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[事例4-3]西宮労基署長(大阪淡路交通)事件

〔判 決〕

1審:神戸地方裁判所判結 平成8年9月27日 労働判例743号27頁
2審:大阪高等裁判所判結 平成9年12月25日 労働判例743号72頁
上告審:最高裁判所第1小法廷判結 平成12年7月17日 労働判例786号14頁

1 事実の概要

a 年齢(発症時):51歳

b 性別:男性

c 職種:大型観光バス運転手

d 業種:道路旅客運送業

e 勤務状況:Z(被災者)は、昭和42年に訴外A社に入社し、大阪営業所で観光バス運転手として勤務し、昭和45年9月に一度退社したものの、約1か月後に再入社し、以後、西宮営業所で大型観光バスの運転手として勤務していました。

 訴外A社では観光バス運転手の勤務時間は変則的で特定されておらず、出庫時間の20分前に出勤して始業点検を行い、入庫後40分間に終業点検と洗車をして退勤することとなっていました。ただし、休日は就業規則上週1日または4週4日と決められていました。

 Zは昭和63年2月20日の発症(本件発症)前の1か月間に、3回の長距離運行を行っています。

 第1は、1月31日から2月2日までの平湯へのスキーバス運行であり、31日は、合計12台のバス、12名の運転手で、午前6時に出庫し、午後5時に平湯に到着しましたが、運転手の宿泊先は、襖1枚で仕切られた2部屋に各6名の運転手が宿泊し、暖房設備は乏しく、室内で常時防寒着を着る者もいるほど寒い状態でした。2月1日から3日は現地で待機していましたが、2日夜から猛吹雪となり、Zら運転手が3日午前10時頃から点検作業をしたところ、3~4台のエンジンがかからなかったため、セルモーターの始動を促したり、凍結した燃料を溶かすための諸作業を行い、午後6時頃にようやくすべてのバスのエンジンがかかりました。その後は、付け放しにしたエンジン動作の見回り点検を、深夜を含め交替で行い、翌4日は、午前7時40分に平湯を出発して、午後6時に入庫しました。

 第2は、2月14日から16日までの草津、上州高松への運行であり、2人1組で補助役ではあったものの、実際にはかなりの割合をZが乗務しました。また、結論的に本件発症との因果関係は認められていませんが、16日には宿泊先旅館前で転倒し、頭部を強打しています。

 第3は、2月17日から18日までの和倉への運行であり、合計3台のバスを運転手5名で運行する変則的な交替制が採られていました。Zは担当車両を持つ運転手より大きな負担がかかることの多いスペア運転手兼リーダー格の運転手という立場にあって、2つのバスの運転を担当し、相対的に重い負担の下にあったほか、気温が零下の状況下、暖房設備が乏しい民宿に宿泊しました。

f 死亡の直前経過:発症前日の2月19日は休日であり、ゆっくり過ごしてはいましたが、食事もいい加減など、非常に疲れた状態でした。見かねたX(Zの妻)が、明日も休むべきと諭しましたが、明日は仕事が決まっていると言って聞き入れられませんでした。

g 疾患名:高血圧性脳出血(脳内小動脈瘤の血管壊死に起因した脳内小動脈瘤の破裂)

h 家族歴・生活歴:特に認定なし

i 症状:道路走行中、左手のしびれ等の症状を発症し、救急車で搬送・収容された先の病院(A病院)で「高血圧症脳出血(右視床部出血)」と診断され、その10日ほど後、転院先の病院(K病院)でも「右視床出血」と診断され、左半身麻痺の後遺症をのこしました。

j 既往歴・健康診断結果:おおむね境界域の高血圧(収縮期140~150mmHg/拡張期90~100mmHg程度。ただし、昭和61~62年頃は、収縮期160~170mmHg程度)。本件発症の約4年前の昭和59年頃から血圧が上昇し始め、同じく1年半ほど前の昭和61年7月にK診療所で高血圧症と診断され、同じく半年ほど前の昭和62年9月からN病院K医師の下で通院・服薬治療を受けていました。K医師による初診では、ホフマン反射、トレムナー反射などの病的亢進、大脳基底核部分に多発性の梗塞像が認められていました。
なお、Zの高血圧症が業務上外いずれの事由により発症したかについては認定がありません。他方、血圧がおおむね境界域にとどまったのは、K医師による治療の効果と推認することもできる旨の認定がなされています。

