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Q7:産業保健スタッフが社員から人事マターの相談を受けた場合は?

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Q7:産業保健スタッフが社員から人事マターの相談を受けた場合は?

【Q】質問

 企業の中で社員の相談を受けていると、社員たちが感じているストレスには、人事評価、雇用不安など人事マターだと思われるようなことが多く含まれてきています。産業保健スタッフとして、社員たちのそのような相談に対応していく上で知っておいた方がよい知識や知見などにはどのようなものがあるのでしょうか。

【A】回答

 産業保健スタッフが社員からの受ける相談の中には、人事に関係する相談が数多く含まれています。これは、人事関連の出来事は、社員のキャリア形成や職業人生に大変大きな影響力を持っていることの表れです。影響力が強いということは、社員にとって重大な意思決定や効果的な対処方法が求められることを意味します。ですから人事マターのことで産業保健スタッフに相談を持ちかけてくる社員には、特別な留意やサポートが必要です。

1)来談者の認知を知る

 人事関連の出来事には、ネガティヴな側面とポジティヴな側面とがあります。ネガティヴな側面の例としては、人事上の出来事がストレッサーとなって、メンタルヘルス不調を来し、産業保健スタッフの元に相談に訪れるといった場合があります。こうした社員の方は、人事関連のストレッサーが、ディストレス(悪影響を及ぼすストレス)となっていることに注意を払う必要があります。
 一方、人事関連のストレッサーにはポジティヴなものもあります。ポジティヴな側面の例としては、人事的な出来事が仕事へのモティベーションや職務満足、組織コミットメントを高め、気持ちが高揚した気分になって、誰かに聞いてほしいために産業保健スタッフの元を訪ねるといった場合があります。このような場合、人事上の出来事がユーストレス(よい影響を及ぼすストレス)となっていることに気づくべきでしょう。
 ただ注意しなければならないのは、同じ人事マターの出来事でも、それがネガティヴなものなのかポジティヴなものなのかは、来談者の認知に依存するということです。したがって、産業保健スタッフには、相談内容や相談過程から、来談者が人事上の出来事(ストレッサー)をどのように認知しているのかを推測し、その持つ意味を判断することが求められます。
 たとえば「昇進」があったことで相談に来た社員は、「うれしくて報告に来た」という高いユーストレスの水準から、「責任が重くなって不安で眠れない」という高いディストレスの水準まで様々です。また、「昇進を競った同僚に申し訳ない」「理由もなく昇進が決ったので罪悪感を感じる」「同僚の羨望に耐えられない」「もともと昇進したくなかった」「周囲の期待に応えられるか心配」「有頂天になっている自分を戒めたい」といったものもあるかもしれません。
 大切なのは、「昇進」と聞いて単純にポジティヴに受け止めて「よかったじゃないですか」と返答するのではなく、来談者の来訪の真の意味を探求することです。それには、来談者の話を傾聴することが基本となります。また来談者が発する言葉のほかに、来談者の示す身振りや表情をよく観察することも重要になってきます。来談者はひとつの人事上のエピソードに、様々な思い(認知の仕方)を込めて話しますので、産業保健スタッフは来談者の言葉、身振り、表情などを手掛かりとして、来談者が相談に来た真の意味を探る必要があります。

