働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト

第15回 古澤 真美さん

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第15回 古澤 真美さん
東京大学 環境安全本部 助教
メンタルヘルス・ポータルサイト委員会作業部会委員

気になることば-産業医の現場から

 「働く現場」が大好きな私は、医者としての初期訓練(臨床研修)期間中を除いて、産業医として「働く現場」で働いてきました。「働く人の健康を支えたい」、「働く現場の縁の下の力持ちになりたい」若かりし頃の気負いは、中堅どころ世代となった現在は、「働く人々と共通言語をもって、現場を理解する、そして健康問題の解決策は一緒に考える」そんな行動スタイルにつながっています。

 私は職場の方々とたくさんお話をします。最初は、「医師=部外者、お客さん」という印象があるのか、現場の方々はよそゆきの言葉でお話しされますが、こちらの熱意が伝わると、普段の調子の会話になっていきます。そんな時、ちょっと気になる言葉が聞こえます。以下、最近気にかかる「工数」、「スペック」という言葉の雑感を書いてみたいと思います。

 たとえば、メンタルヘルスの不調で療養を迷われているAさん。産業医はAさんに無理をせずに療養休暇を取得するようにアドバイスします。すると、「現場は工数(=人員)削減でギリギリ。私が療養に入ったら同僚の残業時間が増えるし、工数調整で上司が破綻しますよ。だから私は休めない…」Aさんは悲痛な面持ちで話されます。そんなAさんと職場を口説いてやっと取得した療養休暇もそろそろ終了の頃となり、めでたく職場復帰の相談をしています。すると、上司の口からは、「それで、Aさんは今、どのくらいのスペックなんですか?工数としてカウントできる?」

 少々解説を加えますと、工数という言葉は、製造業での生産管理やIT業界の開発業務をはじめとして幅広い業種で作業量を表す概念として用いられます。スペックという言葉はspec(specification)の略語で本来は仕様書という意味ですが、転じて仕様書の内容、つまり工業製品が備えている性能を示す現代語として市民権を得つつあります。

 前述の会話の中で「工数」は1人の労働者の存在そのもの、そして「スペック」は1人の労働者の職務能力を表しているようです。「工数」、「スペック」… 何気なく使われているようですが、こと健康管理・労務管理の場面で使用されると違和感を覚えます。もちろん、機械の部品と働く人を同一視しているわけではないでしょう。言葉の綾かもしれません。とはいえ、気になる言い回しですね。ただし、前述の復職時の会話で上司は「Aさんはどのくらいの負荷をかけられる状態なのか」ということを尋ねようとしています。これは休養からの復職時に行う段階的な職務負荷の増加に協力してくださろうという姿勢と読めます。

 産業医として働くなかで、健康管理と労務管理が切っても切れない関係にあることは、たびたび実感します。両者に共通する重要な視点は、個々の働く人と働く人の集合である職場全体をバランスよく見ていく感覚、そして働く人は一人として同じ人はなく、それぞれ個性を持つかけがえのない人としてみる感覚といえるでしょう。基本に立ち返って、これらの感覚の重要性をかみしめたいものだと思います。