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第4回:株式会社日立ケーイーシステムズ(千葉県習志野市)

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株式会社日立ケーイーシステムズ
(千葉県習志野市市)

 JR津田沼駅から企業専用の連絡バスに乗って約20分。工業団地の一角に、株式会社日立ケーイーシステムズの本社がある。以前この地域は日立の工場やグループ会社など、日立関係だけでも約5000名の労働者が働いていたそうだ。今は規模が縮小され、余地にショッピングセンターなどができている。株式会社日立ケーイーシステムズは、株式会社日立製作所のグループ会社として、1980年に設立された(現在は株式会社日立産機システムのグループ会社)。情報システムおよびソフトウェアの制作・販売が主な事業である。現在の従業員数は約500名。今回は、会社設立の半年後に入社してから、今日まで長年人事労務畑を歩んできた、総務部部長代理兼産業カウンセラーの渡邊一正さんにお話を伺った。

10年かけてメンタルヘルス不調による長期休職者が「ゼロ」に

 渡邊さんは、人事労務部門で人材育成およびメンタルヘルス対策業務を担当しながら、社内相談窓口でのカウンセリング業務も兼務している。いわゆるダブルジョブである。

 「メンタルヘルス不調により休職するケースが複数発生し始めた2003年に、当時の社長から『活躍していた社員がうつ病になって苦しんでいる姿を見ることほど悲しいことはない。最近、長期休職者が増えつつあるので、なんとかしたい』との発言を受けて、契約していた精神科医の支援を得て、対策案をまとめました。管理職による部下への支援強化、メンタルヘルス不調者を産業医・精神科医に早期につなげるべく相談窓口を設置、そして、産業カウンセラーとして私が自ら行う相談対応など。これらはすぐに社長の承認を得ることができました。予算計上は不要でした。私が動けばよいと考えたからです。」

 メンタルヘルス対策に取り組んでいない企業において、その理由を「経費がかかるから」とするところは、ことに中小企業で多く見受けられる。しかしながら、多額の経費を投資しなくとも、従業員のリソースを活用することは十分に可能であり、そこからメンタルヘルス対策取り組みのきっかけをつくることが大切だと考えられる。

 「最初に周知したのは、課長職以上の管理監督者に対してです。2003年7月に”心の問題に対する取り組み実施の件”と題する書面を通じて、メンタルヘルス不調による長期休職者が増えつつある現状を伝えると共に、部下の様子が普段と違っているなら、私のところに相談するようつなぐこととしました。抵抗感を少なくするためにメンタルヘルスをなるべく前面に出さないよう”EAP(従業員支援プログラム)相談”の名称としました。最初から社内全体にオープンにしたわけではありません。窓口開設にあたって精神科医に相談したところ、『大変良い施策なのでぜひ進めてほしい。ただ、ひとつだけ留意点があります。カウンセリングをして悪化したので先生診てください、ということにはならないよう慎重に行ってください』というものでした。カウンセリングマインドで接するというだけではなく、専門性を要求されたわけです。それ以後、さらなるカウンセリングの自己研鑚を行いながら、継続してスーパーバイズを受けるようにしています。」

 「メンタルヘルス不調による長期休職者は、2002年8月以降、入れ替わりながらも、誰かしらいる状態が長年続いていました。そして、2008年、2009年と随分増えてしまいました。そのため、それまでは本人に対するカウンセリングを月1回のペースを基本に行っていたのですが、症状により2週間ごとや毎週など、きめ細かく実施して個別対応を強化することとしました。その効果か、2012年10月に長期休職者がやっとゼロになりました。10年かかりましたね。」

 メンタルヘルス不調による長期休職者ゼロを目指す企業は、昨今、多く見られるようになった。メンタルヘルス対策の結果が具体的に企業の生産性向上につながっていることが明確となり、多くの企業において、この意識は浸透してきている。長期休職者ゼロを達成した渡邊さんの10年の取り組みも、この意識のもとでの着実な努力が、実を結んだ結果であると言えるだろう。

カウンセリング業務を通じての個人情報保護

 「”EAP相談”は、強制的な全員カウンセリングではありません。個別に本人の希望によりカウンセリングを行っています。これまでに約160名の社員と面談を行ってきました。全体の1/3近くの社員と面談したことになります。カウンセリングを開始した2003年は、9名だったことを考えると、徐々に広がり制度として定着していると感じます。2011年は延べ250回の面談を行いました。1回は大体1時間強です。1回で終わる人もいれば、休職して復職した後も長期にわたって面談を重ねる方もいます。きめ細かな個別対応による早期発見と早期治療につなげる二次予防対策と、復職後もケアを続けていく三次予防対策が休職者ゼロに結びついたものと思われます。」

