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第9回 残間 里江子さん

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第9回 残間 里江子さん
プロデューサー

人と人とのはざまに立つ人

 プロデューサーという仕事は、人を柱にして、物だの事だの情報だのを重ね合わせて、一つの概念(具体的な商品や業態の場合も多い)を創造していく仕事だから、いきおい人との付き合いが大きな位置を占めている。

 こういう生活を30年近くやっているのだから(その前のアナウンサー、編集者時代も入れれば約40年にもなるのだが)毎日が人との絡み、人間関係で成り立っているといっても過言ではない。

 そんな流れの中、「丸顔・垂れ目」が幸いしてか、人を排他しないと思われているようで、仕事、恋愛、結婚、家族、病気、性格……と、大中・硬軟とり混ぜたさまざまな相談が持ち込まれる。

 50歳を過ぎた頃からは、単なる相談と言うよりは自身の内面の悩みを打ち明けるといった趣の相談が増え、特にこの数年は、鬱に関する悩み相談が多くなっている。

 先週も「仕事がうまくいかない」と言う20代後半の男性と、出産を控えて精神が不安定になっている友人の娘さんの思いを聞いた。

 知人ではあるが友人ではない。赤の他人ではないが、近しくもない。私のような関係性の人間だと、自分の思い(主観)と世間や家族などの思い(客観)を混ぜ合わせた話が出来るのがラクなのかもしれない。相談は日ごとに増えている。

 余程独り善がりな人間でもない限り、自分の思いだけでことが解決出来るとは思っていない。悩みのプロセスの中で、自分は客観的事象をも視野に入れていて、その上での悩みなのだということを知らしめたいと思っているのではないだろうか。

 現実の中にある越え難い主観的境地と、こうありたいという理想の中にある客観的境地、その両方を同質・同量で受け止めてくれる人に話を聞いて欲しいのだと思う。

 総じて、鬱になる人には「考える力」の強い人が多く、それにつけても自分の話を多角的視点から正確に捉えてくれる人を探しているような気がする。

 日常的な悩みだったら、親友や家族に洩らしてもいいが、自分が鬱かも知れないというような話は、親密な関係性の人にはかえって言いにくいものなのである。

 医者に行けばいいのは解っているが、果たして医者が「欲」や「毒」が潜んでいる主観を理解してくれるだろうか、理解するより先に糾弾の刃を向けてくることはないだろうかと、訝しく思う人も少なくないのである。

 長いこと、拙き相談相手になって感じるのは、みな自分を、自分自身の主観を、認めて欲しいと思っているということだ。

 先ずは、自分が生きていることを丸ごと認めて欲しいと思っているのである。

 さらには、迷い、苦しみながらも、希望の光を探しているということをも解って欲しいと思っているのである。

 その意味で、医者と家族や親友との間に立つ人が一人でも多く存在する世の中が待望される。

 ここで言う「間に立つ人」は何も特別な人たちではなく、どこにでもいる普通の人で十分なのである。ただそういう人が一人でも多く存在するには、世の中全体が寛容で緩やかにならなければなるまい。

 人の非をあげつらい、互いの差異を指摘するばかりの今の世の中は「考える力のある人」には辛すぎるし、彼らの傍に寄り添いたいと願っている「間に立つ人」も増えはしないだろう。]

 もっとゆっくり、もっとゆるやかに、一瞬一瞬を味わいながら生きる人生への転換を図ること。

 ・・・・・・これが目下の私の最重要課題であるのが哀しい。