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[事例1-3] 身体的な愁訴で休んだ家電メーカー営業担当社員のうつ反応の事例

概要

年齢: 50歳
性別: 男性
職業: 家電メーカー営業担当社員
経過:

 昨年の春、Aさんは地方の事業所から本社に異動しました。慣れない職務でかなり緊張を強いられましたが、生来の生真面目さで頑張りました。ところがしばらくして時どき強いめまいと吐き気が起こり、頭痛や眼前暗黒感にも襲われるようになりました。特に会社から車で帰宅する途中でよく起こり、道端に車を停めて休まなければならないほどでした。

 以前から軽い糖尿病があり、そのせいかと産業医に相談したところ、「まず心配ないだろうが念のため」と病院に紹介され、神経内科や耳鼻科で精密検査を受けました。しかし異常はなく、めまいや頭痛は心因性のもの、つまり「気のせい」という見立てでした。処方された鎮静剤も効果は一時的で、やがて会社をよく休むようになりました。産業医は精神科へ受診を勧めましたが彼は行き渋りました。1か月ほど経った頃、頭が重くて起きられないと奥さんから連絡があり、その後1週間あまり会社を休みました。上司によると、以前は夜遅くまで残業も厭わなかったのに、最近は元気がなく仕事に熱が入らない様子だとか。ともかく近医に受診したとのことで、産業医はしばらく様子を見ることにしました。

 数日後、彼は出勤し産業医の求めで医務室に姿を見せました。2週間前から体調が優れず精神的にも不安定で休んだけれど、今日はなんとか出社できたとのこと。医院でもらった薬を飲まないと気分が落ち着かず、些細なことにもイライラし、ふらついたり首筋が突っ張るそうです。寝付きが悪くて新聞を読む根気も・・・と、まるで元気がありません。その後で、今の仕事が自分に合わない、とポツンと洩らしました。どういうことかと訊ねると、Aさんはぼつぼつ話し出しました。

 「以前に勤めていた会社が数年前に他社と合併してできたのが今の会社ですが、その際、意に沿わぬ遠方の事業所勤務となりました。単身赴任で頑張って何とか慣れた頃、不況で事業が縮小し本社配属となりました。家族と一緒になれたのは幸いですが、仕事にはどうも馴染めません。真面目に勤めましたが上司の評価は低く、同僚が昇進して追い越され、部下の女性が自分と同列になったり、悔しい思いもしました。しばらくして上司が替わりました。新しい上司は切れ者で3歳年下です。内心自分がその地位にと心待ちにしていたのに、ショックでした。そのうえ単身赴任の頃から、中学生の娘がいじめにあって登校せず、ぐれて無断外泊を繰り返すようになりました。娘に向き合ったり担任の先生に会ったり、娘と一緒に死にたいという妻を宥めたりするため、時どき会社を休みました。上司はこれを快く思わなかったようで、始終冷たくあしらわれます。もっとも、私的な娘のことは上司には言ってませんが・・・」

 会社と家庭双方の問題で、心の休まる時がないようです。彼は今度は産業医の勧めに応じて精神科に受診しました。精神科医の診断は「うつ反応」で、以後定期的に面接するとのことでした。こんな矢先、彼は休ませて欲しいと上司にメールし、再び出勤しなくなりました。そして数日後、「心因反応とうつ状態、要休業1か月」との医院の診断書を送ってきました。この少し前、驚いたことに上司を誹謗するメールを同僚数人に送り付け、これを知った上司は、詫び状を書かないと出社は許さない、と激怒したそうです。産業医は彼に面談したいとメールを送りました。数日後やってきた彼の話によると、「・・・少し前、転勤者の送別会がありました。席上、上司に『リストラで次つぎ転出者が出て、ますます忙しくなりますね』と言うと、『君は普段から居ないから、当てにしていないよ』・・・酒席のことでもあり、一応愛想笑いで平静を装いましたが、この言葉は心に食い込みました。以前から心ない言葉をよく浴びせられましたし、この上司とはもう一緒にやってゆけない、いなくても同じなら当面休んでも影響はないだろう、・・・そう思いました」。