 ダブルジョブにおいて疑問に思ったことがある。渡邊さんが、人事労務部門とカウンセラーの兼務であることで、従業員はカウンセリングの際に、人事部門へ情報が筒抜けとなってしまう不安から、本音の相談をしないのではないだろうか。その疑問を尋ねてみた。

 「企業経営の中での”人事労務担当の視点”と、”カウンセラーの視点”は、実は異なると考えています。カウンセリングは相談者の人生を見つめる作業でもあります。経営資源としての人財の視点枠を超えて、この世界に存在する貴重な一人の人間として、畏敬の念とも言えるような姿勢で相談者と接しているつもりです。つまり相談者とカウンセラーの信頼関係の基盤上に成り立っているのです。キャリアカウンセリングの知識も重要です。なかには面談のなかで転職が話題になることがありますが、再就職支援のお手伝いをする場合もあります。このように本人にも良くて会社にも良い”線”が、どこかにあるものと思っています。まれに異動したいという理由で切羽詰って相談に来られる方もいます。これもケースバイケースで、じっくりとお話を伺ってメンタルヘルス不調の具合を把握しながら、必要に応じて病院につなげるとともにカウンセリングを開始します。職場の管理職と人事担当と連携し早期に異動を果たす場合もあります。」

 「不思議なのですが、相談者は無くならないのです。会社設立まもなくからずっと新入社員教育や階層別教育などを前面に立って実施してきましたので、私の”人となり”は既に皆さんに知られていて、かろうじて、まんざらでもないと思ってくださっているのかも知れません。」

 カウンセラーであること以前に、「渡邊さんなら相談しても大丈夫」という渡邊さんの雰囲気が従業員には伝わっており、かつ相談内容の守秘もあり、両者の関係性ができているからこそ、安心して相談できるのではないかと思われる。

就業生活リズムの乱れ防止のためにフレックスタイム制度を廃止

 「2007年に”メンタルヘルス管理者マニュアル”をまとめました。マニュアルは管理職全員に配布しています。社内のそれぞれの役割を明確にし、医師等と連携した各状況における留意点を示しています。その中で、”職場復帰支援”に関してもまとめました。」

全18ページにわたるマニュアルでは、職場復帰の流れの他、「部下のストレス度推測のためのチェックリスト」や「早期の発見と受診への勧め方」などすぐに使える内容が豊富に盛り込まれている。職場復帰に際して、「復職可」の診断書が出た後の対応を中心に、話を伺った。

 「当社の復帰は正規の時間に勤務できることを条件としています。”復職可”の診断書が出た後、本人の意向によりリハビリ出社を行っています。休職期間中に行うので、仕事はさせず企業としては職場の場所を提供することが基本となります。リハビリ出社期間中に行うことを、主体性をもって計画し、時間配分を考えていただきます。その計画に従って生活のリズムを整え、ご自身をコントロールして行動していくことで、徐々に復帰への実感と自信も生まれてきます。また、スケジュールシートには、職場の管理職による気づきのメモを書く欄もあります。期間は、2か月をベースとしていますが、状況によって異なります。滞在時間も徐々に伸ばしていくのですが、出社の時間が朝からという点は固定しています。職場復帰に際しては、主治医及び産業医と連携して行うことを重視していますので、リハビリ出社の前には必ず、主治医と産業医からの承認をとってもらっています。」

「休職中は、私の方から伺って定期的にカウンセリングをしています。できるだけ、休職者の自宅近くを選び、喫茶店や商工会議所の会議室など、人目を気にせず静かであるところで行います。ただ、そう簡単に見つかるものでもないので、そのような時は、カラオケボックスで行うこともあります。当たりはずれがありますけどね。」

