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KYB株式会社
(岐阜県可児市)
名古屋駅から名鉄で北上して約50分。都市部から市街地を抜けて田園地帯となり、愛知県との県境を超えるとすぐに岐阜県可児市がある。最寄駅の可児川駅前には、KYB株式会社の岐阜南工場が広がっている。1935年に創立された株式会社萱場製作所は、2005年には通称社名として、KYB株式会社を採用。油圧技術の開発を核に、自動車、建設機器、特殊車両など様々な産業にて、油圧技術の応用商品が利用されている。本社単独での従業員数は2013年3月現在3,846名、関連会社まで含めると12,306名にもなる。岐阜地域に関しては、北工場が約1650名、南工場が約750名、東工場が約300名と合わせて2700名もの従業員を有している。
岐阜人事部長の川浦且博さんは、全社健康管理部門の担当幹部である。岐阜地域を主に監督しながら、全社を監督する立場にもある。現在、岐阜地域の健康管理室における産業医は、3名。看護職は、北工場は3名、南工場は1名、東工場は1名である。今回は、東工場の保健師である高野真由美さんを中心に、北工場の保健師である中村美樹さん、川浦部長の三人からお話を伺った。
従業員2700名に対する全員面談の実施
最初に職場のメンタルヘルス対策に取り組むきっかけについて、詳しく伺った。
高野保健師 「弊社がメンタルヘルス対策に積極的に取り組み始めたのは2007年です。当時の社長からのトップダウンでした。『知り合いがうつになってショックだ。当社にうつの従業員はいないか心配だ。外部委託しているカウンセラーをうまく使えないか』といった社長の話から、『社員全員1回カウンセリングを受けたらどうだ』となり、全員面談が決まりました。」
「実施にあたって現場の看護職が集められ意見聴取されました。その結果、外部委託のカウンセラーでは全員に面談をする程の時間が得られないこと、面談結果の会社への報告に制限があることなどから、社内の看護職が対応することとなりました。さらに、1年間で従業員全員に面談するために看護職の増員が図られ、全社でそれまで4名だった看護職が9名となりました。岐阜地区においては、2名から5名となりました。」
職場のメンタルヘルス対策に取り組むきっかけとしては、経営者の当事者意識がとても重要だと思われる。全員面談実施への流れにおいても、社内の既存の人的資源がうまく活用されている。
高野保健師 「全員面談の方法は、各事業所に任されました。私たち岐阜工場では、2008年から定期健康診断の事後指導に合わせて全員面談を実施しました。そのため、職場には勤務時間中に50分の面談の時間を確保しもらいました。内訳は、最初10分で “職業性ストレス簡易調査票”と問診票を記入してもらいました。問診票を記入してもらっている間に、ストレスプロフィールを作成し、それをもとに、『疲労感の項目が高いね。最近疲れているのかな』、『職場の対人関係でのストレスが高いね。何かあったのかな』といった話から面談を始めていきました。こういった面談で30分。あとの10分間は健康管理室への移動時間ですね。時間オーバーはできないので、継続面談となった場合は、次回としました。」
中村保健師「再度面談をする場合は、基本的には所属長を通じて面談日を決めた上で、勤務中に相談に来ていただきます。相談内容はもちろん個人の問題なので、所属長には言いませんが、所属長達は趣旨を理解してくれているので、来室はスムーズです。最初の2年間は、年間約3000人に対してひたすら、朝から晩まで面談を実施していた感じでした。それに継続面談の方や飛び込み相談の方で、毎日相談室にこもりっぱなしでした。」
「全員への面談なので、当初は、面談に懐疑的で反発されるような社員もいました。でも、最近は、面談を楽しみにしている社員もいてくれて嬉しいです。私たちも初めての経験だったので、自己紹介してから面談を始めていきました。全員面談の目的のひとつに、私たち看護職の顔と名前を知ってもらうこともありました。今後、長い付き合いになるからこそ、自分の人となりを知ってもらって、自分を売り込まなきゃ、みたいな使命感がありました。」