 「プロジェクト的な仕事にはこれまで一度も関わらせてもらえず、誰でもできるような雑務、例えば受付、雑誌の整理や新聞記事の切り抜きとかを、仕事がないよりましだ、と黙々と続けています。大して能力に差があるとは思えない同期の多くが管理職なのに、あまりにも軽視されて・・・情けないです。人事部に配置転換を願い出ましたが、リストラのさ中、無理だと。転職もこの不景気ではとても・・・。腹立ち紛れに同僚にメールを送ってしまいました。おとな気なかったと、今では後悔しています。上司には詫び状を書きました」。

 産業医はこの後、上司に会いました。上司のAさんに対する評価はやはり厳しいものでした。「職務能力に問題があるうえ、突然よく休むので重要な業務は任せられない。家庭に問題があるのは気の毒だが、それを職場に持ち込まれても困る。休養を指示した医師の診断は尊重するが、それならきちんと治してから出社して欲しい」との意見でした。

ポイント

職場の課題と対処:

 労働者の心の不調を探ると、人間関係の齟齬(そご)、適性と業務内容のミスマッチ、職務能力と自尊心の乖離(かいり)、過重労働による心身の疲労という職場の要因によく行き当たります。この事例では家庭の事情はさし措くとして、当人には自分の能力を客観視できず、第三者に向けて上司を誹謗するなどの無思慮な幼児性が見られ、一方、中間管理職の上司には、所定の業績達成とそのための部下掌握に難があれば上役から責任を問われかねない、との危惧があったようです。厳しいリストラで弱者を思い遣る余裕がなく、職務に不適格な社員を適所へ配置転換するのは難しいとの事情もあります。中高年社員が職場に適応できなければ、退職して社外に活路を開くのは極めて難しく、疾病休職に逃げ込むこともあり得ます。

 部下が上司に直言しづらいという職場の風通しの悪さも、気になるところです。上司の意見に楯突くには勇気が要り、その指示には抗えず、自分に対する考課は上司の一存という、つまり上司に生殺与奪(せいさつよだつ)の権を握られた状況で、その上司が偏狭、あるいは保身的に過ぎれば、部下がうつに陥る素地ができてしまいます。

対処の評価・考察:

 産業医は本人が相談しやすいよう働きかけ、彼の話をよく聴きました。そして不眠・体調不良・職務能力低下という徴候を知り、専門医によるケアが相当として、彼に受診を勧めました。彼が当初受診を渋ったのは、その精神科医が会社の人事担当者と懇意であることに警戒心を持ったからかも知れませんし、そのせいで専門的なケアが遅れたきらいはありますが、産業医の対応はまず適切であったといえるでしょう。

 しかし健康を取り戻して復職しても、職場と家庭の状況が変わらなければ、早晩再発するおそれがあります。辣腕のその上司にとって、無能な部下Aさんはいわば厄介者のようです。部下の就業に関し配慮するよう産業医が上司に働きかけても、上司がそれに理解を示すことなく、適切な措置を講じることができなければ、さらにその上の職制にも働きかけ、組織的に就業上の措置に協力し、場合によっては配置転換も考慮する必要があるかもしれません。また、家庭の問題には踏み込めませんが、これが本人の病状と職務能力にも影響しているのであれば、できるだけ相談に乗り、外部の支援組織やカウンセラーへの橋渡しなども必要になります。

 なお、本人は口にはしませんでしたが、同僚の支援が乏しかったことも影を落としているようです。元々会社の生え抜きではなく、地方から来たよそ者という感覚が同僚にはあったように思われます。同期、同窓、同郷を好み、よそ者を敬遠するという、日本人によく見られる同類嗜好の弊害も考えるべきかもしれません。