働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト
  • HOME
  • コラム(その他)
  • シリーズインタビュー「生きる力」:第三回 姜尚中さん(政治学者・東京大学大学院教授)

第三回 姜尚中さん(政治学者・東京大学大学院教授)

  • 働く方
  • ご家族の方

第三回 姜尚中さん(政治学者・東京大学大学院教授)

悩むことは悪いことではない

(残間)著書の「悩む力」(集英社新書)が80万部を超えるベストセラーになっています。これは、それだけ悩みを抱えている人が多いことの表れでもあると思います。

 そうですね。5~6年前なら私の読者は10万がせいぜいでしたので、確かにそういう人が今、多いんでしょうね。

 "悩む力"という言葉は、私が学生時代から心にとめていた言葉でした。何しろ人間は「考える葦」なんですから、悩むことをあまり否定的に捉えず、悩んでもいいんじゃない、ということを伝えたかったんです。悩むこともまた"力"だと。

1998年以来、日本では毎年3万人以上の自殺者を出しています。10万人あたりの自殺者は米国の2倍、英国の3倍です。姜さんは、この原因をどう見ていますか?

 人は簡単に死んでしまうんですが、同時に簡単には死ねないんです。ライフリンク(NPO法人自殺対策支援センター)の調査だと、自殺者の7割の人が自殺の直前に誰かに相談したり何かのサインを出しています。しゅん巡があるものなんです。誰かに訴えたいのでしょう。

 ところが今の日本社会は、むきだしの自分を、家族にさえも見せられない人が増えている気がします。だから周囲の人が自殺の原因がわからない、というケースも少なくないですね。迷惑をかけたくないという生真面目さの表れなんでしょうが、本来、迷惑をかけ合うのが家族だし、他人とだって、それが人と人とのきずなのはずです。

特に私たちの世代は(残間も姜さんも1950年生まれ)、「人様に迷惑だけはかけるんじゃない」と言われて育ちましたね。迷惑さえかけなきゃ、何やってもいいともとれますが。

 「人に迷惑をかけるな」は社会で生きていく上で生活の知恵だとは思いますが、それだけが処世訓ではね。そのせいか私たちは小さい頃から「世間の目」という空気のようなものを刷り込まれていて、その目から見てどうなのかということを気にする。そのせいで自分をさらけ出すことができなくなっている気がします。

 この背景には、家庭内であまりにも役割分担が進みすぎたことがあると思います。夫として、父として、母として、妻として、それぞれの役割を全うすることに追われて、会話が減っている。

では今、現実に悩みを抱えている人たちに、姜さんならどんな言葉をかけますか。

 私はさっきも言ったように悩むこと自体は否定しません。しかし、「悩んでいる自分自身」を悩む必要はないと言いたいです。

 メンタルヘルスを損なう人というのは、普通以上に「より良く生きたい」と願っている人で、本当は"生"にどん欲な人だと思うんです。

どうでもいいや、という投げやりな人よりも、真面目な人たちですよね。

 ですから悩んでいる本人には、「悩んでいるけど、それで悪いの?」という発想を持って欲しいですね。そして周りは、悩んでいる本人をそのままの状態で受け入れること。直そうとしない。さらに、そのまま受け入れていることを本人にわかるようにメッセージすることです。

 周囲はどうしてもあせってしまうんですね。例えば夫がそういう状態になると、失職するんじゃないか、住宅ローンをどう払うのか、子供の教育費はどうするとか不安になるんですが、そういうことは本人に言わない。

 「あなたの存在をそのまま受け入れます。そのかわり特別扱いはしない」という姿勢が大事だと思います。そのためにも制度として経済的なセーフティネットは必要です。社会がフォローしなくてはいけない。

悩んでいる人は自分のせいにしがちなんですが、個人だけから生れた悩みって少ないですからね。

 人は個人だけで生きているんじゃなくて、社会の一部として生きています。だから心の悩み、自殺ということを考える時、コミュニティというものが果たす役割は大きいと思います。地域や職場など、悩んでいる人の周囲に、「私たちはあなたを見捨てない」という制度や思いがあることが必要なんじゃないでしょうか。

 「基本的に自分で何とかしてください」、それが出来ない人は「国が何とかします」という風に、自助か公助かという0か1ではないと思うんです。その間には「共助」という、コミュニティの助け合いがあるべきです。そうした公助や共助があるから、自助できるんだと思います。

(2009年12月 撮影:岡戸雅樹)

姜尚中(政治学者・東京大学大学院教授)

姜尚中(政治学者・東京大学大学院教授)
1950年生まれ。
早稲田大学大学院政治学研究科博士修了。東京大学大学院情報学環教授。専攻は、政治学・政治思想史。
近著『希望と絆ーいま、日本を問う』の他、『マックス・ウェーバーと近代』『ナショナリズム』『在日』など著書多数。
昨年出版した『悩む力』は、80万部を越えるベストセラーに。

残間里江子 Rieko ZAMMA プロデューサー

残間里江子(プロデューサー)
1950年仙台市生まれ。アナウンサー、雑誌編集長などを経て、80年に企画制作会社を設立。
プロデューサーとして出版、映像、文化イベントなどを多数手がける。