働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト

第17回 高野 知樹さん

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第17回 高野 知樹さん
神田東クリニック 院長
メンタルヘルス・ポータルサイト委員会委員

デジタル世代に人の温もりを

 社会の変化のスピードはさらに加速していくことでしょう。その中で人と人が出会い、感動し、喜びを感じ合うことが出来る、このことはどんな時代であろうと変わるべきことではないと思います。しかしながら人類初の経験と思われるその変化のスピードに、少々人類はついていけていない気がします。小学生の時代から携帯電話を手にし、友人とメールをし、情報がいっせいに共有される、その子たちが社会人となる社会はいったいどんなことになっているのだろうか、想像すら出来ない環境に私たちは遭遇しているのでしょう。

 あるファミリーレストランでの親子連れ。その席で子供も母親もそれぞれが無言で携帯電話のメールをしている様子。元々はコミュニケーションのツールであったはずのものが、目の前の人同士とのコミュニケーションを阻害している光景は、オフィスでもそう珍しくないかも知れません。

 この時代の子供の遊びと言って連想するのは、やはりコンピュータゲーム。携帯タイプのものであったり、TVモニターを使う据え置きタイプであったり、PCを使うものもあります。私も嫌いではありませんので時に楽しむことがありますが、昨今のデジタル技術の進歩のスピードを肌で感じる瞬間でもあります。現実かとまがうばかりの画像の完成度の高さに感激するのと裏腹に、精神科医としては心配なことがいくつか脳裏を走ります。

 今も昔も遊びやゲームにはハラハラドキドキ感が伴います。それが楽しみでもあります。なんとかごっこで自分がヒーロー役になった時も、そうなったつもりであって現実と仮想の世界の境界はしっかりと感じつつ楽しんでいたものです。衝撃的な効果音とともに目の前に数名の敵が現れる、すかさず銃でパタパタと応戦し敵を倒す・・・しかも非常にリアルな画像で。技術が進むにつれこうした仮想現実と現実との境界はどんどん薄くなっていくのでしょう。特にまだまだ現実的な世界で精神的発達をしていく年代への影響が非常に心配になってしまうのです。

 もうひとつ心配なことがあります。人を相手にしないゲームにはリセットが簡単に出来ます。「失敗した、今のなかったことに」と思えばリセットボタンを押せばいいのです。嫌になればスイッチを切ればいいのです。トランプ、鬼ごっこ、人同士が集まって遊ぶ時はそうはリセットが出来ません。将棋でも「今のちょっと待った」は反則です。失敗したところからどう巻き返すか、それが遊びの醍醐味であったように思うのです。

 まだまだ現実から学ぶべき年代が、産業社会で物を考えて判断する年頃になって、困難を迎えるのではないだろうか、メンタルヘルス疾患の発生リスクを高めるのではないだろうか、と近未来が少々心配になってしまいます。 

 コンピュータによって私たちにもたらされた多大な恩恵も想像に及びません。コンピュータ・リテラシーもこの社会では重要な能力でもあります。しかし、これから産業社会を担っていくだろう若い世代のためにも、私たちは次々に導入される技術の功罪を常に意識し、やはりどこかに人の温もりを感じる場を作っていきたいものです。これからの産業保健はこんなことにも注意を払っていかなければならないのではないかと考えています。冒頭でも述べましたが、人と人が出会い、感動し、喜びを感じ合うことが出来る、このことはどんな時代であろう可能なことだと思うのです。