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[事例1-2] 名ばかり管理職の低酸素脳症による全身麻痺状態

 ファミリーレストラン店長のMさん(年齢33歳、男性)が長時間労働の末に、低酸素脳症による全身麻痺状態に陥り、重い障害を残すに至った事例です。

1 常軌を逸した管理職の時間外労働

 平成13年、Mさんはレストランチェーンにアルバイトとして入り、入社半年で念願の正社員になることができました。Mさんが管理職になって店長を任されたのは、それから2年も経たない平成15年の9月でした。当時、勤めていた店長が異動することになり、その後任に選ばれたのがMさんでした。

 店長になったMさんの業務は多岐にわたりました。出勤してまず毎朝9時に配送される食材の確認、受取り作業、その後は食材を搬入・仕分けして開店準備、午後11時に開店してからは、レジ打ちや接客だけでなく調理も担当しました。その合間にも本社との連絡業務や30人いるアルバイトのシフト作成、クレーム処理などがありました。午後10時に閉店し客が引き上げてからは店内の清掃と片づけ、それが終わると本社との連絡業務が待っていました。実際これだけの業務を残業なしにこなすのは不可能でした。しかしMさんがどれだけ残業しようと、会社は管理職であるとして残業代を支払いませんでした。Mさんの時間外労働時間(残業時間)は発症6か月前~発症1か月前までの月平均204時間にも及びました。

2 一方的に押しつけられる責任

 過酷な勤務の一方で、店長としての責任は厳しく求められました。売り上げノルマ達成も厳しく要求されました。目標に達しないときは「給料泥棒」など罵倒されることもありました。

 人手不足も深刻であり、Mさんが店長になった当初店には6人の正社員が配属されていました。しかし異動や退職で減り続け、しまいには正社員の数は当初の半分の3人になっていました。

 しかし、Mさんが店で働くアルバイトを増やそうとしても思うようにはなりませんでした。店舗ごとに人権費の上限が決められていたため、アルバイトを雇うことはできませんでした。

 管理職とはいえ、Mさんには店の人員を増やす実質的な権限はありませんでした。Mさんは本社に対し店の人員を増やして欲しいと願い出る稟議書を何通も出しましたが、新たな社員が配属されることはありませんでした。

3 責任感から限界まで働いた末に

 人手不足をカバーするため、Mさんは自ら長時間働き続けました。さらに働く時間を増やそうにも勤務時間はもうこれ以上増やせないところまできて、体もすでに限界に近づいていました。しかし「逃げるわけにはいかない。パートもアルバイトさんもみんな大変な思いをしている。みんな頑張ってくれているのに自分だけが逃げるわけにはいかない。」との思いで休みも取りませんでした。

 そしてついに限界を超えました。

 平成16年11月10日の明け方4時過ぎに自宅で倒れました。病院に運ばれたときはすでに心肺は停止していました。一命は取り留めたものの重い障害が残りました。

 この日11月10日はMさんの給料日でした。銀行口座に振り込まれていた金額は18万円余りで、もちろん残業代は含まれていませんでした。

 平成18年1月に労働基準監督署はMさんの病気と障害について労災認定しました。労災で過労死が認められる認定基準のうちの時間外労働(休日労働を含みます。)については発症前1か月におおむね100時間又は発症前2~6か月間に1月当たり80時間を超える時間外労働であり、月平均で200時間以上の残業を行っていたMさんはいかに常軌を逸した長時間労働を強いられていたかが分かります。

(出典:「名ばかり管理職」 発行所:NHK出版 2008年発行)