再び自殺者を出さないために 40代男性(メーカー中間管理職)
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再び自殺者を出さないために 40代男性(メーカー中間管理職)
わたしの体験
メンタルヘルス担当者としての出発

私は某メーカーの人事部でメンタルヘルス対策を担当しています。
中間管理職として部下の体調管理を任され、緊張の日々です。
最近、うつ病と診断され休職する社員が急増しており、対応に迫られた会社はメンタルヘルス対策をスタートすることになりました。

私がその担当者に命じられましたが、メンタルヘルスの知識などほとんどなく、一から勉強させてもらうことになりました。まったくの手探り状態でしたが、うつ病の休職者のうち何人かは無事復職を果たすことができ、メンタルヘルス対策の担当者として少しは役に立ったかなと、ほっとしたものです。

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期待の星という重圧の中で選んだ自死

そんな矢先のことでした。入社半年目の男性社員が連続で無断欠勤するようになり、心配した上司がアパートを訪ねてみると、なんと彼は「疲れた。もう死んでしまいたい」と言うではありませんか。

仮にA君としておきます。A君は、会社が借り上げたアパートで独り暮らしをしていました。驚いた上司から私に一報が入るや否や、まず、産業医と相談して、会社に近い精神科の医療機関へ連絡すると、一日も早く受診させるよう勧められました。すぐにA君に会い「君に今一番必要なのは専門医に頼ることだよ」と、診療を説得しました。
A君は最初、強く拒んでいましたが、根気よく説得を続けるうちに受診に応じてくれました。
医師の判断は「重度のうつ病で、すぐに休養が必要」というものでした。
慣れない独り暮らしによる不規則な生活と仕事への重圧が精神のバランスを崩した原因と考えられるため、医師は実家で休養するよう求めました。

しかし、A君は実家へ戻ることだけは強硬に拒否しました。じっくり話を聞くうちに彼の思いが伝わってきました。一流大学を出て、手前味噌ですが少しは世間に名を知られた会社へ入社を果たした彼は、家族や郷里のいわば期待の星だったのです。

そんな自分が心の病で実家に戻るわけにはいかないのだと、私たちに切々と訴えました。長男である彼は責任感も人一倍強く、家族に心配をかけたくないので絶対に知らせないでほしいと懇願するのでした。あまりにも悲壮な訴えに、医師も私たちもついに折れ、それなら勤務しながら治療を継続しようという方向で話がまとまりました。
ところが、その後すぐにまた欠勤が続くようになりました。
私は、A君との約束が心にあったものの、急を要すると判断、実家の両親に連絡して経緯をすべて知らせました。
母親が一人で飛んできましたが、予想していた通り、彼は断固母親に会おうとはしません。母親は「息子が会ってくれないのでは私はもうどうすることもできません。明日には出社すると本人が言っていますからなんとか会社で面倒を見てください」と繰り返すばかりです。
私たちは「今のA君の状態では、私たちも安全に責任が持てません。ぜひ残って、会う努力をしてください」と伝えました。
しかし、母親は首を振るだけで、「とにかく後を頼みます」と逃げるように帰っていきました。

その翌日、ついに彼と連絡が途絶えました。そして1週間後、彼は出身大学があった県内で自ら死を選びました。
警察から連絡を受け、A君の遺体を前にした私は呆然としました。死に場所に自らの出身大学の県を選んだA君の胸の内を思うと切なくて胸がふさがれる思いでした。

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無力な自分に対する後悔との闘い

私は企業のメンタルヘルス担当者に過ぎません。
自殺念慮の強い人間をそう簡単に救い出せないこともわかっています。

しかし、同じ会社の先輩として、希望に満ちて入社してきた若者の命を救う手だては本当になかったのかと考えると痛恨の極みで、眠れない日々が続きました。
最初に受診させたクリニックで強引に入院させるべきではなかったか、母親をもっと強く説得するべきではなかったか、などすべてが後悔の連続でした。

復職できた社員もあったことで少しは自分の仕事に自信を持ち始めた矢先の、未来ある一人の若者の死は、その自信を奪い去るには十分過ぎるほどの大きな出来事でした。
自分の仕事は人の生死に深くかかわっていると思うと、恐怖感すら覚えました。

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自殺者を出さないために

しかし、一方で、彼の死はメンタルヘルス対策という仕事が必要なのだということを教えてくれました。もう二度と職場から自殺者を出さないためにも、一人の若者が自らの命を賭して訴えたメッセージを伝え続けていくこと、それが無念の死を遂げた彼への何よりの供養だと今は思うようになりました。
事実、会社が迅速に対応したことで復職につながった社員もいますし、もしかしたら不幸な出来事を未然に防いだことが知らないうちにあったかもしれません。彼の場合、親子関係が未解決なままに成人してしまったことが根底にあり、私たちが入り込めない領域があったことも確かです。自分ができる範囲で最大限のことをしていくしか、企業のメンタルヘルス対策の人間には方途がないようにも思います。

それにしても、不安な時代が依然続く中、精神の不調をきたす社員は後を絶ちません。だからこそ、早い段階で周囲が気づき、それなりの対応をとることが求められます。
小さなシグナルを決して見過ごさず、声なき声に耳を傾け、適切な対処をアドバイスすることが私の仕事です。そしてかならず復職への道を拓いてあげたい。
たまたま命じられた仕事ですが、天職だと思って、社員の心の健康づくりの一助を担っていきたいです。

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