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[事例1-1] 支店長付き運転手のくも膜下出血―横浜南労基署長事件・最高裁判決―

1 概要

 支店長付きの運転手(以下「被災者」といいます。当時54歳で脳動脈りゅうの基礎疾患がありました。)として支店長の業務の都合に併せて不規則な運転業務に従事してきましたが、昭和59年5月11日早朝に支店長を出迎えに行く途中、激しい頭痛に見舞われ、救急車で病院に搬送され、くも膜下出血と診断されて休業し、横浜南労働基準監督署長に対し労災保険法に基づく休業補償給付の請求をしましたが、業務との因果関係が認められず、不支給処分を受けました。このため、被災者がこの不支給処分の取消しを求めて裁判を起こしたものです。

 第一審の横浜地方裁判所の判決は被災者の主張を認めましたが、第二審の東京高等裁判書の判決は被災者の主張を退ける結果となりました。最高裁判所においては、被災者が発症前に従事した業務による過重な精神的、身体的負荷が、被災者の基礎疾患をその自然の経過を超えて増悪させ、発症に至ったとみるべきであって、業務と発症の間に相当因果関係の存在を肯定することができるとして、被災者の主張が認められる結果となったものです(平成12年7月17日判決)。

 この最高裁判所の考え方は、長期間の過重な業務を判断要素として採用すべきであるというそれまでの認定基準にはなかった考え方であったため、認定基準を改正する端緒となった重要な判決です。

2 最高裁判所の判決のポイント

 被災者の業務は、支店長の乗車する自動車の運転という業務の性質からして精神的緊張を伴うものであった上、支店長の業務の都合に合わせて行われる不規則なものであり、その時間は早朝から深夜に及ぶ場合があって拘束時間が極めて長く、また、被災者の業務の性質及び勤務態様に照らすと、待機時間の存在を考慮しても、その労働密度はけっして低くはないと考えるべきものです。被災者は、遅くとも昭和58年1月以降、くも膜下出血の発症に至るまで相当長期間にわたりこのような業務に従事してきたのであり、とりわけ、発症(昭和59年5月11日)の約半年前の昭和58年12月以降は、1日平均の時間外労働時間が7時間を上回る非常に長いもので、1日平均の走行距離も長く、所定の休日が全部確保されていたとはいえ、このような勤務の継続が被災者にとって精神的、身体的にかなりの負荷となり慢性的な疲労をもたらしたことは否定し難いものです。しかも、発症の前月である昭和59年4月は、1日平均の時間外労働時間が7時間を上回っていたことに加えて、1日平均の走行距離が昭和58年12月以降の各月の1日平均の走行距離の中で最高であり、被災者は、昭和59年4月13日から14日にかけての宿泊を伴う長距離・長時間の運転により体調を崩していました。また、その後4月下旬から5月初旬にかけては断続的に6日間の休日があったとはいえ、5月1日以降発症の前日までの10日間には、勤務の終了が午後12時を過ぎた日が2日、走行距離が260キロメートルを超えた日が2日あったことに加えて、特に発症の前日から当日にかけての被災者の勤務は、前日の午前5時50分に出庫し、午後7時30分ころ車庫に帰った後、午後11時ころまで掛かってオイル漏れの修理をして(この修理も業務とみるべきです)午前1時ころ就寝し、わずか3時間30分程度の睡眠の後、午前4時30分ころ起床し、午前5時の少し前に当日の業務を開始したというものです。発症前日から当日にかけての業務は、前日の走行距離が76キロメートルと比較的短いことなどを考慮しても、それ自体被災者のそれまでの業務と比較してけっして負担の軽いものであったとはいえず、それまでの長期間にわたる上記のような過重な業務の継続と相まって、被災者にかなりの精神的、身体的負荷を与えたものとみるべきです。

 他方で、被災者は、くも膜下出血の発症の基礎となり得る疾患(脳動脈りゅう)を有していた可能性が高い上、くも膜下出血の危険因子として挙げられている高血圧症が進行していましたが、昭和56年10月及び昭和57年10月当時は、なお血圧が正常と高血圧の境界領域にあり、治療の必要のない程度のものであり、また、被災者には、健康に悪影響を及ぼすと認められる嗜好はありませんでした。

 以上のとおり、被災者の基礎症患の内容、程度、被災者がくも膜下出血発症前に従事していた業務の内容、態様、遂行状況等に加えて、脳動脈りゅうの血管病変は慢性の高血圧症、動脈硬化により増悪するものと考えられており、慢性の疲労や過度のストレスの持続が慢性の高血圧症、動脈硬化の原因の一つとなり得るものであることを併せて考えれば、被災者の基礎疾患が発症当時その自然の経過によって一過性の血圧上昇があれば直ちに破裂を来たす程度にまで増悪していたとみることは困難と考えられ、他に確たる増悪要因を見いだせない本事例においては、被災者が発症前に従事した業務による過重な精神的、身体的負荷が被災者の基礎疾患をその自然の経過を超えて増悪させ、発症に至ったものとみるのが相当であり、その間に相当因果関係の存在を肯定することができます。したがって、被災者の発症したくも膜下出血は労働基準法施行規則35条、別表第一の二第9号にいう「その他業務に起因することの明らかな疾病」に該当するものです。