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[事例7-2] 名古屋南労基署長事件

第一審:名古屋地判平成18年5月17日(労働判例918号14頁)

第二審:名古屋高判平成19年10月31日(労働判例954号31頁)

1 事実の概要

  1. (1) 年齢(死亡時):36歳
  2. (2) 性別:男性
  3. (3) 職種:環境設備課燃料グループの主任
  4. (4) 業種:大手電力供給事業
  5. (5) 勤務状況:

    ア 職務内容など:被災者(Z)は、昭和57年、工業高校卒業後、訴外A社(電力会社)に入社し、しばらくの間、火力発電所などで技術職として勤務していましたが、平成9年8月に燃料グループに配属されてデスクワーク中心の業務に従事することとなりました。また、平成11年8月に主任に昇格し、所掌範囲の職務や部下2名の仕事の統括、予算・計画の編成、指針や要領の改訂の検討業務など、責任の重い職務を任されるようになりました。
      しかし、昇格と同時に経験の浅いLNG・燃料油関係のラインに配属されたこともあり、自身の仕事で手一杯で、部下の指導などを十分に行うことができず、昇格直後の人事評価は最低ランクであり、この頃から元気を失っていった、とする部下の証言があります。
      昇格後にZが担当していた業務のうちのほとんどは、予算編成に関連する「検討件名」、「工事件名」と呼ばれる業務でしたが、検討件名のうち2件は、昇格前の平成11年3月ころに配分された業務で、時間がかかり、難易度が高く、うち1件は、同年9月中に深夜まで検討して直属の上司(C担当副長、J副長)の了解も得てとりまとめたにもかかわらず、所属する環境設備課のF課長によって何度もやり直しを指示され、予想外の業務量の増大を招きました。また、昇格後に追加された2件のうち1件は、自らの現場調査を踏まえて計算作業を行い、もう1件は、補助作業にとどまったものの、9月後半には4回の残業や泊まり込み、祝日出勤などを要しました。そして、やはり昇格直後に前任者から引き継がれた件名では、関係部署との調整会議の日程調整、議事録の作成と関係者への送付などを担当しました。他方、工事件名は6件ありましたが、主要な作業は既に終了していたため、そのフォローをすればよく、格別のトラブルも生じませんでした。その他には、業務委託監査への同行、火力発電所の発電機の長期停止に伴う燃料保管対策などの業務があり、後者ではZがまとめた打ち合わせ結果にF課長が異議を唱える問題が生じたものの、強い負担になるようなトラブルは生じませんでした。
      なお、Zの職場では、直属の上司に当たるC担当副長は、Zの職務状況にあまり関心を払っておらず、同じくJ副長は軽いうつ病にり患して部下の管理ができない状態にあったことなどから、十分な支援や協力を得られない状態にありました。

    イ 労働時間:訴外A社の所定労働時間は1日7時間40分でしたが、平成11年6月以降の所定時間外労働時間数は、以下の通りでした。
    6月 51時間17分、 7月 61時間44分、 8月 86時間24分
    9月 93時間57分、 10月 117時間12分、 11月 39時間52分

  6. (6) いわゆるいじめ行為の主体(地位、年齢、職歴など):

    Zの所属する課の課長職にあったF。Zの死亡時は50歳代後半。昭和37年に訴外A社に入社して後、現場業務に精通し、平成10年7月に環境設備課課長職に就任し、同12年6月まで同職にありました。仕事に厳しく、口調が強かったのですが、指摘自体は具体的かつ的確なものであり、また特定の者を個人攻撃したり、人格否定するようなことはなかった、との評価もありました。ただし、Zの直属の上司であったJ副長は、Fとの軋轢から軽いうつ病にり患していました。また、Fの好き嫌いにより口調に違いがあると受け取る課員もいました。

  7. (7) いわゆるいじめ行為の態様:

    以前に注意したことについて改善がみられないとして、幾度も呼び出し、他の課員にも聞こえるような場で厳しく指導を行い、場合によっては、「主任失格だ」、「お前なんか、いてもいなくても同じだ」、といった発言もありました。また、職場で結婚指輪をはめていることが注意力低下を招いているとして、Zのみに対し、呼び出し面談の際に、「目障りだから、そんなちゃらちゃらした物は着けるな、指輪は外せ」、といった発言をしました。同様の発言は、少なくとも2回行われました。