2)解決のレベルを同定する

 今ひとつ大切なことは、産業保健スタッフの元に持ち込まれた相談事項が、どのレベルで解決可能かという判断をしなければならないということです。人事関連の相談内容の多くは、個人レベル、職場レベル、会社レベル、産業社会レベルと多層的な構造を有しています。一般に層のレベルが高いほど、すなわち産業社会レベルに近づけば近づくほど、産業保健スタッフの有しているスキルや権限による問題の解決が困難になります。逆に、多層構造のレベルが低い水準の問題は、産業保健スタッフによるサポートが効きやすくなります 。1)
 たとえば会社から「リストラ」の示唆を受けた社員が来談した場合を考えてみましょう。この相談を多層構造の中で考えてみると、個人レベルでは「情報の確認方法」「リストラの不安への対処法」「対処資源の発見と整理」などを産業保健スタッフが来談者と相談しながら探求することができます。場合によっては産業保健スタッフが「心の支え」となり、問題の解決に至る場合もあります。
 職場レベルでの対処法としては、「人事権のある上司の意図の確認」「職場内での代替手段の探究」などがありますが、このレベルでは産業保健スタッフとしての直接的な支援は難しく、来談者本人に自ら行動をするように示唆をする水準に留まります。とは言うものの、往々にして産業保健スタッフが「応援者」となり、問題の解決に至る場合があります。
 会社レベルの対処法としては、「早期退職優遇制度の活用」「アウトプレイスメント制度の有無の確認」「再就職先の紹介」などを、産業保健スタッフと来談者が一緒に確認したり考えたりすることが考えられます。このレベルでは、会社の制度や施策の有無と活用がメインとなりますので、会社にそうした制度や施策自体がない場合には、産業保健スタッフが来談者の支援に用いることができるリソースは少なくなります。そのような場合に産業保健スタッフができることは、来談者の心情を慮る「共感者」となることでしょう。
 最後の産業社会レベルでは、先にも述べたように産業保健スタッフの持つスキルや権限が一番届かないものとなります。リストラの原因が「当該産業自体が衰退期にある」「世界的な景気後退局面にある」となると、産業保健スタッフ一人の力で、来談者のためにできることは極めて限られてきます。ただ産業保健スタッフのできることがまったくないわけではありません。来談者とともに同時代を生きる仲間として、産業社会の構造的問題を語り合うことができる「理解者」となることなどはそのひとつです。

3)キャリア発達の視点を持つ

 最後に注意すべきことは、人事関連の相談の背景には、必ず来談者のキャリア発達上の課題が重なっているということです。一般に、社員個人の会社内でのキャリア発達は、①キャリア開始期(20歳台半ばまで)、②初期キャリア(20歳台半ばから30歳台前半まで)、③中期キャリア(30歳台前半から40歳台前半まで)、④後期キャリア(40歳台前半から50歳台中期まで)、⑤退出期(50歳台中期以降)の各期に分かれます。
 人事上の主な施策には、採用、教育・訓練、配置、評価、出向・転籍、リストラ、休職、再雇用、などがありますが、これらの持つ意味は社員のキャリア発達の段階に応じて様々に異なります。たとえば、人事評価のクリティカル・ポイントは一般に、入社3年から5年の内のキャリア開始期と40歳前後の中期キャリアにあると言われています。平易に言いますと、会社が社員を会社の中核を担う有為な人材か否かを判断するのは、キャリアの初期とキャリア中期の人事評価の結果に依存しがちであるということです。したがって、このような時期に人事評価のことで相談に来る社員には、とくに丁寧な応対が必要です。なぜなら、この時点での問題の解決は、来談者のその後のキャリア発達に大きな影響を及ぼすからです。一方、退出期に入った来談者にとって、人事評価は後のキャリアにそれほど大きなインパクトは与えません。同じことは、教育・訓練という人事施策にも言えるでしょう。

 大事なことは、人事マターが関連する相談を受ける時には、その来談者がどのようなキャリア段階にあり、今後どのようなキャリアを歩もうとしているのか、また来談者が語る相談内容と自らのキャリア発達への思いとはどのように関係しているのかをよく精査する必要があります。相談内容の即刻の解決を目指すだけではなく、中長期的なキャリア上の課題に目を向け、来談者の解決の支援をすることが産業保健スタッフには求められます。 2)

文献

  • 1 )若林満,松原敏浩,渡辺直登,他.経営組織心理学.東京:ナカニシヤ出版,2008.
  • 2 )廣瀬紳一,渡辺直登(監訳).人事戦略のためのアセスメント・センター.(Thornton, G. C & Rupp,D.E. 2006 Assessment Centers in Human Resource Management. NJ:Lawrence Erlbaum)東京:中央経済社,2014.

執筆者:渡辺直登(慶應義塾大学大学院経営管理研究科)

【出典】産業精神保健 Vol.22特別号(2014)「職場のメンタルヘルスQ&A」(日本産業精神保健学会 編)