識もあまりなかったので、相談対応をしながらも結局最後は、従業員の求めるまま休職の手続きをといった流れが多かったかと思います。さらに勉強しなければならないと考え、2001年に産業カウンセラーの養成講座も受講しました。」
「その後、徐々に体制も強化されてきて、従業員数の多い拠点には常勤保健師を配置し、健康診断後の事後フォローを行うなど、産業医と共に仕組みをつくって行く中で、メンタルヘルスに対する従業員の認識も高まっていったと思います。現在、健康管理室では常勤産業医1名、常勤保健師2名のメンバーです。保健師がカウンセラーの役割も補っています。」
さらに吉田さんからもお話を伺った。
「”健康管理室”へ行くことのハードルが低くなったのは、ここ2~3年だと思います。それまでは、健康管理室は『健康診断結果が悪くて、呼ばれたら行くところ』という感覚が従業員には多かったかと思いますが、個別面談や拠点訪問時の全員面談を健康管理室設立時より続けてきたことで、最近は『皆、自由に相談に行っていいところ』という感覚を少しずつ持っていただくようになり、積極的に利用したり、何かあれば相談しようとする方が増えている印象です。」
人事労務担当者が社内のメンタルヘルス対策について学ぶ際に、「心理相談員」や「産業カウンセラー」の講座を受講している方は多い。それら学んだことは「健康管理室」体制づくりに活かせるものと思われる。
職業性ストレス簡易調査結果をもとに、自発的な職場改善へつなげる
次に、この10年間のメンタルヘルスの取り組みについてお話を伺った。
「1つ目が”経営陣への理解”、2つ目が”管理監督者への働きかけ”、そして3つ目が”全従業員への働きかけ”といったところですね。”経営陣への理解”では、幸い歴代の社長は、非常にメンタルヘルスへの理解がありました。『従業員の安全・健康を守る』という点は、毎回、挨拶の冒頭で述べるくらい意識づいています。”管理監督者への働きかけ”では、健康管理室が立ち上がった時から、管理職研修の一環として、メンタルヘルス不調者への理解と対応といった内容で産業医に講演をお願いしていました。ただ、当時の管理監督者の多くは、受講しても他人事のような感じでした。そこで、2005年に外部EAP機関に依頼して、管理職全員に対して、1日かけて傾聴のロールプレイと事例を中心とした研修を行いました。以後は、節目節目で健康管理室スタッフが講師となってラインケア研修を定期的に行っています。”全従業員への働きかけ”では、全員に対して社内Eラーニングによるセルフケア研修を行っています。」
「また、全従業員対象に定期健康診断時に”職業性ストレス簡易調査”を行っています。目的は、1つは『本人に気づいてもらうため』。もう1つが『ストレス状態の高い従業員を把握するため』です。ストレス状態の高い従業員は心配ですので、健康管理室から声をかけて状態の確認、場合によっては継続的な支援を行っています。あくまでも従業員個人への働きかけ、セルフケアが主ですが、このストレスチェックの結果は、会社全体でまとめて、年に1度、健康診断統計や長期休業者の状況と合わせて健康管理室から経営幹部に報告しています。実際、それらの報告後に、質問項目を独自に作成した”職場自立活性調査”を実施した部門もあります。該当部門全員に今の職場環境での満足度ややりがいに関するアンケート調査を行い、課題を明確にして具体的な対応を実施していました。その他、拠点を廻って直接、対話集会をした管理職もいれば、少人数での本音での会合を多くもった部門もあります。これらは、私たち人事部主導ではなく、それぞれの部門が独自に動き、それぞれに則した対応が実施されています。」
ストレスチェック結果から得られた組織傾向をもとに職場改善を行う場合、それぞれの組織がいかに自律的に行うかが重要だと思われる。問題点も改善策もその職場が積極的に行動しないと分からないものである。
休める環境をつくるために会社の携帯電話とモバイルパソコンを回収する
次に、職場復帰支援に関してお話を伺った。
「以前から、発生ケースに応じて職場復帰支援の対応はしていました。ケースや担当によってバラつきがあってはいけないということで、2007年に”職場復帰支援プログラム”を定めました。基本的には厚生労働省が定めている手引きに準じています。」
「長期休業中は、基本的には、健康管理室を窓口とし人事や管理監督者と連携をして従業員のサポートにあたっています。以前は、会社の携帯電話とモバイルパソコンを長期休業者に預けたままでしたので、会社のメールや仕事の動向が気になりいつも見ている従業員もいました。休業中は会社や仕事のことを一切考えないように促す意味で、最近では長期休業に入る際に、会社の携帯電話とモバイルパソコンは、一旦会社側で引き取ることにしています。療養に専念していただきながら、休業中も健康管理室スタッフが月1回程度、面談や電話で状況確認を行っています。」
「通勤練習」を通じて、同僚と会うことの負担を徐々に軽減