k 性格傾向等:几帳面で辛抱強く、真面目な性格であり、他者の嫌がる運転コースを代わって引き受けるなどしており、職場での同僚との人間関係もうまくいっていました。

l 家族のサポート状況:特に認定なし。

2 裁判の経過等

 本件は、本件疾病の発症は業務上であるとして、ZがY(国・西宮労働基準監督署長)に対し、労災保険法上の療養補償給付の請求をしたものの、不支給処分を受けたため、その処分の取消しを求めた事案です。
 なお、Zが係争中に死亡したため、Xが本件訴訟を承継しました。

 1審は、国の処分を取り消す判決を下し、2審も一部判決理由を修正したほかは同じ理由で控訴を棄却し、上告審も端的に原(2審)判決に違法はないとして棄却しているため、以下、2審の判決内容を示します。

3 主文の骨子

 2審は、1審の判決を不服とするYの控訴を棄却しました。

4 判決のポイント(判決要旨)

(1) 「労災保険制度が使用者の過失の有無を問わずに被災者の損失を填補する制度であることに鑑みれば、『業務上』の疾病といえるためには、当該疾病が被災者の従事していた業務に内在ないし随伴する危険性が発現したものと認められる必要がある。したがって、……業務と当該疾病の発症との間に条件関係があることを前提に、……両者の間にそのような補償を行うことを相当とする関係、いわゆる相当因果関係があることが必要であると解される」。

(2) 「そして、右相当因果関係が認められるためには、業務が当該疾病の唯一の条件である必要はないが、……当該業務が被災労働者の基礎疾病等の他の要因と比較して相対的に有力な原因として作用し、その結果当該疾病を発症したことが必要であると解すべきである。これを基礎疾病との関係でいえば、過重な業務の遂行が、右基礎疾病を自然的経過を超えて増悪させた結果、より重篤な疾病を発症させたと認められる関係が必要である」。

(3) ところで、……基礎疾病をコントロールしながら日常の業務に従事している者が、通常より過重な業務を行ったために疾病を発症した場合、労災補償制度の保護を受けるに値するものであるから、被災労働者が基礎疾病を有しながらも従事していた日常の業務につき、その通常の勤務に耐え得る程度の基礎疾病を有する者をも含む平均的労働者を基準とすべきである」。

(4) 行政の策定した新旧の認定基準「の内容は尊重されるべきものではあるが、認定基準は、業務上外認定処分を所管する行政庁が、実際に処分を行う下部行政機関に対して運用の基準を示した通達であって、司法上の判断にあたっては、必ずしもこれに拘束されるものではない。たとえば、発症1週間前以前の業務の評価について、新認定基準は、発症前1週間以内の業務が日常業務を相当程度超える場合に限って、発症前1週間より前の業務を含めて総合的に判断することとしているが、右の点は、医学的根拠に基づくものというよりは、行政通達としての基準の明確化の要請によるところが大きいと考えられることから、発症前1週間以内かどうかを問わず、それ以前の業務についても含めて総合的に判断すべきである」。

(5) 本件認定事実を総合して検討すると、以下のように推認できる。

(6) 「Zの基礎疾病である高血圧症は、……医師の治療により、……日常業務に支障が生じない程度にはコントロールされていた。したがって、……、少なくとも平湯への運行までの時点では、日常の勤務に耐え得る状態であった」。

