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[事例3-1] 半導体製造メーカーの技術者が課長昇進後にうつ病となった事例

1 背景

 Mさんは、半導体を開発・製造するK社の技術系部署の課長(男性)です。都内の大学を卒業後、技術者として故郷のK社に入社したMさんは、28歳で主任、34歳で係長、41歳で課長と順調に昇進をしてきました。プライベートでは25歳で結婚した妻と中学1年の長男、小学5年の長女と義母(妻の母)の5人暮らしです。

  Mさんの性格は真面目で、忍耐強い反面、他人に気遣いしすぎる一面もあるようです。

2 病気のはじまり

 さて、X年5月の定期人事異動で課長に昇格したMさんの様子に変化が見られたのは、X年8月の下旬でした。急に言葉数が少なくなり、無表情になったと言います。部内ミーティングで部下の名前を度忘れする、課長として発言を求められる場面で的確な発言ができないなど、9月に入って仕事面への支障がでてきました。

 上司のA部長はMさんを呼び、話を聞いてみました。Mさんは深刻な表情でこのように答えました。「もう疲れました。しんどいです。私を登用してくれたA部長には申し訳ありませんが、実は退職を考えています。自分は課長としてやっていくには能力不足と思います。体調も悪く8月中旬から寝付けないし、朝早く目覚めてしまう。疲労感が強く、仕事に集中できません。会話中に言おうとしたことを度忘れしてしまうため、怖くて発言もできなくなってしまいました」。

3 治療の開始

 A部長の紹介でMさんが、はじめて社内の健康相談室を訪れたのはX年10月初旬でした。うつ病のおそれがあると考えた産業医の紹介で、Mさんは精神科診療所を受診し、「うつ病により、3か月程度の自宅療養が必要」という診断を受けました。A部長は産業医から、「うつ病で退職したい気持ちになることもあるので、万が一療養中に、退職届がでても慰留して産業医に連絡がほしい」と指示されました。

4 療養中の様子

 2週間に一度の定期通院を行い、Mさんは医師の指示を守って薬を服用し、自宅療養を続けました。当初の診断より自宅療養期間は延長し、足掛け6か月になりました。

  1. (1) 1か月目

    休養すると決めたとたん、今まで出社できていたのが不思議なくらい、体の重さがひどくなり、1日中横になっている毎日になりました。特に午前中のだるさがひどく、子供が帰宅する午後3時ごろから2~3時間起き上がるのが精一杯でした。食欲も落ちてしまい、夕食を1食とるのがやっとでした。

  2. (2)2か月目

    午前10時半ごろ朝昼兼ねた食事を食べるものの、15時頃までは何も手がつかない日々でした。その後、帰宅した子供の宿題の面倒を見つつ、新聞に目をやるものの、見出しを眺めるのが精一杯といったところでした。家族との夕食後、元気のある日は妻に誘われ近所の散歩にでられることもありました。しかし、1日のうちでの気分の変動が大きく、ふと仕事のことを考えると不安が募り、胸が苦しくなって数時間は気分の落ち込みが続くことがありました。主治医からは「仕事のことはまだ考えるときではない」とアドバイスされました。

  3. (3)3か月目

    朝、家族とともに朝食を取れるようになり、午前中も調子のよい日は妻の家事を手伝う気力がでてきました。午後は、庭の手入れや妻の買い物に同伴したり、義母の通院の付き添いができるまでになりました。1日のうちでの気分の変動も小さくなりました。こんな様子を診察室で主治医に話すと、主治医から「まだすぐにというわけではないが、そろそろ仕事のことを考えてもよいでしょう。産業医と一度相談してくるように」と指示されました。
    そこで、会社の健康相談室を訪問すると、産業医からは次のような指示がありました。「復職の前には次の条件が揃う必要があります。ⅰ. 今回、体調を崩した原因と予防策が説明でき、職制も共通の認識を持てていること。ⅱ. 定時勤務と同じ時間帯で起床・就寝、日中の活動ができていること。ⅲ. 1時間程度は、集中して文章を読んだり、書いたりできること」。Mさんは、主治医にこのことを伝え、もう少々、休養を延長することとしました。

  4. (4)4か月目

    なぜ、うつ病にかかったのか。その最大の原因は昇格であったとMさんは述懐しています。以下はMさんの言葉です。「そもそも、私は技術屋で、管理職になることは目標ではありませんでした。技術系の部署では主任や係長という肩書きがついてもあくまでも現場の監督程度ですんでいました。ところが課長ともなれば話は別で、当然のことながら、管理職としての役割を求められました。係長の頃8人だった部下の数は一気に4つの係、30人になりました。私が過去に係長だった係と他の3つの係との調和に非常に気を遣いました。ちょうど、自分が昇格した5月に自課で製品のトラブルがあり、不慣れな課長業務と同時に事態収拾のために現場を走りまわるはめにもなり、心身の疲れを助長したように思います」。
      Mさんは上司のA部長とじっくり相談をしました。A部長からは「しばらく職場内調整の時間がほしい。きちんとサポートするから安心しなさい」との話がありました。不安は感じつつも、長年信頼しているA部長の言葉にすがる気持ちでとりあえず、産業医のアドバイスⅱ、ⅲに取り組み始めました。

  5. (5)5か月目

    6時半起床、午前9時から昼食休憩の1時間を除いて、17時までは基本的には町の図書館で過ごすことがMさんの平日の日課になりました。体力増進も兼ねて、図書館までは片道30分を徒歩で通いました。また、図書館では読書ばかりでなく、語学や仕事に直結するマネジメント論の勉強も始めました。この頃になると、仕事への不安は一旦落ち着き、「座して待つ」という気分になってきたといいます。
      X+1年3月下旬、主治医から正式に復職許可の診断書が発行され、社内の復職判定会議で協議された結果、休養開始から6か月目で復職可能という判定となりました。

5 職場復帰

 X+1年4月、職位は担当課長に異動し、復職が実現しました。A部長の補佐業務ですので、直接の部下はおらず、Mさんにとっては重圧感の少ない復職であったといいます。A部長はMさんが休養を開始してから、Mさんの課長ポストを兼務してきましたので、6~12か月をかけて徐々に徐々にもとの課長職への復帰を目指すことを目標にしました。

 時短勤務については、最初の1か月間だけ9時から16時までの6時間勤務を行い、その後は残業をせずに定時勤務を行うこととなりました。

6 課長職への復帰

 X+1年12月、産業医との定期面談で許可がおり、Mさんは元の課長職に復帰しました。主治医への定期通院と薬の服用はまだ継続していますが、集中力・判断力も以前とそれほど遜色はなくなりました。何よりも仕事に対する焦りがなくなったとMさんはいいます。A部長からも「仕事ぶりでは特に心配がなくなった。何よりも対人関係で過剰な気遣いをしなくなったようだ」との評価が聞かれています