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株式会社フジミインコーポレーテッド
(愛知県清須市)
名古屋駅からJR東海道線で1駅、枇杷島駅から歩いて約15分のところに株式会社フジミインコーポレーテッドの本社がある。新興住宅地の合間に小さな工場がいくつかあるのだが、名古屋駅からたった1駅しか離れていないことを忘れてしまう程、のどかな光景である。従業員数は全社で約690名。本社地区は約190名で、その内約40名は併設する工場での勤務である。1950年の創業以来、分級技術などを活かした精密人造研磨材メーカーとして独自の歩みを続け、蓄積されたノウハウと研究開発から生まれた製品の数々は、光学レンズ用研磨材から出発し、シリコンウェハーに代表される半導体基板の鏡面研磨、半導体チップの多層配線に必要なCMP(化学的機械的平坦化)、ハードディスクの研磨など高精度な表面加工が求められる先端産業に欠かせぬものなっているとの事であった。
今回は、総務部の藤川佳明さん、人事部の杉山嘉一さん、香村貞幸さんの三人を中心にお話を伺った。
「全国労働衛生週間」のスローガンから始まった職場のメンタルヘルス対策
最初に藤川さん中心に、メンタルヘルス対策に取り組むきっかけなどを伺った。
「8年くらい前、”全国労働衛生週間”のスローガンの中に、”こころの健康”という言葉があり、社長が『当社もメンタルヘルス対策に取り組む時期じゃないか。』といったところから、メンタルヘルス対策を始めることになりました。当時、社内にメンタルヘルス不調者がいるとか、休職者がいて困っているといった問題はなく、社会情勢から始めたということになります。」
全国労働衛生週間は、厚生労働省と中央労働災害防止協会の主唱により、昭和25年から実施されている。労働者の健康管理や職場環境の改善等の労働衛生に関する国民の意識を高めるとともに、職場での自主的な活動を促して労働者の健康の確保等を図ることを目的としており、平成25年で64回目を迎える。毎年、10月1日から10月7日までを本週間として、9月の準備月間と合わせて、期間中はポスターなどが掲示されている。こうした周知が職場のメンタルヘルス対策の一役を担っていることの現れであろう。
「そこで、メンタルヘルスの専門業者である外部EAP(従業員支援プログラム)機関に相談して、メンタルヘルス対策を実施することとなりました。手始めにお願いしたのが、外部産業カウンセラーによる相談窓口設置とメールによる相談です。ただ、最初の半年間はなかなか相談に行く従業員はいませんでした。社内告知はしていたんですけどね。そこで、外部産業カウンセラーが事業場内を巡回して、従業員全員とカウンセリングを行うことにしました。このような”体験カウンセリング”は、従業員1人につき30分ずつ、約2年間かけて実施しました。自分からは積極的には相談に行けなくても、全員への体験カウンセリングとなると、『実は…』と話す従業員が思いのほか出てきました。これは想像していたのとだいぶ違うなとなって、メンタルヘルス不調者を継続的にフォローするようになりました。」
「その他、メンタルヘルス研修としては、ラインによるケア、セルフケア、その他テーマを決めて自律訓練法、リスナー研修(積極的傾聴法)なども行いました。リスナー研修に関しては、5年前に役職者約250名全員に対して行いました。その後も毎年、新任の管理職や中途入社の役職者にはリスナー研修を実施しています。1回の研修で部下の話が聴けるようになるといったことではなく、『ちゃんと聴けていないなぁ。』という自覚を本人に持ってもらうという意味では、管理職に対して警鐘を鳴らすことができたと思います。『自分の言いたいことが先走っちゃって、相手の話を聴けていなかったなぁ。』といった声もありました。」
リスナー研修は実習が中心であるため、実際にやってみることで気づきを多く得ることができる。
「また、会社として産業カウンセラーの資格を取得することを薦めています。人事部、総務部に所属する従業員の他、管理監督者、今では工場の管理をされている課長にも薦めています。既に7名が資格を取得しました。」
1シートにまとまった職場復帰支援プログラム
次に、「職場復帰支援」の具体的な取り組みに関して、香村さんを中心にお話を伺った。
「これまでも職場復帰に関しては、従業員が少しでも働く喜びを味わえることを考慮して、判断してきました。当社には人を大切にする風土があります。今の社長も当然、それを強く意識しています。メンタルヘルス不調者を従業員皆で一緒にフォローしていって、その人たちも働く喜びをみんなで感じあおうよ、という風土ですかね。そして、6年前からは、さらにしっかりとした仕組みを作っていきましょう、ということで、職場復帰支援のルールとして、”職場復帰支援プログラム”を作成しました。休職開始時に、この1シートにまとめた”職場復帰支援プログラム”を見せながら説明しています。」