(7) しかし、昭和63年「2月3日に発生したエンジントラブルに伴う厳寒の中の作業は、朝から夕方まで続いており、この作業の中で寒冷に曝露されたことにより、51歳で右基礎疾患を有するZの血圧は相当に上昇したものと推認できる。また、宿舎の暖房設備が十分でなく、夜寒くて目を覚ますほどであったということ……及び一つの部屋に多人数が宿泊するという環境からしても、Zが充分に疲労を回復できる状態であったとは認め難い。そして、その翌日は疲労の取れない状況下での早朝から夕方にかけての長時間の運行であり、これらの一連の業務は、Zと同様の基礎疾病を有しながら通常の業務に就いている者にとっては、極めて過重なものであったというべきである」。

(8) 「そして、この……急激かつ持続的な血圧上昇に伴い血管壁の脆弱化が進行(増悪)し、脳出血発症の危険をより高めた」。

(9) 「Zは、平湯行きの後も連続勤務であり、2月9日まで休日を取ることができず、……かえって疲労を蓄積させたものとみ」られる。

(10) 2月中盤の草津行き及び和倉行きは、「いずれも目的地が寒冷地であり、……外気温度と車内温度との差が大きく、チェーンの着脱や車輌の清掃、点検の寒冷曝露が同人の身体に影響を与えたものと認められる」。また、リーダー格で、しかもスペアー運転手であったこと「に伴う心理的負担も少なからず存し」、また和倉行きは、変則的な交替制「運行であったことをも考慮すると、やはり、Zと同様の基礎疾病を有しながら通常の業務に就いている者にとっては、過重な業務であったというべきである」。

(11) 「この草津、和倉行きといった寒冷地への泊まり乗務の連続により、疲労がさらに蓄積していったと認められ、Zの肉体心身にわたる疲労は相当なものであったと認められる」。

(12) 「そして、このように疲労の重積した状況下において、2月20日、明石市の配車地に向かう途中の第二神明道路上において、自動車運転による一過性の血圧上昇を生じ、それによりそれまでに形成されていた脳動脈瘤が破裂し、本件疾病を発症した」。

(13) たしかに、「日帰り運行の場合には、途中で乗客が用事を済ませる間の中休時間というものがあり、この間、運転手はとりあえず運転業務からは解放されるから、本件疾病発症以前のZの勤務は必ずしも長時間労働とまではいえない」が、「Zの勤務は不規則な勤務であり、一度たまった疲労を回復しにくい業務であること、……中休時間といえども、完全に乗客から解放されるわけではないこと、バス運転業務は……、多数の乗客の生命を預かるものである」ことに関わる精神的緊張による「精神的疲労を無視することはできないこと、Zはリーダー格の運転手であることが多く、また、スペアー運転手でもあることからくる心理的負担も大きかったと認められ、十分に休日を取れていないことなどの事情に照らすと、単に労働時間の長短でもって、Zの疲労度について判断することはできない」。

(14) Yは、平湯で寒冷曝露を受けた時点でZが本件疾病を発症しなかったことをもって、業務との因果関係を否定する一根拠として主張しているが、「高血圧により血管の脆弱性は進行(増悪)するものであり、また、自動車運転業務は血圧を上昇させる原因となるものであるところ、このような内的要因及び外的要因は常に変化するものであるから、本件平湯運行の際に脳出血を生じなかったからといって、その後の通常の自動車運転業務を原因として脳出血を生じるわけがないといえるものではない」。

(15) 「そうすると、本件発症は、……自動車の運転や寒冷暴露などの業務による血圧の上昇の反復が」、基礎疾病である高血圧症「により生ずる血管の脆弱性、脳内小動脈瘤の形成をその自然的増悪の経過を超えて進行させたものと認められるうえ、本件発症時、自動車運転業務中に同業務によりたまたま生じた一過性の血圧上昇を原因(引き金)として、それまでに形成されていた脳内小動脈瘤が破裂して発症に至ったものと認められる。前記既往の多発性脳梗塞が本件発症と同じく血管壊死によるものであったとしても、右認定を左右することはできない」。

(16) したがって、「本件疾病発症については、業務が相対的に有力な原因となっているとみられ、Zの業務と本件疾病との間に相当因果関係を認めることができる」。