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[事例2-1] 営業の拡大・方式変更に伴うノルマの負担、長時間労働などから無断欠勤に至った事例

概要

性 男性、年齢 30歳、職種 運転・営業職

 事例は大学卒の方です。仕事は担当する地域に商品を配達することですが、それと共に扱う商品を宣伝し取り扱う量を増やす課題もあります。この方は真面目でこつこつと働く人柄から、顧客の評判も良く平均以上の成績を挙げてきました。ところが所属する営業所が変わって半年後に、彼は無断欠勤をすることになります。上司が電話すると「寝坊してしまいました。明日こそは行きます」といいつつ、翌日も休んだそうです。それが1週間程続く中、上司が知っている診療所の受診を勧められました。

 それまで仕事がうまくいっていたのに彼が休むことになったのは、以下の理由からのようです。この営業所は、朝、自宅から営業所まで自家用車で1時間半はゆうにかかります。そのため朝食は摂らずに6時台には自宅を出て、車中缶コーヒーを飲んだだけで午前中はほとんど何も摂らないで事業所廻りを続けていました。昼食は外で食べるたり、コンビニで弁当を買ったりして、車の中か出先が近ければ営業所に1度戻り食べ、また出かけていくというやり方でした。仕事が終了して営業所に戻るのが大抵8時過ぎ、それから1時間程かけて事務作業をし、翌日の配達にスムーズに出られるように積み込み作業を少ししておくこともあった、とのことです。帰宅までは約1時間掛かり、家に着くのは大抵夜11時頃、疲れて夕食も取れず、何かしか口に入れ寝てしまう日々が続いたといいます。この頃、この会社の営業方針が変わっていました。注文を待って配達するという仕事に加え新たな販路、品目拡大も仕事の中にあるのですが、それまではそれぞれ個人のペースにまかせていたこの課題に対して、グループ制を採用することとなったのでした。各グループは数人から構成され、それぞれのグループには短期、長期の目標が課せられることになっています。この営業所には、4つの班が作られ、それぞれチーフが置かれ、その元に、一人推進委員を置くことになりました。チーフ、推進委員は自分の目標にとどまらずそのグループ全体の成果にも責任を負います。その推進委員に彼が任命されたのです。彼は自分の性格からどうしても出来ないと主張しましたが上司、同僚に強く推され、「手伝うから」とも言われ、半ば強引に引き受けさせられたようです。彼は、彼の班で彼は既にチーフについで最も年齢が高く、経験も長くなっていたのです。それで彼はその日から、心ならずもより若い班員に向かって、叱咤激励する日々が始まることになりました。長い通勤時間、長時間労働、食事内容の質・量の悪化、それに加えてのノルマストレス、自分に向かない仕事の責任が、結果として無断欠勤へとつながっていったのです。

ポイント(我々の援助)

 顔つきや話し方からみてすぐに職場に戻ることは無理と判断され、かつ既に無断欠勤していることから問題の所在を明らかにしたほうがよいと考え、本人の了解のもと「自律神経失調症」という診断書を発行し、まず約2か月休業させました。この2か月間という長さはこれまでの経験からの予想でしたが、まずこれまでの身体の疲労をとらせるため、思う存分休ませたわけです。とにかく夜も昼も眠れるだけ眠ってもらい、あえて身体を動かすことはしなくて良いと指示しています。家族にはきちんと3食を作ってもらい、きちんと食べてもらうこととしました。好きなものを含め出来るだけ種類を多くしバランスをとるように依頼しました。彼は、自分に出来ない課題を押し付けた上司、同僚に対し不満を持っていましたが、所長自らが自宅まで来てくれて、会社の置かれている実情や彼が嫌がった方針が出された背景、事情を率直に語ってくれたことで少なくとも不信は消えていったと語っています。さらに、自分の状態を心配してくれ、よけいな説教をせずに、医師への受診を勧めてくれたことにも共感を覚えたと語っています。2か月という長い休業の診断書が出たにもかかわらず、すぐに休みを取れる体制を作ってくれたことや自宅で両親にもきちんと経過を話してくれ、こういう事態になったことを詫びてくれたことで気持ちも楽になったようです。休みに入ってしばらくして睡眠がかなり取れるようになっていき、栄養面での改善も図られ体力面での改善を明らかに見えてきました。営業所長は自分を分かってくれている人だ、という気持ちが復帰の意欲につながっていきました。

 回復が明らかになった頃、この会社の厚生担当・衛生管理者は、産業医と相談し復帰に際し、近い営業所への転勤を起案してきましたが、主治医は今の営業所長のもとでの復帰でないとうまくいかないと判断しこの営業所への復帰を提案しました。さらに、主治医は、自宅から遠い営業所への通勤自体が食事や睡眠を確保する上での困難と考え、営業所近くにアパートを借りることを提案しました。この提案に対しては、両親等から、自宅からの通勤の方が親の作る料理を食べられるという意見も出されましたが、何よりも長距離通勤が基本的な弊害と判断され営業所の近くのアパートに住んで貰いました。こうした経過には産業医も同意して援助してくれました。朝食、夕食は近所のスーパーから入手することとし、内容については当診療所の産業看護職が指導しました。昼食は営業所で用意して貰うことになりました。この間、同じ財団の別の病院心療内科と協力して治療する中で徐々に具体化していけました。2か月では無理でありましたが、体力向上のためのメニューもこなしてもらい、数か月を経て復帰可能と判断され、4時間勤務(10時から3時)から復帰することになりました。仕事の内容でも、発症した主要因のひとつでもあった推進委員は外され、かつ、ルートサービスの配送業務に限定されました。その後も経過は順調で、早々にフル勤務となり推進委員ではないまでも、その方面でも結構な成果を挙げているとのことです。

背景と教訓

 例は、結果としてはうまく復帰出来ましたが、そういう経過を経ないでしまう危険性も十分にあった事例です。予防出来たか、という点からみると、既に、同じ企業の中の前の職場(職種は違いますが)で、パートの方々の上にたって指示したりすることがうまく出来なく一人で活動できるから、という理由で配送の仕事に転換したのに、社会情勢や会社の事情が変わったからといって十分な変容を生むことなく、同じような負担を加えてしまったこと、1日中の運転業務ということで、人間関係をきちんと形成していきにくい面や、ゆっくりとした昼休みが取れず昼食が不規則で内容も良くないことが日常化したこと、通常のこととして配置転換を実施し、長距離通勤と総拘束時間の長時間化が起き、その影響が心身に及ぶことが予期・予知されていなかったこと等が挙げられます。

 この事例は単に「運転業務」遂行によっての発症ではないのですが、ルートサービスと営業による1日運転業務はそれだけでも神経をすり減らす業務であり、それに今回のようないくつかの負担・負荷が重なればこうした心身の障害が起きうるということを示した事例といえます。最近は「長時間残業は過重労働」として過労死やメンタルヘルスの障害の背景因子として重視され、産業医・医師の面談も法的に制度化されてきていますが、そこに加えて長時間の通勤や昼食を含む休憩時間返上の労働実態も健康を脅かしていることが知られてきています。そうした労働関連の時間を「総拘束時間(残業時間含む労働時間+往復通勤時間)」をひとつの重要な指標とする考え方もあります。「総拘束時間」の長時間化は、疲労の蓄積や睡眠、食事の量・質の悪化を惹起するものと考えられますが、本事例もその典型として参考になれば幸いです。