職場復帰において、改めて「働く喜びを味わう」という考え方はとても素晴らしいと思えた。
「短時間勤務に関しては、復職可となって賃金が払われるようになってから、第1段階は午前中勤務。第2段階は午後3時まで。第3段階は定時までで、最後は制限解除と徐々に延ばすようにしてきました。主治医、上司、産業医、外部産業カウンセラー、そして私たち総務人事など関係者の答えが出そろった時に、勤務時間を段階的に延ばすようにしています。」
「短時間勤務期間中においても、朝は必ず始業時間に出社してもらいます。生活リズムを朝型にすることは、非常に大事だと思うのです。朝日を浴びて出社して来てね、朝はみんなで顔を合わせて挨拶する。そして、午前中勤務でも食堂でみんなで顔を合わせて、昼食を食べてから帰ってもらうようにしています。お昼は皆、仕事を止める区切りでもあるし、復職に際し、人に慣れるという目的もあります。」
午前中勤務というと、ゆっくり出社して昼食は帰宅してからと思いがちだが、始業時間を合わせてみんなで昼食をとることは、生活リズムを改善する点と共に、コミュニケーションを良くする点にもつながる。
「また、休職者にとって収入面は非常に心配している部分ですので、1シートに”傷病手当金”の受給可能期間も示すようにしました。また、長期休職した際、給与の一定額が保障される民間の保険にも会社として入っていますので、傷病手当金に上乗せする形で支払うことができますし、傷病手当金の受給期間終了後も、給付金を支払うことができるシステムとなっています。」
「本人の気持ちが整うまでじっくり待つ」企業風土
「休職期間は勤続3年以上で”一応”1年。”一応”というのは、会社としてなるべく待つようにしているからです。ただ、病気が快方に向かっていると、ある程度確認できた時であって、いたずらに待つという訳ではありません。『待つことに意味がある。』その場合は待ちますよね。」
「何度も何度もトライして、傷病手当金の支給期間も終了してしまって、もう、いっそ、新たな進路を考えた方が、かえって良い場合もあります。その場合は、本人とじっくり話をし、本人も十分納得した上で、退職手続きをとっています。本人の答えが出てくるまで、本人の気持ちが整うまで、じっくり待っていることが、大事だと思います。こんなこと他の会社で言うと、ちょっと筋違いな話かもしれませんが、当社ではそういうふうに考えています。本人も納得した上で、退職している。その点ではこれまで、休職者との間でこじれたケースはありません。」
復職支援においては、残念ながら、復職できずに退職される方もいるだろう。その場合でも、会社側は本人と真摯に向き合って話し合い、対応することが大事だということを考えさせられた。
「休職期間の長い方では5年位、休復職を繰り返している事例もあります。その休職者に対して、『考え方にせよ、働き方にせよ、何か意識的に変えてみませんか。』と言うのだけれども、ある程度の年齢になると、簡単には変えられない。このあたりが後手に回っている感も確かにあります。そこで、組織として一次予防に力を入れるため、今年4月に総務部の中に”健康推進課”をつくりました。」
「健康推進課では、看護資格を取得している社員を新たに採用して、相談対応を行っています。『もっと積極的にメンタルヘルス対策に取り組んでいかないと』の社長の思いもあり、他の業務との兼務ではなく専任として担当してもらうことにしました。」
障がい者支援と職場復帰支援における考え方の共通点
「企業理念としては、障がい者支援に力を入れていますね。多分そこから、メンタルヘルスの分野でもなんとか働く場を提供して支援していこうという発想になっているんだと思います。障がい者雇用を積極的にやっている企業が、自分のところの会社の仲間が精神疾患になった時に、すぐに退職っていうかというと違いますよね。」
障がい者に対して支援しようという風土は、復職者にとっても社会復帰しやすい会社なのだと思えた。 次に復職後のフォローアップに関してお話を伺った。
「復職する部署は基本的には元の職場にと思うのですけれども、本当に人間関係がこじれたところに、また戻すというのはかえって遠回りなところもあります。そこで、本人が”働きやすい職場”が他にあるのであればという観点で調べるのですが、”働きやすい職場”とは、2点あります。本人の職種が結構似ているという点と、本人を受け入れてくれる上長がいるという点です。この2点は絶対におさえるようにしていて、それができない場合は、人事部か総務部で受け入れるようにしています。」
「受け入れ側の現場上長による支援はものすごく大きいですね。工場においてそのような上長は、①面倒見が良い人、②相手のペースで待てる人、そして、③本人がまだ仕事をしたいと言っても『今日はもう帰ろうね。』と言って仕事を切り上げることができる人の3点を兼ね備えている方だと思います。」
