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日産自動車株式会社(神奈川県横浜市)

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日産自動車株式会社
(神奈川県横浜市)

 今年度最後の事例紹介は日産自動車。職場復帰支援の取り組みの中で、日本で初めて企業内リワーク施設を開設したとの話を聴いて現場を取材することとした。1933年に神奈川県横浜市に設立され、現在、日本を含む世界20の国や地域に生産拠点を持ち、160以上の国や地域で商品やサービスを行っているグローバル企業である。従業員数は、親会社単独では約24000人、グループ会社まで含めると約157000人。今回は、小田急線愛甲石田駅から企業専用バスに乗って30分、厚木の山奥の広大な敷地に建設された「先進技術開発センター」と「テクニカルセンター」合わせて従業員約9500人の厚木地区を訪問し、人事本部グローバル人財開発部安全健康管理室の栗林正巳さんにお話を伺った。

元エンジニアによるメンタルヘルス体制の構築

 「私は入社以来、長年エンジニアとして過ごしてきました。それが、2005年に突然畑違いの安全健康管理室への異動となり、今に至っています。当社では、昭和30年代の半ばから健康保険組合の活動にて精神科医が相談を受け付けたり、保健師によるメンタルヘルス研修を行っていたりしましたので、メンタルヘルス対策の歴史は長い方です。そのため、従業員は既に”メンタルヘルス”という言葉を知ってはいました。しかしながら、私自身2005年に担当になるまでは、メンタルヘルスの詳しい内容に関してはあまり理解していませんでした。他の従業員も同じレベルだったと思います。」

 「メンタルヘルス」という言葉は知っていても、内容についてはあまり理解していない人は、他の企業でも未だに多くいるのではないだろうか。メンタルヘルスは自分自身にも関わる問題だと当事者意識を持つ教育、情報提供が望まれる。では、日産自動車では、いかにして「メンタルヘルス」を個々の従業員へと浸透させていったのであろうか。

 「担当となり、最初に実施したのが、メンタルヘルスの専門業者である外部EAP(従業員支援プログラム)機関の導入です。我々にはノウハウも経験もないものでしたので、協力してもらえる外部機関が必要でした。選定する際には、下記の3点を重視しました。」

1.会社全体の活動になること
・健保により事業場ごとの活動はあったのですが、担当者による温度差がありました。
2.会社の風土やニーズに合わせたサービスを提供できること
・業者が用意したパッケージをそのまま使ったり、業者に丸投げしたりすることは望みませんでした。
3.全方位の活動であること
・ストレスチェックだけ、相談対応だけといった部分的な活動ではなく全体で包括的な活動を担っている業者を望みました。

「6か月間、時間をかけて検討し、外部EAP機関を1社選定しました。」

外部EAP機関にすべて丸投げをするのではなく、社内を分析した上で、必要なサービス内容を決め、尚且つ全方位型で外部EAP機関のサポートを得るという考えは、社外のリソースを活用する際にはとても大切な視点である。お話を伺う中で、元エンジニアの緻密さが感じられた。

 「これまで、部下がメンタルヘルス不調になった場合、上司は自分でなんとか解決しようとしていました。当社の風土かもしれませんが、みんな真面目なんですよね。ただ、それが裏目に出て、悪化してしまったケースもありました。上司自身ですべてを抱え込まず、専門家にまかせるという点で、外部EAP機関による支援に重点を置いた訳です。日産自動車の安全衛生基本方針では、『私たちは、トップから社員一人ひとりに至るまで、全員が人間尊重の考え方を共に認識しあい、職場環境の最適化、心身にわたる健康増進を積極的かつ継続的に進め、災害や疾病のない明るく活気ある職場づくりを推進する。』とされており、2008年度から健康増進の前に”心身にわたる”の文言が追加され、積極的なメンタルヘルス対策が盛り込まれました。」

職場のメンタルヘルス対策を、経営課題として認識する上で、会社の方針に盛り込み経営者のメッセージとして発信することは、とても意義深い。

「現在の当社のメンタルヘルス対策の取り組みとしては、年に一回実施するストレスチェック。外部EAP機関による相談カウンセリング。職場改善活動として、ストレスチェックの結果を組織分析として活用し、課題があると予想される部署を中心に職場懇談会を実施しています。そして、管理監督者向け、一般層向け、それぞれにメンタルヘルス目的別研修を行っています。また、職場復帰支援プログラムによる適正な復職のサポートにも重点を置いています。」

