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[事例1-10] 新卒後の新入社員に生じたメンタルヘルス不調の2事例

1 はじめに

 新入社員といってもいわゆる新卒者と転職者とがありますが、ここでは学生生活を終えて新たに社会人生活を始めた方を対象として解説します。

 学校を出て仕事につく、というのは大きな変化です。学費を払って勉強する学生から働いて給料をもらう社会人になるわけで、これほどの大きな立場上の変化を経験することは人生にそれほど多くはないかもしれません。したがって、入社直後がさまざまな負担がかかり、心身に不調が生じやすい時期であるのは当然のことです。

2 自分が何をしたいのか分からなくなったA氏

 A氏は大学を卒業後、希望していた会社の一つであったB社に入社しました。A氏はB社の自由な雰囲気に憧れており、この会社で商品開発の仕事をしたいという希望に燃えていました。入社式の後、約4週間の新入社員研修が行われ、そこでは自分の抱負や希望をいろいろ話す機会がありました。しかし、研修後に言い渡されたA氏の配属先は総務部でした。

 始めの数か月は、見習い程度の仕事でした。しかし、半年ほどたつと、徐々に責任のある仕事を割り振られるようになりました。細かな作業を地道にやっていくことが求められる仕事でした。A氏には無味乾燥な作業に思われてなりませんでした。自分が思い描いていた社会人生活とずいぶん違うことにがっかりしていました。同期入社の仲間の中には、仕事ぶりを上司から評価されている者もいます。A氏は少々焦りを感じました。それと同時に、自分は商品開発をしたくてこの会社に入ったはずなのにと、割り切れない気持ちや不満を感じました。自由な社風と聞いていたのに、ビシネスマナーなどを厳しく指導されるのも不本意でした。A氏には、他人からあれこれ指示されたり叱られたりした経験がこれまであまりなかったのです。そう思うと次から次に会社に対する不満が湧きあがってきました。同じ大学の先輩に、配属先を変えてもらえないだろうかと相談したところ、入社して数か月でそういう希望は通らないといわれ、またがっかりしました。その頃、大学時代の友人の集まりで、外資系企業に就職した友人が大きな仕事を任されているのを知り、とても羨ましく感じました。また、大学院に進んだ友人が楽しそうに研究の様子を話すのを聞き、自分も一時期研究者の道を考えたことを思い出しました。大学院に残った友人より、自分のほうが優秀だったのになどと後悔に近い感情が湧きました。会社を辞めて大学院に入学しようか、外資系に移ろうか、それともいっそのこと公務員試験を受けようか、などとあれこれ考えるようになりました。

 A氏の悩みは少しずつ深まっていきました。自分が何をしたいのか分からなくなってきたのです。仕事に身が入らず、疲れやすくなりました。ある時、うっかりして大きなミスをしてしまい、先輩に強く叱られました。仕事への意欲が薄らぎ、出社するのがおっくうになってきました。その時、駅でカウンセリングを行っている心療内科のクリニックの看板を見かけ、思いきって訪ねてみることにしました。

 A氏の事情を聞いた医師は、臨床心理士と定期的に面接することを勧めました。A氏は半信半疑でしたが、とにかく誰かに話を聴いてほしいという気持ちもあったので通院することにしました。自分がどうして商品開発や広報をやりたかったのか、どうしてB社に入りたかったのか、今何が一番満足できないのか、などを話し合ううちに気持ちがだんだん整理されてくるようでした。

 ここに紹介したのは、一言でいえば「自分が何をしたいのか」「自分は社会の中でどのように生きていくのか」というテーマをめぐる混乱です。学生時代ははっきりしていたつもりでしたが、社会の現実にぶつかり、改めてこのテーマが浮かび上がってきたのだといえます。A氏は臨床心理士と約10回の面接を行い、今の会社でしっかりやろうという結論を出し、やがて元気で働けるようになりました。

3 うつ病の事例

 Cさんは高校卒業後、専門学校を修了して中堅企業に入社した23歳の女性です。就職を機に実家を出て単身生活を始めました。Cさんは穏やかで堅実な性格で、誰からも好感をもたれる人柄でした。残業も厭わず、自ら仕事を引き受けて働きました。

 夏が近づく頃、Cさんから入社直後の元気がなくなってきました。いつもだるくて疲れが抜けない感じがしました。それなのに眠りが浅く、明け方早く目が覚めてそのまま眠れないことが多いのです。食欲も低下してきて、何を食べてもおいしいと感じなくなりました。体重も少し減ってきました。念のため、近くの内科医院を受診しましたが、特に異常はないとのことで胃薬が処方されただけでした。

 そのうちにいつも気分がすっきりせず、ゆううつな感じに悩まされるようになってきました。特に朝が最悪で、何とも表現しようのない嫌な気分がするのです。また、一人でいるとわけもなく悲しくなってきます。母親に電話して「寂しい」と話すうち涙が出てきました。頭が働かず思考力や判断力が落ちているとも感じました。根気がなくなって、資料を読んでいても集中できず、いつの間にか他の事を考えてしまいます。

 Cさんの様子の変化は、周囲にも分かるようになりました。溌剌とした感じがなくなり、ぼんやりとしている感じでした。それに以前はなかったうっかりミスが増え、クライアントから苦情が寄せられたこともありました。心配した上司が様子を聞き、体調が悪いのではと尋ねました。けっして批判されたわけではないのですが、Cさんは周囲に迷惑をかけているのだと感じ、責任を感じました。Cさんはいっそう頑張ろうとしましたが、仕事の能率が落ちているせいか、残業が増える結果になりました。疲れがたまっていく感じがしました。ある朝、Cさんは、ついにどうしても布団から起き上がることができず、体調不良を理由に欠勤しました。翌日、遅刻して出社したCさんに上司は精神科か心療内科で診察を受けるよう勧めました。

 精神科での診断はうつ病でした。医師からは、これは病気であること、休養と服薬で多くの場合回復すること、しばらくは無理をしないこと、今は判断力が落ちているので会社を辞めようなど大きな決断はしないこと、などを説明されました。まず残業を止めることが指示され、抗うつ薬と睡眠薬の服用を勧められました。

 睡眠薬を使うようになって睡眠が改善し、かなり楽になりました。仕事が完全に終わっていないのに帰宅するのは心残りでしたが、やがて割り切れるようになりました。抗うつ薬を服用して1週間ほどした頃から、気分が少しずつ晴れてくるのが分かりました。主治医に報告すると「よかったですね」、「でも、治療はこれからです」、「数か月は通ってくるつもりでいてください」とのことでした。そんなに長く通うのかと少し驚きましたが、信頼できそうな医師なので、しばらく治療を受け続けることにしました。Cさんはその後も通院を続け、服薬も続けています。だいぶ自信も回復してきました。主治医も少しずつ仕事量を増やしていけると話しています。

4 まとめ

 新入社員は、立場を変えて新しい世界に入っていくという意味で、これまでにないストレスを感じる時期です。どんな人でも新しい環境に慣れるのには時間とエネルギーを必要とします。一時的に元気をなくしたり、方向性を見失って、どうしたらよいか分からなくなることがあっても不思議ではありません。多くの人は休養をとり、気分転換をすることでやがて元気を取り戻していきます。仕事と遊び(ストレスとリラックス)の「めりはり」が大切だと思われます。

 ただ、新入社員の方の中には、切り替えがうまくいかず、心身のバランスを崩してしまう方も散見します。心配があったら迷わず専門家に相談されることをお勧めします。