    そして、「主任としての心構え」に関する反省文を提出させ、さらにそれを書き直すよう命じ、その結果、経験不足をことさらに強調する記載、主任職は訴外A社の職制上管理職ではないにもかかわらず、「自分の業務と各担当の業務、どれが欠けても自分の責任であると意識する」といった記載が加筆されることとなりました。

  8. (8) 行為に至った理由、きっかけ:

    Zの仕事ぶりについて、努力はしているものの、集中力を欠いており、動きが悪く、同じ職級にある他の者と比べ、成果が十分でないと感じたことなど。

  9. (9) 死亡の直前経過:

    平成11年9月ころから、習慣にしていた手帳記入を行わなくなり、その後、不安、焦燥感、不眠、早朝覚醒、発汗、動悸のほか、不自然な言動、疲労による運動回避などが見られるようになりました。同年10月頃にはT医師に受診したが、特に異常を認められず、その後、11月6、7日には休日出勤しました。しかし、翌8日には風邪気味で熱があるからとして会社を休み、その後、自家用車の車内で焼身自殺しました。遺書は見つかりませんでした。

  10. (10) 疾患名:うつ病。
  11. (11) 家族歴:親族に精神障害の既往歴がある者はいません。
  12. (12) 生活歴:

    ほぼ毎日、1合から2合程度の日本酒などを呑むほか、1日あたり10~20本程度の喫煙習慣がありました。他方、平成2年ころから職場でテニスを始め、昼休みなどを利用して行っていました。通勤では、自宅を新築した平成10年12月以降、午前6時30分ころ家を出て、自転車・電車・徒歩という経路を約1時間30分をかけてたどっていましたが、平成11年10月以降は、午前6時15分ころ家を出て、自動車・電車・徒歩という経路に変更しました。

  13. (13) 性格傾向:

    冗談好きで明るく、几帳面、真面目で責任感が強く、他人に責任転嫁したり、他人の悪口を言ったりしたことがない、と評されていました。仕事ぶりについても、真面目で一生懸命仕事をし、気を遣う人、話しやすい人、現場確認もしっかりする信頼の置ける人、といった評価がある一方、熟慮型で仕事にやや時間がかかる、という評価もありました。ただし、死亡前約1年間にわたる仕事において、会社に迷惑をかけるような出来事はありませんでした。

  14. (14) 既往歴・健康診断結果:

    平成6年4月ころ直腸炎症性狭窄症を発症した以外、身体・精神神経系に格別の既往歴なし。

  15. (15) 家族のサポート状況:特に認定なし。

2 裁判の経過など

 原告(X)であるZの妻は、平成12年10月、被告(Y:国・名古屋南労基署長)に対し、労災保険法に基づき遺族補償年金及び葬祭料の支給を請求しましたが、不支給決定を受けました。その後、労災保険審査官に審査請求をしましたが、3か月間決定がなされかったため、労災保険審査会に再審査請求をしました。しかし、やはり3か月を経ても裁決がなされなかったため、平成15年12月に本件訴訟を提起しました。

 第一審は、Xの請求を認め、Yに不支給処分の取り消しを命じました。これに対して、Yが控訴して下されたのが、以下の第二審判決です。

3 主文の骨子

 原第二審は、第一審の判決を不服とするYの控訴を棄却しました。

4 判決のポイント(判決要旨)

  1. (1) 「労災保険法に基づいて遺族補償年金及び葬祭料を支給するためには、業務と疾病との間に業務起因性が認められなければならないところ、業務と疾病との間に業務起因性があるというためには、単に当該業務と疾病との間に条件関係が存在するのみならず、業務と疾病の間に相当因果関係が認められることを要する(最高裁判所昭和51年11月12日第二小法廷判決・集民119号189頁参照)。そして、労働者災害補償制度が、使用者が労働者を自己の支配下において労務を提供させるという労働関係の特質に鑑み、業務に内在又は随伴する危険が現実化した場合に、使用者に何ら過失はなくても労働者に発生した損失を填補する危険責任の法理に基づく制度であることからすると、当該業務が傷病発生の危険を含むと評価できる場合に相当因果関係があると評価すべきであり、その危険の程度は、一般的、平均的な労働者すなわち、通常の勤務に就くことが期待されている者(この中には、完全な健康体の者のほかに基礎疾病等を有するものであっても勤務の軽減を要せず通常の勤務に就くことができる者を含む。)を基準として客観的に判断すべきである」。