職場復帰支援の取り組みを通じて得られた課題と対応

 「当社では、2006年4月から”職場復帰支援プログラム”を運用しています。主な狙いは、”再発の防止”です。そのために、8時間勤務できる状態まで回復してからの職場復帰と定めています。よってリハビリ出勤はありません。復職判定面談は、本人、産業医、職場の上司、人事が必ず揃った上で行います。その上で、人事が最終判断します。」

「職場復帰支援の流れは、厚生労働省の手引きを基本としています。さらに、第2ステップでの産業医との面談時に、休職者に”生活リズム表”を約2週間記入してもらうようにしています。また、復職判定面談後は、外部臨床心理士の”復職コーディネーター”による電話面談フォローを通じて、復職直前の緊張・不安を解消しています。」

 「そして復職後のフォローは、手厚くするように心掛けています。復帰後6か月間は、当社の”プログラムシート(業務計画)”に基づき、毎月上司の面談を行っています。これらの対象者は30日以上休業した従業員全員です。しかしながら、これら”職場復帰支援プログラム”の運用から問題点もいくつか出てきました。」

1.長期休業者が職場復帰支援プログラムの土俵に乗るためには、ある程度のリハビリが必要である。
(但し、職場ではリハビリはしない。)
2.繰り返す休業者は「今度は再発しないだろう」というなんらかの材料がないと、人事としては復職可の判断ができない。

 「これらを踏まえて、2008年から職場復帰の前に社外のリワーク施設を積極的に活用することと致しました。さらに2011年1月の就業規則改訂時に、再発防止の観点から以下の条件に該当する休業者にリワーク施設を推奨することといたしました。」

職場復帰プログラム適用者で次のいずれかに該当する者
1.休業期間が1年以上経過した者
2.過去3年以内にメンタル疾患等による休職歴がある者
または1ヵ月以上の長期休業が2回以上ある者
3.上記1,2に準ずると会社が認めた者
※再発リスクが高い場合には、産業医または人事の判断により、フィジカルな診断名でも対象に加える。

「1,2年かけて、労使での話し合いを通じて、『再発するとさらに悪くなり本人にとって良くない』ことを組合側に伝えてきました。このように就業規則に文面化することで、早い段階で対象者自身が復職時にリワークが必要であることを認識することが可能となりました。」

就業規則にリワーク施設の推奨を盛り込む程、効果があると判断してきた点をさらに詳しく聴いてみた。

「リワーク施設を活用することで、下記のメリットが見られました。」

1.生活リズムの安定
2.集中力、持続力、人間関係対応力等の鍛錬によるストレス耐性の向上
3.認知行動療法等の心理プログラムによるストレス耐性の向上
4.復職可否判断に向けての客観的評価の取得

 「特に、リワーク施設から報告される”客観的評価”に関しては、最終的に人事が復職可の判断をする上で、重要な判断材料となっています。このようにリワークプログラムを実施することで、実施しない場合と比べて、再発者はほとんどなくなりました。」

再発予防の観点において、リワーク実施の効果は、データが物語っている。

 「しかしながら、優れた実績を持つリワーク施設は利用までに何カ月も待機しなければならない状況です。また、施設によってはカリキュラムが単純作業中心の”社会復帰型”となっていて、”職場復帰型”ではない場合もあります。リワーク施設の絶対数が全国で不足していると共に、地域差も大きいこともありますし、今後、地方事業所内でのリワークの可能性を探る観点から、”社内リワーク施設”を開設することと致しました。」

企業内リワーク施設の開設

厚木地区の技術開発センターに隣接している「日産総合厚木グランド」。ここは以前、運動部の練習場だったそうだ。しかしながら、運動部は2009年以降活動停止状態となってしまう。そこで、そのクラブハウス2階を改良して、企業内リワーク施設が整備された。

 「施設名は、”森の里 ワークトレーニングハウス”です。こちらの看板は、車両の試作を行っている部門の方が製作しました。企業内にリワーク施設を構えているのは、おそらく日本で最初でしょう。」