社内に健康管理室があっても、どういったところか具体的なイメージがないと最初の一歩に抵抗を感じ、なかなか相談に行きにくいものである。全員面談を通じて、看護職を知ってもらうことで、「健康面で何かあれば、この人に相談すればいいんだな。」という安心感に繋がる。
高野保健師 「全員面談がうまくいったのは、川浦部長が事前に工場長や管理職に”安全衛生委員会”にて周知し、働きかけてくれていたことが大きいです。全員面談は、会社の方針で行うことだと全従業員に事前に理解していただいていたので、とてもやりやすかったです。」
「また、全員面談や相談対応に際しては、健康管理室の事務担当者が個人票の管理や全員面談の対象者の抽出などの作業に対応してくれています。事務担当者が活動のベースを作ってくれるので、私たちは、看護職として専門性の必要な仕事に集中できます。相談対応者である看護職が事務作業ばかり時間に追われるのは、もったいない使い方だと思いますので、そういう点でもこの体制はありがたいと思います。」
事務担当者の支援があることは、看護職が本来の実務を遂行していく上で、大変意味がある。また、それら実務に際し、事前に上司である人事部長が、下地づくりをしていることも心強い。
全員面談による気づきから始まったメンタルヘルスの予防策
高野保健師 「2年間、全員に面談を実施している内に、職場の問題点もいろいろと分かってきたし、さすがに看護職も数をこなすことに疲弊してきたので、予防的な活動にも力を入れていこうと、3年目からは2年かけて全員面談を完了する形で実施することとしました。」
川浦部長 「問題点の1つが、メンタルヘルスの予防策が手薄だったことです。そこで、弊社の教育部門である”人財育成センター”と連携し、階層別研修にメンタルヘルス教育を取り入れることとしました。ちなみに、この人財の”財”は人の力を社の財産として大切に育てようという弊社の理念から使っている文字です。最初は、新入社員研修時に、セルフケア教育を取り入れ、秋には管理監督者全員にラインケア研修を行いました。最近では、入社3年目研修、幹部3年目研修、中途採用時研修でもメンタルヘルス教育を取り入れています。また、今年度はグループ会社にもメンタルヘルス研修を行うことを予定しています。」
高野保健師 「教育研修は基本的には私たち社内の看護職が、講師となっています。全員面談を通じて得られた、従業員の生の声、上司・部下それぞれの生の声を踏まえて、事例検討も行いました。」
社内担当者が講師を務めることで、その企業の事情に沿った内容で研修を行うことができる。また、入社後の節目の研修に関しても、社内データを元に時期や内容を検討できることは心強い。
全員面談時のストレスチェック結果を組織活性化に活かす
中村保健師 「組織において管理職の影響は大きいものですから、2010年から職業性ストレス簡易調査票から得られた”仕事のストレス判定図”の結果を、組織の傾向としてまとめ、部門長に個別に説明をしています。面談の中で、『この数値が高いのは、何か原因があるのでしょうか』、『他の部署と何が違うのでしょうか』、『職場環境の雰囲気を変えるにはどうすれば良いでしょうか』といったことを一緒に検討します。すぐ改善までは難しいですが、熱心な部署は、職場に持ち帰って、全管理職に話をして、改善策を検討している所もあります。このような自発的な活動は嬉しいです。集団としてのストレスが低い部署はやはり、管理職がそういった働きかけをしています。その話しを聞かせてもらうことは、私としてもとても勉強になります。」
高野保健師 「組織別の傾向説明に際しても、最初に幹部会で、川浦部長が工場全体の傾向を説明していて、『詳しいことは専門的なことになるので、看護職が個々に説明する』という流れをつくってくれていました。そういう仕組みがないと私たちも仕事できないですよね。このような体制を部長が常につくってくれることはありがたいことです。ついていく方は大変ですが…(笑)。」
川浦部長 「今は看護職は大変でしょうが、メンタルヘルス不調の従業員が減れば、看護職の仕事は減るでしょう。仕事というのは、日々改善されないといけない。そういった考えは常に頭にあります。結果が出ないといけないのですけど、メンタルヘルス不調者が減ってくれば、もっと他のことに時間が取れる。最終の目標はメンタルヘルス不調者をゼロにすることですから。」
