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うつ状態による退職1か月後の自殺について使用者の安全配慮義務違反が認められるも損害額が減額された裁判事例(東加古川幼児園事件)

第一審:神戸地裁判決平成9年5月26日(労働判例744号22頁)

第二審:大阪高裁判決平成10年8月27日(労働判例744号17頁)

上告審(決定):最高裁第3小法廷判決平成12年6月27日(労働判例795号13頁)

事実の概要

  1. 年齢(死亡時):22歳
  2. 性別:女性
  3. 職種:保母(但し自殺前に一般保母から幼児園責任者[主任保母]に昇任)
  4. 業種:保育所(複数の無認可保育所を運営する株式会社が母体)
  5. 勤務状況:

    被災者(Z)が幼児園に採用されたのは、平成4年12月でしたが、勤務開始後は、1日の労働時間が10~11時間に及び、休日にも日曜日に規定出勤日(日曜保育等)が年に3回ほどあったほか、幼児園の指示で出勤することが多くありました。

    日常の勤務内容は、午前7時過ぎころ(早出)から9時前ころ(遅出)の園児送迎バスへの園児の乗り降りから始まり、午前10時ころまで給食の調理、その後、午後6時ころまで、給食時の食べ方の指導、園児の排泄、手洗い、園庭遊び、リズム体操、保育日誌の記帳、給食の食器の後片づけ、給食の材料の買い出し、園児送迎バスへの園児の乗り降り、他の幼児園の受け入れと延長保育、清掃、戸締まり等々であり、その密度が高かったため、昼食をとれないこともありました。

    そして、平成5年2月(採用の約3か月後)には、それまでの勤務先と異なる幼児園で主任保母として勤務するよう言い渡され、一旦は断ったものの、強い説得を受けて、承諾しました。これ以後、Zは、責任者となるための準備として、種々の学習、打ち合わせ、計画の作成などに従事し、早出の日は午前7時ころに家を出て午後7時ころに帰宅、遅出の日は午前8時ころに家を出て午後8時ころ帰宅し、帰宅後にも午後11~12時ころまで翌日の準備などをせざるを得ず、平成5年の2~3月は、日曜日もほとんど出勤する状況となりました。

  6. 死亡の直前経過:

    本件の特徴の1つは、Zが幼児園を退職して約1か月後に自殺していることにあります。Zは、相当の準備を重ねたうえ、平成5年3月末ころに新たな幼児園で責任者としての引き継ぎを受けましたが、疲れがひどく、同月31日に市内M病院に受診、入院し、同時に退職しました。わずか1日で退院し、自宅療養に入りましたが、深い疲れの中でぐったりしている感じでした。その後、傍目にはやや調子を取り戻した時もありましたが、4月27日に幼児園から離職票を受け取ったその2日後に、遺書を残し、縊死しました。

  7. 疾患名:

    平成5年3月31日のA病院受診時の診断(ただし非精神科医による)は、意識状態が良好で、血液検査等の結果も正常であること等を踏まえ、「精神的ストレスによる心身症的疾患」としていましたが、第二審は、精神科医の鑑定を踏まえ、この時点で既に「うつ状態」だったと認めています。

  8. 家族歴・生活歴:特に認定なし。
  9. 症状:

    平成5年3月末以後は、疲労感、不眠、口数が少ない、強い自責感など。自殺直前には自分の部屋に引きこもった状態にありました。

  10. 性格傾向:既往歴・健康診断結果:特に認定なし。
  11. 性格傾向:既家族のサポート状況:特に認定なし。

裁判の経過等

本件は、Zの自殺は、幼児園の経営者であるYらの過失によるものであるとして、Zの両親Xらが、彼らを相手方として不法行為による損害賠償請求を行ったものです。1審は、平成5年3月末の時点で、Zが心身共に極度に疲労していたことは認めたものの、以下の理由から、Yらにおける勤務と本件自殺の間に因果関係は認められない、と判断しました。ⅰ.Zの入院が1日にとどまり、その時点での医師の診断もうつ病等ではなかったこと、ⅱ.退院後、Zは病院に受診していないこと、ⅲ.退院後、生活状態が正常に戻ったと考えられること、ⅳ.Zの勤務期間が3か月足らずであること、ⅴ.Zの自殺が退職の1か月後であること、等。

 これに対して、XらがYらによる安全配慮義務違反による損害賠償責任を追加して控訴したところ、第二審は、以下のように判決しました。本件は、Xらにより上告されましたが、上告理由不備により棄却されているため、第二審判決の内容を示します。

主文の骨子

第二審は、第一審の判決を不服とするXらの控訴を棄却しましたが、追加請求の一部を認容し、Yらに対し、Xら各人にそれぞれ574万円あまりと遅延損害金の支払いを命じました。

判決のポイント(判決要旨)

  1. 認定事実からすると、「平成5年3月末には、Zは、新しい仕事に対する不安、責任感、環境の変化などで精神的にも肉体的にも極度に疲労していたことが明らかである」。

  2. 「一般的に、3か月程度の期間ストレスが持続すればうつ状態に陥ることがあり、そして、うつ状態に基づく自殺は、うつ状態がひどい時期に起こることはあまりなく、外形的には元気を取り戻したかのように見える回復期に起こることのほうがむしろ多いことが医学的に広く承認されており、K医師(精神科医)の見解も同様であるが、さらに、本件のZの自殺に関して、同医師は、Zはうつ状態になった結果自殺したものであり、そのうつ状態になった原因は、Zの日常の勤務そのものが過重であったことに加え、保母としての経験が浅く年若いZに重大な責任を負わせ、それに対する配慮を欠いていたY1(東加古川幼児園)における仕事の過酷さ以外には思い当たることがないとしていること、が認められる。・・・このことに、・・・Y1では保母の定着率が極めて悪く、いつも保母を求人していたこともあわせ考えれば、Y1の勤務条件は劣悪で、Zをうつ状態に陥らせるものであったというほかないことなど、本件にあらわれた事情を総合すれば、ZはY1の過酷な勤務条件がもとで精神的重圧からうつ状態に陥り、その結果、園児や同僚保母に迷惑をかけているとの責任感の強さや自責の念から、ついには自殺に及んだものと推認することができる」。

  3. 「そうであれば、Y1は、従業員であるZの仕事の内容につき通常なすべき配慮を欠き、その結果Zの自殺を招いたものといえるから、債務不履行(安全配慮義務不履行)による損害賠償責任を負う」。

  4. 「もっとも、自殺は、通常は本人の自由意思に基づいてなされるものであり、Zのような仕事の重圧に苦しむ者であっても、その全員あるいはその多くの者がうつ状態に陥って自殺に追い込まれるものではないことはいうまでもなく、本件のような場合においても自殺する以外に解決の方法もあったと考えられ・・・、Zがうつ状態に陥って自殺するに至ったのは、多分にZの性格や心因的要素によるところが大きいものと考えられるところであり、これらの事情に照らすと、Zの死亡による損害については、その8割を減額し、Y1に対してはその2割を賠償するよう命じるのが相当である」。