燃え尽き症候群になった私

サファイヤ 1975/4/2生 女性 専門職 既婚

虚しい多忙な日々

 ケースワーカーの仕事をして10年が経ちます。問題を抱えて困っているご家庭を訪問し、生活の相談にのる、大変やりがいのある仕事です。精神的にはハードですが、子どもの頃、私の実家もいろいろ大変だったので、家庭の悩みをもつご家族にすごく共感でき、この仕事は天職だと思っていました。だから、自主的な勉強会に参加したり、有料の講習で心理学を学んだり、いろいろ努力しました。

 努力の甲斐あってか、私の受け持つ家庭は良い方向に向かうことが多く、変な話ですが自分で「私ってスゴイ!」と思ってました。気づいたら、他の人よりも多くのケースを受け持ち、所内で一番忙しいケースワーカーになっていましたが、それも自分にとっては誇りであり、ますます仕事にのめりこんでいきました。

 ところが、ある日、ふと気づくと私の受け持ち家庭に、時どき以前の担当ケースワーカーが訪問しているということがわかりました。私の手柄を横取りしようとしているのか、それとも邪魔しようとしているのかも・・・と思い、嫌な気持ちになりましたが、口に出すのは大人気ないので、じっと胸にしまいこんでいました。それがきっかけで、同僚や先輩に対して、「感謝もせず、困った時だけ私を利用する人たち」というイメージが生まれ、職場で心を開くことがなくなりました。「こんなに頑張ってるのに給料も安いし、感謝もされない。なんとなく虚しいな・・・」と思いながらも、笑顔の仮面をかぶり、淡々と仕事をこなしていました。

もう仕事に行きたくない

 私はケースワーカーの仕事に、だんだん虚しさを覚えるようになりました。それでも仕事は待ってくれず、困っているご家庭はたくさんあります。だるい体を引きずって、家庭訪問の仕事は完璧にこなしていました。

 そんなある日、風邪気味でのどが痛かったので、私は早退して帰りました。私は風邪をひきやすく、治りにくい体質なので、早めに治そうと思ったのです。しかし次の日も具合が悪く、結局仕事を休みました。「風邪が治らず人に迷惑かけるなんて私ってダメな人間だなあ」と思い、寝ていると涙が出てきました。次々に悲観的なことが頭に浮かび、「私なんてどうでもいい存在なんだ」と感じました。翌日、朝、体が重くて仕事に行くのが億劫で、休んでしまいました。どうしても気力が湧かなかったのです。頭痛もあり、泣きながら家で寝ていました。もう自分はダメになってしまったような気がしました。

 それから1週間、引きこもっていた私を、同僚のAさんが心配し、部屋に来てくれました。最近、口をきいていなかった同僚ですが、以前は仲が良く、よく遊んだりもしていました。私はつい、Aさんに「もう辞めたいんだ」ということをポロッと漏らしました。Aさんは私の様子をすごく心配して、心療内科に行くことを勧めてくれました。いつもの私ではなく、なんか悲観的になっているようだとAさんは言うのです。私もAさんと話しているうちに、自分は今、普通じゃない状態なのかな? と思えてきました。うつ病になってしまうのかもしれない・・・と急に自分の状態に不安を感じ、私は近所の心療内科を訪ねることにしました。

燃え尽きからの回復

 私はAさんの勧めで、心療内科を訪れました。医師にいろいろと自分の症状を話した結果、うつ病というよりも、仕事のし過ぎからくる「燃え尽き症候群」に近いのでは、と言われました。といっても、一応、うつ病の症状が表れているので、睡眠薬などお薬もいくつかいただきました。そして医師の勧めで、病院のカウンセリングにも通うことになりました。医師が言うには、「一人で将来のことに関して考えているとネガティブになるので、カウンセラーと一緒に考えてみてください」ということです。

 私は職場に1か月間の病気休養をとりました。私は人間不信に陥っていたせいか、私が休むことで職場のみんなが怒っているだろうとか、私がいなくて喜んでいるのではないかとか、職場に対して皮肉な印象しか持っていませんでした。でも、Aさんに聞いたところ、事実はそうではなく、みな私が病気だと思い、心配してくれているみたいでした。私は自分が、どれだけ疲れていたのか、やっと実感できました。なんでも悪く考えてしまうほど、私は無理をし過ぎていたのだなあと思います。人の評価を意識し、結果を期待しすぎた面もあったのかもしれません。休養中、カウンセリングに行ったり、燃え尽き症候群の本をたくさん読んだりして、私は自分についてもいろいろ考えるようになりました。

 現在、私は職場に復帰し、ケースワーカーの仕事を続けています。仕事をほどほどに、プライベートも充実させながら、細く長く、この仕事をやっていこうと思います。

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