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[事例1-1] 商談中に失言を繰り返したてんかん発作の事例

概要

  X年10月とX年12月の初めに、本人(男性、71歳)が商談の途中で、別の話をするようになって、相手が驚いてしまった。

家族歴: 特記すべきものなし。
生活歴: これまで、サラリーマンとして勤務し、東京への出張は、月に2回ほど、海外出張は年に3-4回を特に問題なく行ってきました。
症状・問題行動:  X年10月、商談中に会話が途中から別の話になって相手が驚いてしまった。相手の人が本人の変わりぶりに驚き、本人の会社に電話をして会社の人に来てもらった。そのときは、すっかり元に戻っていたが、何をしゃべっていたかの記憶がない。同年12月にも同じ症状がおこり、当科を受診しました。
職場の課題:  会社の中でも、重要なポストにつき、決定権もかなり与えられているために、本人の思わぬ言動に会社の社長も戸惑いを隠せませんでした。また、上司を含め、本人も「単純に疲れが出ているのだろう」とそのまま医療機関にかからずに様子をみていたことも、再度の失言を誘発することになる。

対処

 X年12月に当科を受診した。診察室内での身体的な検査では、大きな問題点はありませんでした。また、話し方や態度においても特に気にかかるところはありませんでした。血圧は140-68mmHg、脈拍は72/分、脈が飛ぶようなことはありませんでした。記憶をみる心理検査のひとつである長谷川式簡易知能評価スケール(HDS- R)は26点と若干の低下を認めますが、正常範囲と考えられました。この時点で、一過性の健忘(一時的な記憶欠損)と診断し、原因としては、てんかんあるいは、一過性脳虚血発作(脳の血流が一時的に低下する状態)を疑いました。血液検査上は、精神機能に影響を与えると思われる肝機能、腎機能、血糖値、検血、甲状腺機能、梅毒血清反応の何れも異常はありませんでした。X+1年1月脳波検査(図1)では、右の前頭部から前頭側頭部にかけて棘波(てんかんの時にみられる異常波のひとつで”とげ”のようになっているのでこの名称がある)を認めました。脳波(脳の表面に電極をつけて脳の活動をみる検査)と同日に行った脳CT検査(放射線ビームによる脳の構造の画像化)(図2)では、脳内には明らかな病変を認めませんでした。本人が、「病気を会社に知られるのは困る」と訴えたことと、薬物の服用に難色を示したため、「過労には、十分に気をつけるように」と指導し、この時点では、特に抗てんかん薬を処方せずに経過を観ることにしました。その後、特に記憶喪失や異常な言動もなく、順調に経過していましたが、X+1年5月就眠中にけいれん発作が出現し、発作後、意識が消失しました。救急車で搬送中に意識が徐々に回復し、来院時に意識が清明になっていました。当直医は、本人に入院を勧めましたが、本人は入院を拒否しました。その後、1週間して来院し、本人と話し合った結果、再度、大発作を起こす可能性があることを理由に説得し、やっと抗てんかん薬の服用を開始しました。X+1年8月に2日間ほど下痢が続いた後、10分間くらいの記憶喪失がありました。X+2年9月の脳MRI(強い磁場の中に体をおくことによる脳の構造の画像化)(図3)では、ラクナ梗塞(小さい脳梗塞)、白質変性(神経線維の通っている部位での変性)を認めました。脳MRA(強い磁場の中に体をおくことによる脳の中に通っている動脈の画像化)(図4)で右サイホン部(内頚動脈の部分名称)の内頚動脈の狭窄(狭くなっているところ)(矢印)と頚部MRAでは左総頚動脈の狭窄を認めたため、アスピリン製剤を追加しました。その後、 X+2年9月、X+3年4月に一度、短時間の記憶喪失があったが、それからは、順調に問題なく経過しています。

対処の評価・考察

 第一回目の脳波検査で棘波の指摘はあったものの、薬剤の服用に本人が積極的でなく、大発作を起こしてからの抗てんかん薬の服用となりました。脳CTでは、十分に描出されない病変が時に脳MRIで検出できます。本例も発作を引き起こす原因の一つに脳循環血流の低下があり、その上に何らかのストレス因が加わり、発作につながったものと考えます。医学的にみると、商談中の失言は複雑部分発作(意識に障害がおこるてんかんの発作のひとつ)と考えられ、就眠中のけいれん発作は全般発作(手足に痙攣を起こし、意識がなくなる発作)とみなしてよい症例です。このように、高齢になり、これまでになかった言動が突然見られたときには、何らかの器質性疾患(脳の中にはっきりとした原因がある疾患)の存在を疑い、神経内科学的精査をすることが望まれます。また、脳波検査において一回で異常波が検出できるとは限らないし、脳波異常を検出できないてんかんもあると考えられています1)。それ故に、たとえ異常波を検出できなくても、繰り返し脳波検査をする必要があります。また、てんかんという病名が患者に与える社会心理的な背景も十分に考慮しなければならない2)。そのために、診断書等においては、意識消失発作などの病名のほうが、職場で受け入れられやすいのかもしれません。