「確かに最初の頃は、仕組みづくりで大変でしたが、今はそうでもない感じです。実際大変なのは、相談の後、フォローアップを行う看護職です。その後の展開は専門職じゃないと難しい。専門職には、”個別の対応”と”組織への対応”と両方の視点が必要です。」
組織ごとにまとめたストレスチェック結果をデータとして各部門長に提示することで、組織の職場環境改善へ繋がるきっかけとなっている。その仕組みの中で大きな役割を担っているのが、専門職である。そして、彼らがその役目を実践しやすい環境を形成するのは、上司である人事部長なのであろう。
休職前から始まっている職場復帰支援と短時間勤務を中心とした職場復帰後のフォロー
次に、職場復帰支援に関して、お話を伺った。
中村保健師「休職に入る方には全員、まずその時点で会ってお話しします。その後、休職中も電話をして、日常生活の状況だとか治療の状況だとかを伺っています。そして、そろそろ復帰を・・となったら、主治医に復帰の可否を判断してもらい、復帰の調整に入ります。”朝は定時に出社できるか””体力的に大丈夫か”などを定期的な面談を通じて確認し、職場と連携をとりながら、進めています。休職前から丁寧なやり取りを続け、復職に至るまで繋がりを持ち続けていくことが大切だと考えています。だから、いきなり”職場復帰可の診断書”が出てきて、本人も受け入れ側も大慌てすることはないですね。」
川浦部長 「”職場復帰短時間勤務制度取扱基準”を、全社的な会社の規程として定めています。全員面談を開始した時期に定めました。この規程では、”職場復帰短時間勤務制度”を復帰前のリハビリ出勤ではなく、復帰後の短時間勤務制度としています。よって、賃金も時間給で支払われています。」
高野保健師 「職場復帰可否の判断は、業務遂行能力が7~8割の段階としています。1日8時間出勤できるけれども、念のため、慣らしのために、短時間から始めてみましょう、といったものです。実際に運用してみると、”仕事の量や質の問題”が大きくて精神疾患になったと思われる場合は、段階的に仕事量を調整したり環境を変えたりすることでかなり効果があるように思います。逆に、 “本人の認知の捉え方から生じる問題”が大きくて、そこが解決していない方は、また同じことが問題になって再発しているように思います。再発される方は、職場環境を変えただけではうまくいきません。定期的に面談をするのですが、なかなか簡単には、認知の捉え方は変わらない。ですから、このように運用してみても、効果がある場合と効果がない場合など個々に違っています。」
全員面談を実施していることで顔見知りでもあり、休職前から看護職に相談しやすいものと思われる。職場復帰可の診断書提出で焦らないためにも、休職前から休職中、そして復職に至るまでの一貫したフォローが大切であることを物語っている。
高野保健師 「距離的な問題はありますが、”岐阜障害者職業センター”のリワーク施設も利用しています。何度か利用してわかって来たのですが、リワーク施設に通って成功する人は、ふりかえりができる人のように思います。『自分の何かに問題があって、現在の状況にあるんだ』という認識が持てている人は、うまく復職につながります。環境や職場の責任にし『自分には問題がない』と思っている人だと、いくらリワークをやっても難しいように思いますね。」
高野保健師による現場視点でのリワーク施設利用の考え方は、とても参考になった。
高野保健師 「復職者の受け入れ側の職場には”復職後業務計画(6か月間)”に沿って、”職場復帰支援プラン”を作成してもらっています。復職後は復職前の8割を目標とした業務内容を記入してもらいます。そして、その業務内容が遂行できることを目指して、段階的に業務を増やしていきます。受け入れ側の職場で『とりあえず何か仕事をしてもらう』じゃなくて、『この人に最終的にどのようになってもらいたいか、どこまで目指すのか』という点をイメージするのにすごく役に立っていて、復職者本人にも説明しやすいし、わかりやすいのでこれを使っています。」
「その他には、本人に書いてもらう”勤務日誌”や所属長に評価してもらう”実績報告書”などを活用し、復帰支援に役立てています」
