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[事例1-27] 高学歴の部下の言動に起因した電気通信メーカー開発研究職の統合失調症の事例

概要

年齢: 30歳
性別: 男性
職業: 電気通信メーカー開発部門
経過:

 Iは、某国立工高専を卒業した後に電気通信メーカーに就職しました。開発部門に所属し、30歳で結婚しました。

 子供が生まれた頃に力量を買われ、4月にリーダーとして配置転換されました。新しい部署でしたがIは職責を全うしようと努力しました。ところがある部下が「なんでお前がリーダーなんだ」、とあからさまに罵りIの指示に従おうとしませんでした。この部下は某有名大卒で、Iの学歴を馬鹿にしたりしました。それでもIは部下の掌握に努めようとしました。

 2か月ほどしてからIはしだいに眠れなくなり、集中力の低下も手伝って些細なミスを犯しました。それをみていた部下が、バカ野郎、と怒鳴ったというのです。Iはその夜から、暴力団につけられている、といってナイフを持って外へ飛び出すようになりました。7月になって妻はIのただならぬ様子に危険を察知し、会社に電話をして、欠勤させたいと告げ、さらに実家へ連絡し、Iの父の協力を得て、まもなく実家へ連れて行きました。実家へ帰ってから妻がIを病院へ連れて行き、受診させたところ入院を勧められ、任意入院の形で入院しました。会社からは何も言われていなかったといいます。

対処とその後の経過:

 2か月の入院で幻覚・妄想状態が改善したことから、退院しました。その際に治療者の病院に紹介され、治療を継続するために受診しました。6か月ほどしてから状態もよくなったのでIに職場に復帰する気持ちはないかと訊ねたところ、自信がないということでした。しかし長期になるにつれ勘も鈍り、難しくなるのではないか、会社の門へでも言ってみたらどうかとすすめましたら、Iはそれを勤務時間に合わせて実行しました。6か月を経てから、Iが自ら職場に復帰したいと申し出ましたので診断書を添え、産業医を訪問する手はずを整えました。

 ところが産業医は職場の受け入れに問題があり、産業医として認めるわけにいかないと電話をしてきました。治療者は産業医の主体的な考えに従うが何回か面接をし、職場と話し合ってほしいとお願いをしました。1か月経ってからI自身から職場が元の部署になり、復職することになったと聞かされました。

 Iは復職したが疲れるといい、月に2回ほど休み、また仕事が以前のようにできず、上司に教えていただきながら仕事をすすめているとも言いました。復帰する以前と同様に受診のときには必ず妻が子供と一緒についてきて、Iが話さない部分を補っていました。妻が、実は給料が入院したときの職場からでていて、昇給もしているけれども心配だと、筆者に不安を打ち明けました。身分をそのままにして働く場所を変え、働きやすいように会社側が配慮してくれているのではないだろうか、と治療者の推測を話しました。産業医からは何の連絡もありませんでした。

 その次に来院したときに妻が治療者の推測どおりだった、と話したので、しばらくご好意に甘えたらどうかと助言し、今日に至っています。現在、幻覚・妄想は認めらませんが、疲れやすいと訴え続け、能力の低下を自覚しています。それに対して筆者は、「時間をかけながらできることをやっていきましょう」と助言しています。妻も無理はさせたくないとIの体調を気遣ってくれています。

ポイント

職場の課題と対処:

 Iが発症した成因の多くは、職場環境に帰するといっても過言ではありません。人の情を汲むことができない高学歴人間のいわれのない差別感情がIの情動を揺さぶったといえます。Iは不快感を覚えたができるだけそれを表すことを抑えようとしたことは、言葉の端々から読み取ることができました。その苦痛は想像を絶するものがあります。

 発症の経緯について検討しますと、Iが反応したのではなく、Iに情動の変化が起きたと考えるのが自然でありましょう。

 妻が会社ではなく医療機関に救いを求めたのも賢明であり、彼女の言によると「頭がおかしくなったし、会社はあてにならない、咄嗟に判断した」ということも幸いしました。

 課題は産業医が職場の環境を把握していたかどうかです。対人関係に由来する劣悪な作業環境を知りえたのも、職場復帰の希望がIよりなされた時にはじめて事情を聴取する必要があると考えたのではないでしょうか。

 主治医の職場復帰可能の診断書に異を唱えましたが、後に認めたのは発症の成因に職場が関わっていることを知ったからでありましょう。であればこそ配置転換以前の上司の職場に返し、身分をそのままにしているのでしょう。しかし、部下に忠告したかどうかは知り得ていません。職場を元に戻し、待遇を変えなかったのは、産業医が作業管理について配慮し、関係者と話し合ったうえで決めたのでしょう。

 Iが再発せずに一定の水準以上の仕事をしているのは、妻の支援と復帰後の上司の適切な対応によるところが大きいです。できることをやりましょう、という主治医の助言を上司にも伝えたら、それでいい、と受容してくれたといいます。これは仕事をする上での裁量度と支援の面でIに幸いしているといえます。

職場の取り組み:

 アンソニー.W.Aは、1 他人と折り合うことができる、2 仕事ができる、3 出勤ができる、という3つの条件を8割満たせば精神障害者でも職場復帰が可能である、と論じています。

 課題は、この条件に加えて支援と仕事をする上での自己裁量度がどの程度与えられるかでしょう。事業主は作業管理・作業環境管理・健康管理によって労働者の健康を守ることは勿論のことですが、メンタルヘルスを重視するなら同僚との関わりをも含めて危険因子にできうる限り曝されないようにし、職場で働いている人が安心感を得られるように努めなければなりません。

 労働者が働く上で必要な能力はすぐれた知能ではありません。働きたいという動機に結びついた感情こそが問われなければなりません。動機と関わる感情がむしろ能力の向上に関わっているように思われます。この際感情は憤怒、快、不快を含めた情動とのつながりを無視してはその機能を論じることはできないことを銘記すべきです。

 統合失調症は大脳連合野が関わっていることは間違いありませんが、情動の激しい変化と比較した場合にはその度合いは遥かに少ないのではないでしょうか。極端な仮説ではありますが、統合失調症は、ある出来事によって当人の意思に関わりなく当人自身に起きた情動の激変によって、大脳連合野の制御と情動回路の制御との相互作用の均衡が保てなくなり、当人の立ち居振る舞いに整合不全をもたらしたものである、と治療者は考えております。

まとめ:

 治療者はこの事例に関して、統合失調症の発症の成因を同僚によってもたらされたある出来事に起因する情動の激しい変化に求めました。

 統合失調症の成因を情動の激変に求めると、対応しだいでは安心感が得られる職場環境を作ることができ、出退勤の問題に関わる困難の度合いが軽減すると考え、そのことを論じました。

 統合失調症患者の職場復帰に関しては、近年になり労災補償のための「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」が示されたことで、人事部にとってはより困難の度合いを増しているように思われます。指針は2009年3月にストレスをもたらす出来事の項目を31項目から43項目に増やし、「ひどい嫌がらせやいじめ」などが追加されました。「ひどい嫌がらせやいじめ」はもっとも強度のストレスをもたらすとされ、強度Ⅲに区分され、労災補償の対象になりうることが予想されます。本事例は貴重な教訓となりえましょう。

 しかし、統合失調症への理解の仕方を変えて克服すべきです。なによりも安心感を与えることが肝要と考えます。