「手引きの第4ステップにて、いよいよ職場復帰となった際には、独自に作成した”職場復帰準備性評価シート”に沿って、私との面談時に、一緒に状態を確認していきます。特に重要と思われる点は、就寝・起床時刻、食生活リズム、日中の活動性、集中力などです。 また、その頃からのカウンセリングでは、特に本人の認知の偏りなどに関する”気づき”を深め、”現状の自分を受け入れる”ことに焦点を当てます。目標も無理のない範囲で明確にしていきます。再休職する方はそれらがあまり進んでいないように思われます。簡単にできることではないのですが、だからこそ共に見つめていく過程が重要だと考えています。焦りは禁物です。また、カウンセリングでできることとできないこともわきまえて望むよう心がけています。」

「復職判定は産業医のアドバイスを受けながら行いますが、業務遂行能力は7割が見込める状態で職場復帰可としています。これまで5~6割程度での復帰としていたら、再休職率が高かったので、できるだけ精度を高めるように努めています。このあたりの判断も、これまでの経験を通じて得た感覚だと思います。」

「また、職場復帰支援の一連の活動を通じて、メンタルヘルス不調になる過程で生活リズムが乱れていることが多いということが分かりました。当社では、フレックスタイム制度を導入していたのですが、管理職が部下の時間管理を充分にできていない事態も起こりました。そういったこともあり、2008年に就業生活リズムの乱れ防止のためにフレックスタイム制度を廃止にしました。労使の間でこの問題に対する議論を行い、アンケートをとったりしながら詰めていき、1年間の試行期間を経て実施しました。」

 カウンセリングを通じて得た組織の問題点を、人事労務担当者として制度変更を行う。ダブルジョブの利点と言えよう。外部のEAP機関に丸投げしていては、簡単にできないと思われる。

できるところから実施していく

 最後に、職場復帰支援を含む職場のメンタルヘルス対策に関して、渡邊さんからまとめとなるポイントを3点伺った

①できるところから、ニーズの高いところから実施していく
「日々のカウンセリングや面談を通じて、社内のメンタルヘルス対策のニーズのみならず、人材育成や労務マネジメントの改善ニーズが見えてきます。総花的に考えられる施策を打っていくのではなく、優先度の高くできるところから施策や改善を進めていきます。
『なぜメンタルヘルス不調になるのか』を、PDCAサイクルを廻しながら検討し、修正を加えています。これらの制度作りが担当者の自己満足であってはなりませんからね。」
②医師とのネットワークをしっかりと築く
「企業は、休職者が発生した場合には、いつ頃に回復して出社できるのか、という情報がまずはほしいのですが、心の病気では復帰時期の見通しは明確ではありません。そこで病院とのつながりは大切です。勤務拠点のある千葉県、東京都、神奈川県の病院の特徴やリワーク施設をできるだけ多く知っておくことも必要です。これまでにお会いした医師と私のような企業スタッフとの信頼関係も重要です。これまでの活動で私自身のネットワークも広がっていきました。また、千葉産業保健推進センターの医師にも相談しに伺ったことは何度かありました。私から動いて行かないとネットワークは広がりません。」
③管理職の日々のマネジメント能力を上げる
「当社のような情報システム系の会社では、部下のマネジメントは何よりも重要だと言っても過言ではないでしょう。しかし、プレイングマネージャーも多くなり、管理職のタイトな勤務の現状では、OJTが十分にできていなかったり、部下に対する関心が薄れ気味な傾向があることは否めません。マネジメントのキーパーソンは管理職ですが、その管理職へのサポートも私に課せられている職務のひとつと考えています。」

 カウンセラーと人事労務との兼務は、実際に難しい立場ではあろう。しかし、相談者自身が抱える要因と職場での労務管理上の改善点とを肌で感じられることは、様々な角度からのニーズが見えてくることにもつながる。
メンタルヘルス対策は一朝一夕には成果が出ないものかもしれない。しかしながら、積極的な活動でこれらのニーズを捉え、できるところから改善していった取り組みは、10年越しの「長期休職者ゼロ」という成果につながった。従業員、職場管理職、人事担当者、産業医、主治医等の間を、社内カウンセラーとして潤滑油のように関連付けた活動は、メンタルヘルス対策、職場復帰支援の制度を社内に浸透させていけた大きな要因となっている。
ダブルジョブの2つの領域で人的なネットワークを築いていった渡邊さんの取り組みから、企業におけるメンタルヘルス対策の更なる可能性を感じている。

【ポイント】

  • ①できるところから、ニーズの高いところから実施していく。
  • ②医師とのネットワークをしっかりと築く。
  • ③管理職の日々のマネジメント能力を上げる。