「開設したのは2012年4月からです。施設の開設時間は、事業場の勤務日と同じで、時間は9時~17時です。費用は1日1000円を利用者が支払っています。他の民間リワーク施設と同等の金額に設定いたしました。休職中ですので、交通費も利用者が実費分支払うことになります。運営は専任の従業員2名が行っています。施設長の佐藤さんは、日産の卓球部の出身で選手として活躍した後、卓球の全日本の監督まで務められた方です。2人とも専門職という訳ではないのですが、外部EAP機関の医師や心理職の方々に教わって、よく勉強してくれました。」

 ここからは、施設長の佐藤正喜さん、並びに藤田平雄さんから具体的な活動内容を伺った。

 「3か月を1クールとしてプログラムを組んでおります。”ストレスマネジメント”や、”心理教育”などはシリーズものとなっています。また、週に一度は、外部EAP機関の臨床心理士の方々が来られて、”認知行動療法”や”コミュニケーション・スキル”などの講義を行っています。その日に利用者との個別面談も、定期的に実施しています。当初、途中受け入れは行っていなかったのですが、現在はニーズに合わせていろいろなパターンを取り入れています。施設では最大8名受け入れることができます。これまでの3クールで、それぞれ2~4名の利用者がいました。皆、きちんと復職しております。復職率100%ですね。」

 「ここが、”ワークプログラム室”です。カリキュラムの殆どがここで行われます。現在は3名が利用しています。パソコン上にカリキュラムが表示される仕組みです。個別作業では利用者本人が課題を設定し、目標を”見える化”した上で取り組みます。そして、成果をメンバー全員に報告いたします。また、あるプログラムを通じて『心の洗濯ができました』と言ってくれた利用者の発言はとても印象的でした。後方のオープンスペースでは、リラクセーションやレクリエーションを行っています。」

 建物自体が新しく、広い部屋である点からも「ワークプログラム室」で作業しているだけで、元気になれるように感じられた。

「気候の良い日は、外のグランドでも活動します。集団作業で、今日は1つの大きなグライダーをメンバーみんなで製作しました。前回行った個人での小型グライダー製作と比べ難易度も高まり、協調性、集中力も求められます。今回は3名全員での作業を通じて、自分と考えや手法が違うメンバーとの交渉力をつけることに重点を置きました。飛ぶか飛ばないかは問題ではないのですが、今日は遠くまで飛んでいましたね。」

「入口横の菜園ではみんなで花を植えたり、野菜を栽培しています。夏には枝豆がたくさんできたのですが、猿に食べられてしまいました。その他、メンバー活動として、施設の外に出て、湘南海岸の清掃ボランティアを行ったり、老人ホームのボランティアを行ったりしています。登山したこともありました。施設利用者にとってより良いプログラムを、我々スタッフで考えています。」

「集団作業のプログラムに関しては、近辺の事業所の従業員の方々にいろいろと協力をしてもらっています。さきほどの菜園でもスキルを持っている方に来てもらい、土づくりから植栽までの講義、実地作業を指導していただきました。またプロ級の腕前の持ち主の方にはデッサンの指導をお願いしたり、技能系の方には”標準作業の設定と仕事の教え方”について講義をしてもらったりしたこともあります。事業所内にあるものはなんでも活かしてしまいます。でも、皆さん快く引き受けてくださっていて、日産は本当に良い会社だと感じますね。」

事業所にあるものはなんでも活かす、全方位型の対応を端的に現している言葉だと思われる。
 近年は幾度ものコスト削減等、経営手法がマスコミで話題になっていた日産自動車による「企業内リワーク施設」の開設。2006年以降栗林さんが手がけたメンタルヘルス対策によって、メンタルヘルス疾患による長期休業者の発生率や休業日数などの数値から、年間数億円もの効果があったと試算されている。これらの数字により経営者も納得し、「企業内リワーク施設」の開設に辿りついたのであろう。
 職場復帰支援を積極的に取り組むことのメリットは費用対効果からも明らかであることを示す事例であった。

【ポイント】

  • ①外部EAP機関を活用する場合は、企業側からの要望や情報をしっかりと伝える。
  • ②職場復帰の前にリワーク施設を積極的に活用する。
  • ③メンタルヘルス対策前後を比較し費用対効果を試算し経営者に示すことで、次の新たな施策に繋がる。

【取材協力】日産自動車株式会社
(2013年3月掲載)