職場復帰に際して、受け入れ側の職場が『とりあえず何か仕事をしてもらう』という感覚でいることは、本人にとってもその職場にとっても、生産的建設的ではない。『最終的にどのようになってもらいたいか、どこまで目指すのか』を最初に文章化し、ゴールを共有し、そこを目指して皆が支援していく仕組みは、復職を単なる職場復帰としてだけではなく、 人財育成的な視点を感じる。
蓄積された社内データから読み解くメンタルヘルス対策の効果
最後に、これらの取り組みに関する効果についてお話を伺った。「メンタルヘルス対策評価(2008年度~2012年度)」として、表計算シートに各年の実数がまとめられている。
高野保健師 「このような取り組みの中で、”休業率”、並びに”休業延べ日数”は、ここ2年間減少しています。”現職死亡者数”は、1983年以来5年ごとの合計値をまとめているのですが、直近の2008年~2012年は、1番多かった期間よりも3分の1以下にまで減少しました。自殺に関しては0人です。がんに関しても、検診で見つけることができないがんを除き、ほとんど早期発見早期治療に結びつけることができたので、死亡者を大幅に減らすことができました。かなり念入りに保健指導をしていますので、その効果かなと。こういうのは2008年以降全員面談を行うようになって、従業員の名前と顔が分かるようになったからこそ、いろんなことが言えるようになったんだと思います。そういった環境ができましたね。メンタルヘルスの相談対応に関しては、”相談件数”、”相談実人数”共に、2008年からの最初の3年間は右肩上がりに増加していましたが、ここ2年間は減少して落ち着いてきました。」
中村保健師 「上司からの相談に関しては、最初の頃、『休職の診断書が出てきちゃったけど、どうしよう』とか、『あいつ1週間出て来なくなっちゃったけどどうしよう』といったように、問題が大きくなってからの状況での相談がほとんどでした。でも、最近では、『今週になって2日間欠勤があったんだけど、どうすればいいかちょっと相談に乗ってくれない』とか『この1か月、月曜日は常に半休なんだけど、これって調子悪そうだよね』といった早期の段階で相談に来るようになりました。また、従業員も上司に勧められて相談に来ることが多いです。全員面談を通じて私たち看護職の顔を知ってもらったことが大きいと思います。私たち自身も全員面談で相談対応の力をつけることができました。」
「最近思うのは、少し職場環境を調整するだけでも、従業員のメンタルヘルス不調が大きく改善される事例は多いという点です。最近は、”職場環境調整”に時間をかけています。そこで、上司と健康管理室と本人とで話をして、調整をすることが多くなりました。そうなると1人の従業員にかける時間は長くなりますが、休まずに良くなっていく方もあります。また、先日はある係長から、『気になる人がいたから、面接して役割を外したら元気になったよ』と事後報告を受け、職場も少しずつ変わって来ていると実感しています。」
「個別対応にあたっては、看護職で対応できない場合は、部長が引き継いでくれるという安心感があるので、専門職としての力が発揮しやすいように思います。」
KYB株式会社における職場のメンタルヘルス対策では、保健師を中心とする看護職が、研修講師を務め、従業員との窓口となり相談対応、環境調整を行うといった重要な役割を担っている。その効果の一つとして、管理者が部下の不調に気づいて、相談につながっている。彼女たちが自信を持って業務遂行できるのも、信頼できる上司が背後で支えているからでもある。全員面談をはじめとする対面で話をすることの大切さ、そこから生まれる個人と個人の信頼関係が、しいては職場環境全体の改善につながっているようであった。
【ポイント】
- ①全員面談や研修講師を通じて社内看護職と従業員との間で面識をつくっておく。
- ②ストレスチェック結果を組織ごとにまとめることで、組織での自発的な職場環境改善を促す。
- ③職場復帰に際しては、休職中から連続的にしっかりと関わり続ける。
- ④人事担当の責任者などが事前に管理職に説明するなどしっかりとバックアップすることで、社内看護職が活動しやすくする。
【取材協力】KYB株式会社
(2013年9月掲載)
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