  2. (2) 「したがって、疾病が精神疾患である場合にも、業務と精神疾患の発症との間の相当因果関係の存否を判断するに当たっては、何らかの素因を有しながらも、特段の職務の軽減を要せず、当該労働者と同種の業務に従事し遂行することができる程度の心身の健康状態を有する労働者(相対的に適応能力、ストレス適処能力の低い者も含む。)を基準として、業務に精神疾患を発症させる危険性が認められるか否かを判断すべきである」。

  3. (3) 「また、本件のように精神疾患に罹患したと認められる労働者が自殺した場合には、精神疾患の発症に業務起因性が認められるのみでなく、疾患と自殺との間にも相当因果関係が認められることが必要である」。

  4. (4) 「うつ病発症のメカニズムについては、いまだ十分解明されてはいないが、現在の医学的知見によれば、環境由来のストレス(業務上又は業務以外の心理的負荷)と個体側の反応性、ぜい弱性(個体側の要因)との関係で精神破綻が生じるか否かが決まり、ストレスが非常に強ければ、個体側のぜい弱性が小さくても精神障害が起こるし、反対に個体側のぜい弱性が大きければ、ストレスが小さくても破たんが生ずるとする『ストレス-ぜい弱性』理論が合理的であると認められる。そうすると、結局、業務と精神疾患の発症との相当因果関係は、このような環境由来のストレス(業務上又は業務以外の心理的負荷)と個体側の反応性、ぜい弱性(個体側の要因)を総合考慮し、業務による心理的負荷が、社会通念上客観的に見て、前記アに示した労働者に精神疾患を発症させる程度に過重であるといえるかどうかによって判断すべきである」。

  5. (5) 「ところで、判断指針(『心理的負荷による精神的障害等に係る業務上外の判断指針について』)は、『ストレス-ぜい弱性』理論を基礎として心理的負荷(ストレス)による精神障害等と業務との関係を検討し、心理的負荷による精神障害に係る業務上外の認定を図るために策定されたものであり、精神医学、心理学、法律学等の専門家によりまとめられた専門検討会報告書に基づき、医学的知見に沿って作成されたものであるから、精神障害が業務上の心理的負荷に基づくものであるか否かの判断において一定の合理性があり、多数の労災事件を客観的かつ画一的に、迅速に処理する上で行政手続上有益なものであると認められる」。

  6. (6) 「もっとも、判断指針は、上級行政庁が下部行政機関に対してその運用基準を示した通達に過ぎず、裁判所を拘束するものでないことは言うまでもないし、その内容についても批判があり・・・、現在においては未だ必ずしも十全なものとは言い難い」。

  7. (7) 「そこで、業務起因性の判断に当たっては、判断指針を参考にしつつ、なお個別の事案に即して相当因果関係を判断して、業務起因性の有無を検討するのが相当である」。

  8. (8) 本件認定事実「によれば、前記・・・の業務等による心理的負荷は、一般的平均的労働者に対し、社会通念上、うつ病を発生させるに足りる危険性を有するものであったと認められるから、Zのうつ病の発症は、業務に内在する危険性が現実化したものということができ、業務とZのうつ病の発症との間には相当因果関係が認められる」。

  9. (9) 「そして、前記認定のZの自殺前の言動に照らし、Zの自殺と業務とは条件関係があることが明らかであり、うつ病の典型的な抑うつエピソードに、自傷あるいは自殺の観念や行為が含まれていることからすると、Zは、うつ病によって正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、又は、自殺行為を思い止まる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で自殺に及んだものと推定でき・・・、Zのうつ病発症と自殺との間にも相当因果関係を認めることができる」。

  10. (10) 「したがって、Zの自殺と業務との間にも相当因果関係があり、Zの死亡は、業務起因性があるものと認められる」。

5 コメント

 行政は、この判決を踏まえ、平成20年2月6日付けで、厚生労働省労働基準局労災補償課長より通達(基労補発0206001号)を発出しています。

 この通達は、平成11年9月14日に発出された労働省労働基準局長通達「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」(基発第544号)が、職場のいじめ(いわゆるハラスメント)に関わるストレス要因について、「必ずしも統一的な取り扱いができていなかった」ことから、その基本的な枠組みを維持しつつ、それをどのように位置づけ、整合させるべきか、について述べたものです。

 けれども、精神障害やそれに基づく自殺については、国としてどのように、どこまで労災保険給付を支給することが公正か、可能か、といった極めて難しい問題があります。