「それもこれも、昔から人を大切にするという企業文化があるからだと思います。企業風土は、受け入れる上長の理解と人事部総務部の熱心なフォローとがうまく重なり、それらが、現場の一般従業員にもうまく伝わっていくことで継承され、創られていくのだと思います。」
このような環境で育った一般従業員が管理職になり、また同じような理解・態度で周囲に接していく。このようにして企業風土は引き継がれていくのかもしれない。会社に大切にされてきたという経験がある従業員だからこそ、やはりメンタルヘルス不調者を決して見過ごすことのできないという気持ちが自然と生まれてくるのであろう。
「復帰した後には、外部産業カウンセラーによる月1回の面談を実施しています。これも復職成功のための大きな要因の1つだと思います。職場の上司が『大丈夫?』って聞くと、本人は、『大丈夫。』って答えるじゃないですか。人事部長が『どうなの?』って聞くと、『問題ないです。』って答えるじゃないですか。けれども、カウンセラーが、『どうですか、その後?』と聞くと、『実は…』って話ししやすいでしょう。そういった外部産業カウンセラーとの面談の場があるというのは、我々だけで偏った判断を下さないことにも、寄与していると思いますね。」
相談できる誰かがいることが大切
このような企業風土の中でも、杉山さんは人事部長としての視点をしっかりと持たれている。
「”人にやさしく”という会社の文化ではありますが、どこまでやさしくすればいいのかが、当社の永遠のテーマです。『それって甘えじゃないの。』と言わなければならないのが、人事部長である私の立場でもありますから。ですから私ではなく総務部長に相談に行く人もいます。その意味では、相談窓口がたくさんあって、どこかで対応するというのが、当社の強みかもしれませんね。困った時には誰かに相談できればいいので。相談窓口の担当者が1人だと、相談できない人は会社から逃げるしかなくなる。総務部人事部には合わせて4名の相談窓口担当者がいますので、そのうちの誰かに相談できればいいと考えています。」
1人で抱え込まず、誰かに相談する。相談ルートが複数あることが支援体制を強化するのであろう。
「実は、当社1階のお客様も利用するトイレにも、便座の正面の扉に『何かあったら相談してね。』と社内と社外の委託産業カウンセラーの相談窓口が書かれています。これが、当社の文化を現わしている象徴だと思います。他の企業ならば、お客様が使いそうなトイレでは、このような貼り紙ははずすと思いますが、分け隔てなく全部のトイレに貼っています。ここまで徹底しているんだとお客様に感心して頂くこともありますよ。」
「最近では、上司の方から、部下の体調が悪そうだから相談に乗ってあげてくれよといった、ラインによるケアとしての対応も私共との信頼関係の中でできてくるようになってきました。」
「このような中で、メンタルヘルス不調が原因で休職になったけれども、私たちが事前に知らなかったというのは、これまで1人もいませんね。辛そうに仕事をする様子をずっと見守ってきた中で、『休職届、やっと出してくれたね。』という気持ちになるときもあります。私が知っていて、他の相談担当者が知らない場合や、逆の場合もある。でも、人事部総務部の相談担当者の内の誰かは事前に知っています。」
「これまでも復職した方に、『会社がここまで面倒見てくれているというのは嬉しい。』と泣いて御礼を言われたことがあります。『メンタルヘルス不調になった以上、自分はもう退職せざるをえないと考えていました。ところが、会社はずっと待っていてくれて、こうして働く場所を与えてもらって、非常に感謝しています。』と伝えてくれたのは、嬉しかったですね。」
今回伺った復職者の感謝の言葉を通じて、職場復帰をするということは、再び「働く喜びを味わう」ことに繋がっていると改めて感じた。従業員がそのような気持ちになるのも、人を大切にする企業風土を継承していく中で、株式会社フジミインコーポレーテッドの取組みが行なわれているからであろう。職場復帰成功の裏には、その会社において長年培われてきた企業風土が大きく影響し、同時にゆるぎない方向性となって、その取り組を支えていくのではないだろうか。
【ポイント】
- ①短時間勤務における午前中勤務の場合でも、朝の始業時間を合わせて、勤務後の昼食はみんなでとるようにする。
- ②職場復帰後の上長による支援は非常に重要。中でも、業務の進み具合をみて、上長から本人に仕事を切り上げるように伝えられること。
- ③社内の相談窓口は、複数の相談ルートをつくる。
【取材協力】株式会社フジミインコーポレーテッド
(2013年8月掲載)
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