「職場復帰可の診断書が出た後、産業医面談を経て、本人、管理監督者、人事労務担当者、健康管理室(産業医、保健師)の4者面談を必ず実施しています。産業医の専門的な知見は欠かせません。また、復帰前には2週間程度の”通勤練習”を行っています。駅までではなく、できる限り会社の建物の中まで入ることをお願いしています。他拠点でも、それぞれに”通勤練習”を実施し、その経過を健康管理室へ報告してもらいます。実際に来てもらうことで、私たちも状態を把握できますが、本人も通勤練習を通して自分の状態が改めて分かります。こうして、両者が納得した上で復帰可としています。この取組みは、数年前から実施しています。通勤練習は、『誰かに会うかもしれない』という心理的負荷の中で、想定以上に会社に来ることの負担があるということをご自身で確認していただくという意味でも重要なプロセスと考えています。最初は、同僚に合わないようにエレベーターも隠れながら来ている方もいましたが、『人に会うことも練習の1つです。通勤時間帯に知り合いに会ったら、会話ができることを確認していきましょう』と伝えて、少しずつ慣らしていくこととしています。 」
「通勤練習」のメリットは、通勤時間帯に出社することで、生活リズムの確認と、電車等交通機関利用に慣れることにあるが、同僚や知り合いと会うことに慣れることも効用としてあることを改めて認識した。
「職場復帰に際しては、8時間勤務ができることを前提に主治医に判断していただきます。しかし、そうは言っても会社側の配慮として、短時間勤務から始めることが多くあります。短時間勤務は長くても3か月間です。始業時間は9時からですが、そこは守るようにしています。段階的に3時間、6時間、8時間と延ばしていきます。早い段階で8時間へできる方もいますし、たまに3か月間ギリギリまで時間がかかってしまう方もいます。この間も2週間~4週間毎と定期的に、産業医の面談を実施しています。基本的に勤務時間に変更がある時には、産業医面談の後に4者面談を実施して変更しています。8時間働けることを1つの判断基準にしており、継続的に8時間勤務が可能であることを確認した段階で、”職場復帰支援プログラム”は終了となります。」
「職場復帰後どうするかは、4者面談の中で時間をかけて確認し話し合います。病気の症状や対応方法に関しても、本人が望むなら、職場の同僚など関係者に事前に話をすることもあります。その方が楽だという社員もいます。また、管理監督者がずっと支援している訳にはいかないので、身近でフォローできる支援者を担当につけてもらうようにしています。また業務内容は形式的なものではなく、比較的実務に沿った内容にしています。週ごとに本人からは、”復職状況確認表”を提出してもらいます。これらをもとに管理監督者が週に1回本人と面談をし、レポートを人事及び健康管理室に上げてもらい状態を共有しています。」
人事部門に健康管理室が所属することで、様々な「どうする?」に対応
「そもそもメンタルヘルス不調による休職者の数は多くはありません。よって、”職場復帰支援プログラム”の内容そのものは当初つくったものから今も大きく変わっていません。ただ、この”職場復帰支援プログラム” を活かそうという周囲の理解は進んだと思います。復帰後、本人の調子が悪いと感じた管理監督者は、人事労務担当者なり健康管理室にすぐ相談するようになりました。職場とより連携がしやすくなった印象はあります。」
「また、連携という点では、人事部門に”健康管理室”が所属していることも意味が大きいです。職場復帰の際には細々とした『どうする?』が多く発生しますので、人事部門としての調整も必要となります。両者がいつでも相談できる距離にいます。医療従事者としての守秘義務の線引きはしっかりとしながらも、連携をとることで、支援が行いやすい環境があります。」
最後に、今回の取材には広報・宣伝部の吉田知美さんも同席された。取材の最後に、一社員として実際にメンタルヘルス対策を受ける側の吉田さんから、率直なお話を伺った。
「メンタルヘルスはセルフケアについてEラーニングで学びましたが、詳しい取り組みの内容は知りませんでした。先程もありましたが、健康管理室は、『健康診断の結果が悪かった時に呼び出されるところ』という認識が強かったです。ただ、これまで、復帰されている方と実際に接すると、とても前向きな方が多く、私の方からも話しかけやすいと感じていました。今日、詳しい取り組みの内容を聞くことができ、その背景には健康管理室が細かくケアされていて、だからこそ復帰された時に、みんなとコミュニケーションをとりやすいのだと改めて感じました。」
社内のメンタルヘルス体制構築にあたり、「人事労務部門」と「健康管理部門」の位置づけは、企業によって様々である。ただ、両者が連携しないことには、職場復帰は円滑に進まない。その点で、随所での「4者面談」による関係者間の意思統一が大切であることを改めて認識した。円滑な職場復帰を多くの従業員が目の当たりにすることで、自身の長期休業に対する不安は大きく軽減する。健康管理室のきめ細かい対応が職場復帰後の自然なコミュニケーションを生み出し、前向きな気持ちでの復帰に繋げているのだろう。
【ポイント】
- ①長期休業中は会社から支給している携帯電話やモバイルパソコンは回収し、仕事のことを考えない環境をつくる。
- ②通勤環境のみならず、人とのコミュニケーションの負担を徐々に慣らしていくために、「通勤練習」を実施する。
- ③随所で「4者面談(本人、管理監督者、人事労務担当者、健康管理室)」を行うことで、関係者間の連携をはかる。
【取材協力】エプソン販売株式会社
(2014年1月掲載)
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